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骨は鋭し殺せよ乙女

うなぎの骨が喉に刺さった。
鰻の小骨は調理の際に取り除くのが難しく、喉を抑えながら耳鼻咽喉科に運び込まれるあわれな犠牲者が後を絶たないという。たかが魚の小骨と思って侮るなかれ、光にかざせば透けてしまうほどちっぽけなそれが私の喉に突き刺さり、じくじくと痛みを伴って存在を主張している。無意識に外傷部(内傷部?)をさするがもちろん効果は無い。あの時迂闊うかつに飲み込まなければ──と後悔したところで時既に遅し、甘んじてこの痛みを受け入れる他無い現状が恨めしい。

「うがいせよ、さすれば小骨取れん」との情報を入手した私は早速コップを片手に洗面所へ向かった。大きな三面鏡に映る顔があまりにも必死の形相をしていたので「阿修羅像かな?」と疑ったが、間違い無く私の顔面だったので絶望した。読者の皆さんに分かりやすく説明するなら『好き好き大好き』の戸川純が六つの瞳で自分を睨んでいる光景といったところか。口に含む水分量の調節が下手クソなせいで何度か陸上で溺れかけてしまったが、確かに何もしないよりマシかもしれない。ちょっと痛みが取れたかも……と気を持ち直したその瞬間にチクリと喉が刺されるような感覚がしたことはもう無かったことにして寝てしまいたい。

思い返せば、こういった類の失敗をするのも随分と久しい。
テスト用紙を回す時に指を切ってしまうだとか、ナートゥダンスを踊っていて小指を箪笥たんすにぶつけてしまうだとか、そういった取るに足らないプチ怪我を私はあまりやらない。どうせ(怪我を)やるなら全力で、がモットーなので、遊具から落ちれば顎に穴が空くし校庭で転べば膝に穴が空く靭帯じんたいも切れる頭骨もへこ。そういう全力少女です。読者の皆さんにもしも私と関わる機会があるならば、くれぐれも前後左右に気を付けていただきたいと願うばかりだ。

私がまだ小学校に通う幼女だった時分、鉛筆を削る際に力みすぎて鋭く尖った芯がてのひらを貫通したことがあった。白く柔い己の掌が小汚い赤で汚れてゆくシーンは非常に強烈なもので、カスい出血量に見合わないほどの凄まじい衝撃を受けたことを覚えている。友人にクスンクスンと泣きながら相談したところ、「体内に残った芯が血管を巡っていつか心臓に到達したら死ぬらしいよ」と血も涙も無ければ、根も葉も優しさの欠片も無い大嘘をつかれてビエンビエンと泣く羽目になってしまった。この一件で私は、人間とは大嘘つきで最低な生きものであるという教訓を得た。

閑話休題。
そもそも古来から日本人は魚を食してきたのだから、こういうFAQよくある質問に対する模範解答があって然るべき──更に言えば、問題の根源を断つ解決策がそろそろ施行されていても何ら不自然では無いのだ。しかし、令和になっても「魚の小骨を気にすることなくペロリと食べられる方法はあるんですか?」の答えは「そこに無いなら無いですね」なのである。生魚大国ニッポンとして、これは由々しき事態なのではないか。ところで、生魚大国と言うとすごく生臭そうですね。ワイトもそう思います。

……小骨が喉に刺さって、どれぐらい経ったのだろう。
実際には大した時間は経過していないのだが、こう言う言い回しをするとまるで〝味方を救助するために単身敵のアジトへ潜入し、からくも失敗して監禁された主人公〟みたいな感じがして闘志が燃えるので良い。しかし、たかが数ミリグラムにも及ばない1本の小骨に全身の動きを制御(萎えてしまってやる気が出ないだけ)されるだなんて、それこそ秘孔を突かれたみたいでそれっぽい。本当に秘孔を突かれたら私はもう死んでしまうんですけど。

もし、死ぬ時まで骨が取れなかったら?私が火葬された後には207本の骨が遺り、仰天ニュースとかで『幻の207本目!?鰻は私です』みたいな感じで取り上げられてしまうのだろうか。──嫌だ。そんな不名誉な名の広まり方をするくらいなら喉を突いた方がマシだ。あ、もう突かれてるんだった。もうおしまいです。

たかが小骨ごときに振り回されてしまうなんて、人間はこうも弱い生きものなのか。私は今非常に打ちのめされている。固形物を摂取出来ないからひたすらヨーグルトを啜っているし、咳き込んで嘔吐してしまうから乳白色の上品なゲロを無限に生成してしまう。お食事中の方におかれましては、このような吐き気を催す邪悪な文章をお届けしてしまい大変申し訳ありません。(吐き気だけに……。)いいさ、鰻の小骨と心中する覚悟は出来た。これから来る幸も不幸もともに分かち合おう。いや待て、不幸だけあげるからそっちの幸を全部貰える?ありがとう。読者の皆さん、これからも私と小骨をよろしくお願いします。

──と思ったら、翌日あっさり取れました。
私WIN、小骨LOSE。

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