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カレイドスコープ ───3/5


 カレイドスコープが作り出す、図像のパターンは無限だ。そして、二度と同じものは見られない。

 「兄さん、僕さっき花火みたいな模様を見たよ」
 「そうか。今は、孔雀の尾の目玉みたいだ」
 「嘘」
 「嘘なもんか。そら」

 光のほうが面白い図像を見ているらしいのが気になって、雪はすぐさま光の手からカレイドスコープを取り、覗いてみた。しかし、どう見ても兄の言うような模様には見えない。そう訴えると、「雪が筒を動かしたんだろう」と返された。筒を少しでも動かせば、中の硝子粒はたちまち流れて形を変えてしまう。ならばと、雪は再び筒を回して、面白い図像を求めてみた。

 「ほら見て、兄さん。今度は雪の結晶みたい」
 「どれがだい。そんな風に見えないよ」
 「見えるってば、ちゃんと六つに分かれてるじゃないか」

 雪は躍起になった。兄がまた、得意のからかいで自分をかついで面白がっているのではないかと思ったのだ。
 意趣返しに兄をうらやましがらせようと、どんなに珍しい図像だったか口で説明したところで空しいばかりだし、兄のもっと面白そうな説明を聞かされては、幼い雪にはかなうはずもなかった。
 なぜ、カレイドスコープはひとりでしか見られないのだろう。兄が見ているものを、自分も見たくて仕方なかった。
 もとより、雪はいつでもそうだった。図鑑の写真も、窓の外の空も、道端の草木も、本当は兄の目には自分とまったく違うように見えているのではないかと思えて仕方なかったのだ。

 病室に長くいることは許されなかった。
 家に帰る車の中で、雪は窓に映る自分の顔を見つめた。そして、カレイドスコープを覗いているときの兄の横顔を真似てみようとした。
   病室で見た兄の横顔は、利発らしく清潔だった。鈍い金色の筒を当てた目元は見えなかったが、細い鼻梁と、すっと結んだ唇を覚えている。
 しかし、その兄の横顔をどんなに上手く真似られたところで、兄の目に成り代わることはできないのだった。
 人は、別の誰かと視界を共有することはできない。同じ風景を見ていても、雪が見ているのとまったく同じように、光にも見えているかどうかはわからない。互いに「赤」と呼んでいる色が、実はそれぞれ違うということも、あり得るのではないだろうか。

 確かめようがないばかりか、追えば追うほど遠ざかっていくような思いつきだった。
 その狂おしいようなもどかしさと、同時に孤独感に襲われた雪は、突然大声で泣き出して車中の両親を驚かせた。幼い雪は、人はそれぞれ別個の存在なのだという真理を、こんなことから知ったのだった。



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