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映画#9『ラストナイト・イン・ソーホー』/ “映画”というプレイリストを聴く

この映画の主役は、
都会で奮闘する少女エロイーズではない。
主役は、間違いなく音楽だ。

監督のエドガー・ライトといえば音楽!というくらい、彼の作品では、音楽への愛やこだわり、通がクスッと笑えるネタが仕込まれていることが多い。

伝説的ゾンビコメディ『ショーン・オブ・ザ・デッド』では、迫り来るゾンビに対して、どのレコードなら武器として投げていいかを議論する主人公たちの会話から音楽オタク感が滲み出ているし、前作『ベイビー・ドライバー』ではThe Jon Spencer Blues Explosionの『Bellbottoms』と完璧にシンクロしたカーチェイスシーンが記憶に新しい。

そして本作は特にこの音楽愛が顕著で、もはや使いたい音楽からストーリーを練ったんじゃないかとすら思う。“プレイリストムービー”といっても過言ではないくらいだ。

まずは聴いてもらった方が早そうなので,,,
それではいきましょう。ミュージック、スタート!

< voodoo girl’s 偏愛ポイント >
・エドガー・ライト監督の完璧な60年代プレイリスト
・撮影裏を知るとさらにワクワクするダンスシーン


①エドガー・ライト監督の完璧な60年代プレイリスト

本作は、主人公エロイーズが夢の中で60年代のロンドンの街に迷い込み、その時代に生きていたサンディという女性とシンクロしていくという設定のため、音楽のテーマも、もちろん60年代。

わたし自身、60年代の音楽と言われても全く馴染みがなかったし、普段はヒットチャート上のポップスを聴くタイプなのだけれど、観終わった後、ひたすらサントラを聴きまくるくらいにはこの音楽の虜になってしまった。

選曲のセンスはもちろん、映像とのコンビネーション、そして物語の中での使い方が素晴らしい。この記事では、印象的ないくつかの楽曲について語っていきたい。

A World Without Love』/Peter and Gordon

本作は、この曲に合わせて、自宅で踊るエロイーズの映像から始まる。
思わず笑みがこぼれる幕開け。これで笑顔にならない人がいるだろうか。
「僕は自分の世界に引きこもって、本物の愛がその微笑みを向けてくれるのを待つよ。彼女はきっとくる。それがいつかはわからないけど。でも、その時がくれば彼女だって絶対にわかるから。」なんて、歌詞の世界観がゆるっとしているのもまた、いい。

Downtown』/Petula Clark

これは聴いたことがあるという人も多いのではないかと思う。映画の中ではサンディ役のアニャ・テイラー=ジョイが歌っていて、アカペラバージョンのうっとりするような音色に酔いしれる。

Land Of 1000 Dances』/The Walker Brothers

悪夢の中、踊り続ける。
そんなシーンで使われる楽曲ではあるものの、改めて映像なしで聴いてみると、たしかに。身体が自然に動き出すようなリズム。

You’re My World』/Cilla Black

この曲は、エロイーズが初めて夢の中で60年代のロンドンを訪れるシーンとクライマックスのシーンの2回、いずれも非常に重要なシーンで使われている。本作は一応ホラー(怖くないよ!)に分類されるようなのだけれど、この曲自体もホラーっぽい高めの音から始まる。
魅惑的で猟奇的。まさにサンディのテーマソングにぴったりだと思う。

②撮影裏を知るとさらにワクワクするダンスシーン

Wade In The Water』の演奏と同時に、サンディのダンスシーンが始まる。ここでは、60年代を生きるサンディと、夢の中で彼女にシンクロするエロイーズが入れ替わりながら、でも同一人物として、1人の男性と踊っているかのような映し方が採用されている。

どうやって撮影したのか?
難しそうに思えることほど、答えはシンプルだったりする。

シーンを見ないことにはイメージがつかないと思うので、まずはこの動画を見てほしい。サンディが踊っている間、エロイーズ役はカメラの後ろをついて回り、映り込まないように移動する。入れ替わる瞬間、しゃがんでタイミングを待っていたエロイーズ役がすかさず立ち上がり、ダンスの相手として間を繋いで、サンディ役はフレームアウトする。その繰り返し。

何度リハーサルをしたんでしょう!?!?
編集した箇所が全くないとは言わないけれど、かなり原始的な方法でこのエキサイティングなシーンを撮影していたという事実に、あっぱれ。

サムシング・パーソナル

この映画について語るとき、わたしは私情を挟まずにはいられないのかもしれない。

2021年11月、よみうりホール。
本作を鑑賞したのは東京国際映画祭での上映だった。

コロナによる行動制限が落ち着いてきて、久しぶりにおしゃれをして、友人と映画を観て、お酒を楽しんだ日。(靭帯を損傷していたせいで、片足を引きずっていたのも今となっては笑い話。)

そんな背景もあってか、この映画が与えてくれた高揚感や喜びはとても特別で、あまり冷静に映画自体を評価しているとは言えない可能性は十二分にある。

でも、それでいいと思っている。
この映画が素敵であることに変わりはないし、なにより、映画も音楽も、その人のパーソナルな記憶とは切っても切り離せないものだから。

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