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口に入るときにアルデンテ

冷製パスタを店で食べたことは一度もない。

パスタの茹であがりとソースの仕上がりのタイミングを合わせろ、と料理番組では口うるさいし、それほどまでに茹でたて命なら、店でわざわざ冷たいものを選ぶ気にはなれなかったからだ。

だから僕の知る冷製パスタはすべて自作の品。
茹でて氷水で締めればえぇんやろ?
そんな軽い気持ちで作った冷製パスタがおいしいはずはない。
なんだか水っぽいし、麺はゴリゴリと硬いし。

無類のパスタ好きの僕だけど、正直、冷製パスタは好きではなかった。

パスタはやっぱりアルデンテよな、なんて知ったふうに皆が言い出したのは僕が高校生の頃だったから1980年代だろう。

麺を茹でます。
1本すくい上げてみて、端を少しちぎってみましょう。
中央に白い部分がほんの少し残る程度がアルデンテです。
アルデンテとは歯ごたえがある状態のことで…

僕たちは競ってパスタを1本すくい端をちぎるようになった。
おいしくなぁれ!のまじないだったのだろうか。

そうしてイタリアのなんたるかも解さぬまま、イタメシの時代を迎える。
僕が京都に暮らした大学生の頃、つまり1990年代のことだ。

もちろん貧窮学生にとって、高級イタリアンはこの世に存在しないも同じ。
もっぱら僕は、左京・一乗寺にあったスパゲティハウス〈ぱぴぷぺぽ〉で麺200gを指定してがっついていた。
それが僕にとってのイタメシだった。

大人になって冷製パスタなるものがあることを知る。
冷やし中華、冷やし素麺、ざるそば、ざるうどん…僕の大好物の麺はいずれもキンキンに冷たい。
なら自分で冷製パスタ作ってみよう。
さっそく僕の頭に「冷やしイタリアン」という新ジャンルが渦巻いていた。

1本すくい上げてみて、端を少しちぎって…

表示時間どおり茹でたら確実にアルデンテを逃す。
1分早めにすくい上げてみて…うむ、ほどよいアルデンテ。
これを氷水で一気に締めて、ざるで水を切って具と混ぜ合わせる。
具をきれいに並べなくてもいいなら、冷やし中華より簡単だ。

あっという間にできあがった「冷やしイタリアン」を前に舌なめずり。
ところが一口食べて地底深くに蹴落とされる。
麺はゴリゴリと硬く、しなやかさのかけらもない。
おまけに水っぽくて味がない。
おいしくない。

冷製パスタはアルデンテではダメだと知ったのはつい数日前のこと。
むしろ表示時間より1分長めに軟らかく茹で、冷やしたときにちょうどよい硬さにするのだと。
パスタはアルデンテよな、と80年代から刷り込まれた僕にはにわかに受け入れがたい話だ。

しかも2%の濃い塩水で茹でて下味をつけろ、最後は水を切るだけでなくキッチンペーパーで包んで水分をしっかり取り除けと。
早く聞きたかった。

で、作ってみた。
鱈とミニトマト、ベビーリーフの冷製パスタ、カニカマ入り。

うまいやん、めっちゃうまいやん。

茹であがりではなく、口に入るときにアルデンテ。
そんなの当然なのに、1本すくって端をちぎることに躍起になっていた。

今度店でも食べてみよう、冷やしイタリアン。

(2023/6/30記)

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