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アナザーストーリー:「変わる時」~10月初旬~

アナザーストーリー帯②

<10月初旬>
「この事業を僕らは必ず実現させます。」
そう締めくくり、僕はプレゼンを終えた。

会場には聴講希望の約50人くらいの聴衆、そしてプロジェクトオーナの藤崎本部長、他数人の役員がいた。

プレゼンが終わると、聴衆からの拍手が起こり、その後何人かから質問がきた。僕は、一つひとつ丁寧に、そして自分の思いをそこに込めながら答えていた。質問者はそれぞれ納得してくれた様子だった。

その直後に、場の空気が一変する出来事が起きた。
「ちょっといいかな。」

その声の主は、列席していた役員の一人であり経営企画部門を統括する、楢島本部長だった。藤崎さんの前のビジネスソリューション本部長だ。

エグゼクティブ

今回はビジネスソリューション本部内でのプロジェクトであったが、社長も注目をしているプロジェクトということもあり、経営企画部門を統括する楢島本部長も最終プレゼンに来ていたのだ。

「そもそも、こんなところに時間を割いていること自体どうかと私は思っているのだが、いったいこの事業の市場性や採算性を君らはどう見ているんだ? 熱い想いとやらを語るのはいいが、その事業を我々のような大企業がわざわざやることだとは思えない。 それよりも優先すべき大口の顧客への対応をさらに厚くすべき時に、そんな小さな案件をわざわざプロジェクトを組んでやる意味がわからない。」

そういうと、楢島本部長は、藤崎本部長のほうをチラッと見た。

僕は答えに窮してしまった。「そもそもやる意味があるのか?」などと問われてしまってはどうにも答えようがない。とはいえ黙っているわけにもいかない。しかし返す言葉が見つからないのだ。

「ちょっとよろしいでしょうか?」その時、場の凍りついた空気を切り裂くように後方の席で手を上げて発言を求める声がした。

「宇山?」僕の横で熱美先輩がそう呟いた。そう声の主は宇山先輩だった。

発言する

「私も聞いていて、市場性や採算性、プランの甘さなど、課題は山ほどあるという印象でした。おそらく合理的に考えれば、我が社が参入すべきかどうかも正直疑問だなとも感じました。」

僕らは、いよいよ窮地に追い込まれた感じがした。宇山先輩は、前任の楢島本部長に可愛がられていたし、僕らのことをずっと目の敵にしているようなところがあった。そして追い打ちをかけるようなこの発言だ。

「でも、だからこそ面白いんじゃないかって、私は思います。」

「えっ?!」僕ら3人は思わず耳を疑った。そんな僕らを横目に、宇山先輩は続けた。

「きっと、他社ではこの分野への参入は二の足を踏むように思います。でも彼らのプレゼンを聞いていると、この事業を成功させたい意思と、それが成功すると、さらなる成功の循環が起きて新たな市場が生まれる可能性のようなものをすごく感じました。確かに今はまだ課題は山積みですが、こういった芽を育てるというスタンスが我が社になければ、この先、新たな市場を開拓しながらそこで圧倒的地位を築いていくベンチャーや、世の中の賛同を得て事業を展開していく社会起業家たちの後塵を配して、旧来のしがらみから抜けられないまま、我が社は衰退してしまうのではないかと私は感じています。」

この宇山さんの発言に、聴衆の中にいた若手メンバーたちは、大きくうなづいていた。この時、さきほど一変した場の空気が、また変わったように感じた。

思うところあり

しばらくの間、黙って聞いていた藤崎本部長が、静かに口を開いた。
「まずは、プレゼンありがとう。お疲れ様でした。確かに楢島本部長や宇山くんが指摘した通り、まだまだ詰が甘いことは否めない。しかし一方でこの事業をやる意義も、そして君らがどうしてもこれを実現したいという想いもしっかりと伝わってきた。ビジネスモデルとしては荒削りではあるが取組みの具体的なイメージも伝わってきた。 私は事業が成功するためにはプランの精緻さよりも大事なものがあるという考え方をもっている。それは、推進者の“どうしてもそれを実現したい”という思いだ。その強さが、今までの固定観念を越えたブレークスルーを可能にする。 このプロジェクトのオーナーとして、本プランは実現に向けて継続という判断をしたいと思う。ただし6ヶ月以内にサービスをリリースさせ、18ヶ月以内に規模は小さくとも構わないが、ビジネスとして成立することを証明する実績をあげなければ、そこで終了とするという条件でだ。 楢島さんどうでしょう?」


「あなたに権限があるんですから、私に聴くこともないでしょう。あくまでビジネスソリューション本部案件ですから」楢島本部長はそう言うと、会の終了とともに早々に会場を後にした。



「おい宇山!」
熱美先輩が、会場を後にしようとする宇山先輩を呼び止めるように声をかけた。

「嬉しいよ。お前がまさかあんなこと言うなんて」と熱美先輩は興奮気味に宇山先輩に言った。

3人組

「勘違いするなよ。別に俺はお前たちを後押しするために言ったわけじゃない」宇山先輩は相変わらずの口調で返しながら、さらに続けた。

「ただお前らの姿を見ていて、この閉塞感に満ちた会社の状況を上や何かのせいにしている自分に正直腹が立った。だから自分が感じたこと、そうすべきと思うことを言おうと思ったまでだ。」

それを聞いて熱美先輩は嬉しそうだった。
「そういえば思い出したよ。入社後の新人研修で、お前“この会社を世界で一番影響力のある会社にしたい”って言ってたよな。あの時、なんか上から目線で鼻につくところもあるけど、なんか熱くてすげえ奴だなと思ったんだ。」と熱美先輩は懐かしそうに語った。

そんな二人の姿を見ながら、多花世がそっと僕に耳打ちしてきた。
「宇山先輩って、ぜったいツンデレよ…」

アナザーストーリー帯②

実はこのアナザーストーリー、書いてしばらく公開できなかったものです。

自分自身書きながら、この半年くらいで宇山くんがこんなに変化するか?実際ああいう場面でこんなこと言えるか?って懐疑的に思う自分もいて。なんかリアリティに欠いてるんじゃないかって。

でもここ数ヶ月、自分が関わらせてもらっている企業の研修で出会う方々を見ていて、「これって十分ありうる。いやもっとダイナミックな変化もする」と実感することがいくつかありました。

それで、公開しようと思いました。人には必ず熱い想いと願いがある。そして同時にそれを押し殺さなければならないと思わされる様々な怖れを生む環境もまたある。

「自分にはそんな想いも願いもない」という人がいる。でもそれはないのではない。まだきっかけに出会っていないか、言葉になっていないか、忘れているだけなんだと思う。
  
私自身が、きっかけになり、言葉にするサポート役になり、思い出すトリガーになりたい。そんな風に思っています。


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