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一人では遠くにはいけないから、遠くまで繋がる虹がほしい#呑みながら書きました

夕食後のコーヒーはあまり飲まない。特に理由はない。コーヒーを飲んだから眠れないというのでもなく、飲もうが飲むまいが、問題なく眠れる。一年に数回、何をしても眠れない日があるくらいだ。

でも、ハーブディーやコーヒーに少しだけウィスキーなんかを混ぜたものなら飲む。スペインでは全部ひっくるめてカラヒージョと呼ぶのだけど、あれはいい。

ワインやビールで火照った体に、コーヒーの苦味が程々に鞭を打つも、「もう打ち止め、飲んじゃ駄目」という感じではなく、ちゃんと良い具合にほろ酔い加減を残してくれる懐の広さがいい。

そして、毎回、私が楽しみにしているのが、実は、一緒に付いてくる砂糖の小袋。砂糖会社によって多少は趣向が違って、一般市民からの助言や格言であったり、歴史上の有名人の名言であったりと様々。これが結構、楽しくて癖になる。

こういう風に……。

A ti... ¿cómo te gusta café?
「ねぇ、君さぁ…… コーヒーはどんなのが好き?」

¿A mí?... "CONTIGO"
「私?…… 貴方と一緒がいいの」


コーヒーに入れる砂糖はいくつで、ミルクはどうなのかと聞いているのに、貴方がいいのと答える彼女。

こういう胸がキュンとする会話が、呑み会の〆に出てきてしまったら、人生のジェットコースター急激落下中のオバちゃんであってもやっぱり心はピンク色に染まる。

ピンク色になったからって、どうなるもんでもないけれど、楽しく呑み終わるための何がしのアイテムは必須だと思う。たまには「貴方と一緒がいい」なんて言ってほしい。

大人になって酒の飲み方を覚えるというのは、楽しみ方や自分の適量を知る以外に、いかに最後の一口を終えるのかを知るということかもしれない。血圧が高いとか、肝臓の数値が悪いとかで、酒の飲み方お覚えざるをえないというのもあるけれど。

こんなのもあった。

El cerebro funciona desde que naces, hasta que te encuentras.
「脳っていうのは、生まれてから、君に出会うまで機能するんだ」


くぅ~!
ここまでキザだと、せっかくのホロ酔いが醒めてしまうのでダメ。昔から、一般的に「かっこいい」と呼ばれる対象に興味がない。何故かしら、性別を問わず、ちょっとドン臭いくらいの人間味のある人が好き。完璧は苦手。そう、何事も塩梅が必要。

でも、飲み過ぎて脳が半分くらい溶けている時なら、デロンとなったまま話くらいは聞くかもしれない。

とか、考えること自体が無駄。こういうシチュエーションに陥ることはまずないから検証不可能。来世を楽しみにしよう。

そんな私の今までの大ヒットはというとこの一言。

Bebo para olvidarte, te veo doble...
「君を忘れたくて飲んでいるのに、君が二重に見える……」

おい、それは、ただの飲み過ぎや!


とツッコミを入れずにはいられないシュールさ。一生懸命の山上から転がり落ちるズッコケ。これぞラテン人と思わずにいられない秀作。ええなぁ。これを口にしたのが友人なら、もう一杯でも二杯でも一緒に飲みたくなるなぁ。

なんていうのは嘘。
オカンな私だから、口煩く説教でもするに違いない。

「飲んで簡単に忘れられるような相手なら大したことはない。忘れろ!」

「簡単に忘れられない相手なら意地でも取り戻すか、でなければ、彼女の最高の幸せを願ってやれ!」

「それで、彼女が別れたことを残念がるくらい男前になってやれ!」

とか言うのかも。
お節介で面倒くさい私、好きじゃない。

黙って一緒に飲んでいてあげればいいのにと思うのに、夫いわく、私は酔うと口煩くなるらしい。なんだ、やっぱりそうかと妙に納得してしまう。



そして、コーヒー&コニャックを頼んだ本日の私に届いた一言。

Si quieres ir rapido, camina solo.
「急いで行きたけば、一人で行けばいい」
Si quieres ir lejos, va acompañado.
「遠い所まで行きたければ、誰かと一緒でないと行けない」

ドキッとした。砂糖からの贈り物は、恋愛がらみの甘い物ばかりじゃない。時折こうして、人生の道しるべをそっと教えてくれる。酔って笑い転げている自分が動きを止める。

コーヒーの苦味と砂糖の甘味に乗っかった重みのある言葉が酒でやや緩んだ脳に届き、普段よりもゆっくりとしたスピードで吸収されていく。

大勢の輪の中に居るのもどちらかというと苦手な私。パーティーや懇親会に参加しても、楽しんでいる風に見てもらえるように、上手に笑顔を作る技を習得した。目立たないでひっそりと居られる場所が見つからないなら、裏方として動いているほうが落ち着く。

そんなことを言っておきながら、陰にいる自分の存在を知っていてくれる人がいたりすると飛び上がって喜んだりする。

一人でいたい、やりたいと思いながら、最終的には誰かに助けられ、誰かがいたから出来たのだと後になってから気づく。

砂糖の小袋は言う。

一人で出来ることなんて限界がある。
自分の世界での限界を認めよ。
自分の世界にのみ存在する光を持て。

そして、各自の持つ光を集めよ。
限りない彩色の光が一つになった時、
その虹は未来へと繋がる大きな橋となる。



コーヒーの中にサラサラと砂糖が落ちていく。ゆっくりとスプーンをスプーンを回し、そっとグラスの淵に口を沿わせる。いつもより甘く感じるのはきっと、心がまどろんでいるから。

光を持とう。
いつか虹となって遠くへ渡っていけるように。

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