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小説:ぼくと妖精と時々悪夢


学校に行きたくない!


「和人、行ってらっしゃい」
 じいちゃんとばあちゃんに見送られ、ぼくは重い足取りで学校に向かう。
 前まで学校はとても好きだった。
 なのに。
「あ、ビンボー神と陸ちゃんだ」
 磯原大貴のヤツがそう言って笑う。
 ビンボー神は、ぼくのことだ。テストの点数が悪いから平均を落として、去年の人達より成績を悪くしてしまっているかららしい。
 それなら去年の大貴も同じだ。なのに、今年5年生になってから変わった。
 ぼくらをバカにするイヤなヤツになった。
 陸ちゃんと呼ばれた相原陸君も、お姉ちゃんが使っているカワイイ鉛筆をうっかり持ってきてしまったから大貴にそう呼ばれるようになった。
「トモヤ君なら優しいのにね」
 石田奈々ちゃんが言うのは、大貴のお兄ちゃんのことだ。勉強も出来て運動も出来るし、なによりすごい優しい。
「お受験して私立中学に入ったのよ」
 前にお母さんがそう言っていた気がする。
「ウルセーよ。ブスのくせに」
 大貴が奈々ちゃんに向かって言う。奈々ちゃんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「和人。友達なんでしょ? 注意しなよ」
「そうだよ」
 女子に囲まれて、ぼくは驚く。コレじゃ、まるでぼくが怒られているみたいだ。
 ガラリと扉が開いて「みなさん席についてください」と言うのは担任の先生だ。
 授業は厳しいくせにぼくらが大貴に虐められているのは見て見ぬふりをする。
 
 コツ。
 コツッ。
 授業中、頭にちぎった消しゴムがぶつけられる。
 大貴のヤツだ。
 前まで反応していたけれど、先生がぼくばかりを「集中しなさい」なんて言うから、今では投げられっぱなしでガマンしている。
 一度、じいちゃんとばあちゃんとお母さんに相談したけれど「相手にするな」とか「無視すればいい」とか言うだけで、本気になって心配してくれない。
 それ以降、ぼくは相談するのを止めた。
 仮病をして学校を休もうと思ったけれど、ばあちゃんとじいちゃんが「休むならしっかり休め」とゲームをさせてくれない。なにより、看護師のお母さんはすぐに嘘だって気が付く。
「変なの~」
 女子の声に、ぼくは振り返った。
「何が変なの?」
「変なのは変じゃん」
 そればかりで何が変なのかを教えてくれない。だけれど、変なのはどうやらぼくらしい。きっと、大貴が何か言ったんだ。
 
 学校なんて行きたくない。
 明日なんて来なければいいのに。
 
 家に帰って、ゲームをして、ユウウツな気持ちのまま、ご飯を食べて眠った。
 お布団はあったかい。
 きっとばあちゃんが干してくれたんだ。お日様の匂いを嗅ぎながらぼくは目を瞑った。
 

ここは夢の中!


「これ、夢?」
「あら、偉いわ。よく夢だと分かったわね」
「だって、分かるよ」
 ぼくは声をかけてきたピンク髪の女の人にそう言って、空を見上げる。
「天気はピンクだし、そこら中にアメがあるし」
 普通、空は青とかオレンジなのに、頭の上に広がっているのはピンク色ばかりだ。しかも、地面には棒つきのアメやグミが刺さっている。
「あなたの夢を借りて、私がこの場所を創ったの。アメは嫌いかしら?」
「別にキライじゃないけど。それより、あなたはダレ?」
「私はマリ。あなたに呼ばれて来たの」
「ぼくに?」
「ええ。私たち人の願望に弱いの。つい叶えたくなっちゃう。この世界はお好き? 気に入ってくれたかしら」
 ピンク色の髪を持つ女性はそう言って、ニッコリ笑う。すごくカワイイ。
「「明日が来ないといいな」って思ったでしょう? だからココに招待したの。ココでならあなたはツライ思いをしないもの」
「この……ぼくの、夢の世界に?」
「そうよ。ココでのあなたはヒーローだし、誰もあなたを怒らないわ。ゲームをしても、お菓子を食べても夜更かしをしても誰も怒らない」
「それって……、すごくイイね」
 砂場はポテトチップスの山、ブランコはグミとクッキーで出来ている。あそこのベンチなんかチョコレートだ。
「あなたの口の中に入るまで、チョコレートも、アメも溶けないわ。夢の中だから汚れることだって無いんだからね」
「なにそれ、サイコーじゃん」
 ぼくは、嬉しくなって言う。最近、人の悪い顔しか見ていないから、マリが嬉しそうにしているのが余計に嬉しい。
「この夢は気に入った?」
「うん。すごーくね。でも、お菓子ばっかりだけど、ゲームはあるの?」
「勿論。あそこにも、ほら、あそこにもある」
 マリが指さす方向にはテレビが何台も置かれてあって、ぼくがやりたかったゲームが映っている。
「私はあなたの良いお友達だもの。ツライことから離してあげる」
「けれど、君のご家族は悲しむだろうね」
 不意に声がして振り返ると、そこには背の高い男の人が立っている。晴れているのに赤い傘を持って、どこか上機嫌に歩いている。ぼくは怖いと思って、後ずさった。
「あら、シャロ。そんなつれないことを言わないで。これは彼の問題なのだから」
 マリとシャロと呼ばれた男の人は知り合いなのか、にらみ合っている。
「そうはいかないよ。マリ。私は彼のタンキュウシンに呼ばれたのだからね。真実を知りたがっているのをどうしてジャマをするかな」
「タンキューシン?」
「本当のことを知りたいと思う心。マリは君のトウヒガンボウにより心にスクウ」
「トーヒガンボウ? スクウ?」
 ぼくが繰り返すと、シャロはとても残念そうに溜め息をついた。
「嗚呼。国語の勉強をしていないのかな。どうも話し難い。彼女は君をダメ人間にしたいんだ。まるで赤ちゃんみたいにね」
「ぼくは、赤ちゃんじゃない」
「そうだね。けれど、心の奥深くではそう思っているから、彼女は今こうして君の夢にやって来たんだ」
「だって、彼は学校で嫌な思いをしているんだもの。「明日なんて来なければいいのに」なんて悲しい事を思うのよ? だったら夢の世界ココの方が安全だわ」
 マリに言われて、ぼくは学校でのことを思い出す。せっかく良い気分だったのに、落ち込んだ。
「ほら、シャロのせいで雲行きが怪しくなっちゃったじゃない」
 ピンク色の空は、今や淡い紫に変わっている。
「夢の世界に逃げ込むのは良い。時には必要さ。だが、永遠というのは良くない。寝たきりになった彼が起きるのを彼のカゾクはずっと待つようになってしまうからね」
 シャロの言葉にドキッとする。
「それって、ずっと起きないってこと?」
「そうさ。ココは夢の世界だからね」
 そう答えるシャロにぼくは何も言えない。ぼくの隣にいるマリは腰に手を当ててシャロを睨み続ける。
「人質を出すのは、ズルだわ」
「説明も無しにエイキュウスイミンにオトシイレヨウとする君よりはマシさ」
「学校が怖くて、明日も怖い彼に安全な場所が必要よ」
「ぼく、学校は好きだよ。だけど、イヤなことがあるんだ」
 ポロッと言葉が漏れた。すると、マリとシャロが黙ってぼくを見た。
「大貴っていう友達がさ。去年まで一緒に遊んでたのに、急にぼく達のことをイジメるようになったんだ。大貴はそんなことするヤツじゃないのは知ってるけど、理由が分からないんだ」
「……いつもみたいに縄張り争いをする必要はなさそうね。シャロ」
「ああ。真実を知るには……今回は表現を柔らかく提示しなければいけないからね。マリ。言いたくはないけれど、君の力が必要だ」
 黙っていたマリとシャロは優しい口調で言った。どうやら、もうケンカをするつもりはないらしい。
「それってどういうコト?」
「私たちはあなたの味方ということ。永久に眠らせないし、貴方を悩ませる問題を解決するの」
「解決? どうやって?」
「私たちは夢にいる妖精のようなもの」
 マリの言葉にシャロは何度か咳払いをした。それを、マリが睨んで黙らせると再び話を始める。
「そして、私たち人の悩みがとっても好きなの」
「人の悩みが好きなんて」
 変。と言おうとしてやめた。これじゃあ、あの女子グループと一緒になっちゃう。
「えらい、えらい」
 見透かしたかのようにマリが言った。
「別に。アイツらと同じになりたくないだけ。学校は好きなんだ。だけど、アイツらが嫌なことをするんだ」
「アイツらとは?」
「クラスの女子。大貴のヤツがきっとウソを言ってるんだ。どうして、そんなことするんだろう」
「嗚呼、それなら簡単さ――……」

 ピピピピピ!!!

 シャロが言う前に目覚まし時計の音を聞いてぼくは目が覚めてしまった。

 

現状打破!


  夢の内容は、はっきりと思い出せる。だけど、シャロの言葉は一々難しくて分からない。
「ねえ、じいちゃん。タンキューシンってなに? どういう意味?」
 朝ご飯を食べながらじいちゃんに聞いてみると、じいちゃんは新聞紙をちょっとだけ下げてぼくを見た。
「辞書引け」
「えー」
「ゲンジョウダハには、いいだろう」
「なにそれ」
「それも調べなさい」
 めんどうくさいなあ。聞いて損した。だけど、シャロの言葉がひっかかって放してくれない。
 教室に行くと、大貴がいた。
 絡まれないように……そう思いながら机に向かう。そして、ロッカーから国語の辞書を取り出すと、ペラペラとめくった。
「お、ようやくビンボウ神が勉強する気になったかあ! これで先生に怒られないぞ!」
 と、大貴の声がした。それにつられて女子がクスクス笑っている。陸君は俯いたままぼくと目を合わせないようにしている。
 それ以上、大貴の話を聞かないように無視をしながらシャロの言葉を探す。……あった!
 ――探求心。物事を深く究明しようとする心のことです。 知識を深めたり、原因の解明に当たったり、しつこく粘り強く追究する姿勢。
 だけど、今度は「究明」の意味が分からない。渋々、またページを開く。
 今夜、シャロに逢ってもいいように沢山調べておく必要がある。
 国語の授業、算数の授業、大貴のことを考えないようにする。
「彼について考えることは、夢の中だけでいい。メリハリがつかなくなってしまう」
 今は夢の中じゃないのに、シャロの声が聞こえたように思えた。

 昼休み。
「はい、特別サービス」
 給食当番の大貴は、ぼくの深皿にニンジンをわざと多めに入れた。元トモダチだったからキライな物が分かってるんだ。
(これがマリの世界ならこのニンジンはゼリーに代わってるはずなのに……)
 だけど、シチューに浮かぶオレンジ色のゼリーを想像したらそっちの方がマズそうに思えた。
 残すと先生に怒られるから飲むようにシチューをかきこむ。
「うわ、アイツ。デブの食べ方してる!」
 すかさず大貴がからかってきて顔が赤くなる。それを聞いた女子がまたクスクスと笑った。
「大貴君、休職中はお静かに」
 ようやく先生が注意する。
 給食中じゃなくても大貴のことをもっと「お静かに」って注意してくれればいいのに。
(早くマリの世界に行きたいなあ)
 気分は落ち込んだままだ。
(大貴がぼくをイジメる理由なんて無いのかもしれない。夢の中だけで考えるって言っても意味なんてなかったらどうしよう)
 もし、本当に大貴がぼくらのことを嫌いであんなことをするなら――……。
「知らなくてもいいかも」
 帰る時にはそんな気持ちになっていた。
 お母さんが「どうしたの?」と晩ご飯の時に聞いてくれたけれど、答えるのもイヤだった。

「やったー! 夢の世界だ」
「ようこそ。いらっしゃい」
 ピンク色の空の下、出迎えてくれたのはマリだけだった。
「あれ、シャロは?」
「シャロはアッチ。やっぱりあなたは、最初の予定通り夢の世界にいるべきよ」
 マリの言い方がなんだか怖くて、ぼくは後ずさりをする。
「だって、そうでしょう? シャロもやる気を失くしたし……」
 振り返ると、シャロはチョコで出来たベンチに俯せになったまま動かない。
「シャロ! どうしたの?」
「君、どうでもいいって思っただろ? 本当のことを知らなくてもいいって思ったなら私の出番じゃない」
 たしか、シャロは、ぼくの探求心に呼ばれてやって来たんだ。
「シャロ。ねえ、シャロ。しっかりしてよ。ぼく、シャロの言ってた言葉の意味を調べたんだよ」
「意味無い。無駄な労力だったね」
「意味なくないよ。ぼくはシャロとも話をしたかったし。だって、ぼくは……そう。現状打破したいから」
 じいちゃんが朝言っていた言葉。今の状況を変えるってことだ。その言葉にシャロはようやく起き上がった。
「本当に?」
「本当の本当! シャロとマリがいたら解出来るっってことだよね」
「それでは意味がない。君が主役で、私たちが助手でなければならない」
「ぼくの問題だから?」
 すると、シャロはにっこり笑って頷いた。
「では、事件について考察しよう」
「事件?」
「貴方を悩ますことだもの。……それにしても、シャロをもう一度やる気にさせるなんて珍しいわ。せっかく、この夢に閉じ込める予定だったのに」
「閉じ込めるって……」
「そんなことより、犯人は何故友人だった君に意地悪をするのか。その原因を探らなければならないね。まずは情報を集めないといけないよ」
「大貴の好き嫌いは分かるよ」
「それも必要だけれど、今は関係がないかな。彼はまるで人が変わったかのようになってしまった。それはいつ頃?」
「今年。五年生になってから」
「四年生の時は?」
「普通だった」
 と、ぼくは答える。本当に四年生では普通だったんだ。
「君に心当たりは?」
「無い」
「彼の周りで何かあったかい? 例えば、ご両親がケンカしたとか」
「特に……。あ、でもトモヤ君が。大貴のお兄ちゃんが中学生になった。オジュケンしたんだって」
「ほう? その子はどんなコだい?」
 シャロの赤い目が光った。まるでゲームの悪役みたいだ。
「優しくて頭がすごく良いんだ。女子にも人気でね」
 ふんふん。と、シャロは面白そうに話を聞いてくれる。じいちゃんやばあちゃん、お母さんもシャロみたいに話を聞いてくれたらいいのになあと、ぼくは思いながらシャロを見ていた。
「とにかく、敵を――……犯人に勝つにはまず知ることが必要さ。勿論、対策としてもね。情報収集の基本は聞き込みと――……」

 ぴぴぴ!
 目覚まし時計の音でぼくはまた目が覚めてしまった。
 

陸君の計画!


  朝の時間で先生が今月末から三者面談が始まることを伝えたけれど、ぼくはそれどころじゃなかった。
 シャロの言う情報収集と聞き込み。それをいつ、どうやってするのかが思い浮かばないからだ。女子が集まって何か噂話をしているのをこっそり盗み聞きすることくらいしかない。大貴は最近、帰るのが早いのでその時間だけはビクビクしなくて済む。
「大貴君。塾に行ってるらしいよ」
 そんな噂を聞いたけれど、あの大貴が大人しく勉強するとは思えなかった。他にも女子は何か話をしていたけれど、もうぼくにとってはつまらないことばっかで大貴にも関係がなかった。
「あの……、和人君」
 放課後、陸君が声をかけてきた。ぼくは大貴がいないかを確認してから陸君を見た。
「やっぱり、ぼくと話をしてると恥ずかしい?」
 陸君にそう言われて、ぼくは戸惑う。
「別に。そうじゃないよ。大貴がいたら、ぼくら、またからかわれるだろ?」
「そうだね」
「どうして、ぼくらにばっか言ってくるんだろうね」
「いい点数が取れなかったからって、八つ当たりをしてるんだよ」
 陸君が冷たくそう言う。ぼくは驚いて陸君を見た。
「八つ当たり?」
「ゴミみたいになったテスト用紙が机の中にいっぱい入ってたんだ。掃除の時間、机を動かしてたら落ちてきたんだ。中を見たら七十点とか八十点とかだったんだよ」
 ぼくに比べたらまだ良い方だと思うけど、大貴はそうじゃないらしい。
「大貴のヤツ。塾に行ってるんだってさ。それで、自由に遊べなくなったからってぼくらを羨ましがって八つ当たりしてるんだ。そうに違いないよ。……だって、ぼくら大貴に何もイジワルしてないだろ?」
 そうか、八つ当たり! これは良い情報かもしれない。有効活用できるか分からないけれど、シャロとマリなら何か思いついてくれるはずだ。
「……三者面談の順番さ。ぼくの前が大貴なんだよ」
 声を低くして陸君が言った。
「だから、話の途中で部屋に入って訴えようと思うんだ。今までの全部、録音してたんだ。姉ちゃんが教えてくれた。”イジメの動かぬショウコ”になるんだって。これを聞かせれば、大貴のヤツもう二度と、学校に来なくなるよ。そうしたらぼくら一日中大貴のやつにビクビクしなくて済むんだ」
 ぼくは何も言えず、陸君を見た。やっていることは、きっと正しい事なんだと思う。……けれど、なんだか、陸君まで悪い人のように見えてしまった。大貴のことは嫌いだけど、「二度と学校に来れなくなる」って言うのは、なんだかちょっと違う気がする。
「大丈夫。和人君は虐められてるのも録音してた。三者面談が近くなったら作戦を立てようよ」
 ぼくが慌てて止める前に陸君はそう言って、教室を出て行ってしまった。
 折角、情報収集が出来たのに――。
 ぼくは気が重いまま家へ帰った。
 どうしよう。何も良い案が思い浮かばない。陸君を止めたい。けれど、陸君の気持ちだって痛いほどわかる。ぼくだってビクビクしながら学校に行くのはイヤだ。
 ――……シャロたちに相談しなくちゃ。
 早く寝るために宿題も、お風呂も終わらせて、夕飯を一気に流し込む。
「ねぇ。和人。最近、学校のことを話をしてくれないけど、何かあったの?」
 心配そうにお母さんが言う。
「別に、何も無いよ」
「でも、前は大貴君や陸君の――……」
「今月の終わり頃、三者面談があるからその時にどうせ聞けるでしょ?」
 これ以上、話す気にも、聞く気にもなれなかった。ぼくはランドセルから三者面談のプリントをテーブルに出して、自分の部屋へと走っていった。
 時計を見ると、寝る時間まであと一時間もある。でも、今すぐシャロと話がしたい。ぼくは、じいちゃんとばあちゃんが「みんなで一旦、話をしよう」と言うのを無視してベッドに潜り込んだ。
 その日、夢は見なかった。
 あの夢が見たくて、二人に逢いたくて早く寝るようにしたのがいけなかったのかもしれない。だけど、次の日も、その次の週も夢は見られなかった。
 勿論、情報収集は欠かさない。
 シャロが難しい話をしてもいいように国語の宿題は念入りにした。国語だけじゃなくて、数学のことも話すかもしれない、そうしたら色々と忙しくなって大貴のことどころじゃなくなった。
 そのおかげでこの前の小テストは百点をとれた。クラスで百点は、ぼくを入れて三人しかいないらしい。大貴の方をちらっと見れば、顔が暗かったので百点をとれたあと二人には入っていないようだった。
「小テストぐらいで調子にのるなよ」
 掃除の時間、大貴に机を蹴飛ばされたけれど、ぼくは動じなかった。
 それを陸君がしっかり見ていたし、きっと手がつっこんであるポケットには録音するためのお子様用スマートフォンが入っている。

「なんだ、和人もようやく勉強に目覚めたか」
 自分の部屋で勉強していると、じいちゃんがそう言ってきた。
「目覚めた?」
「磯原さん家の大きい兄ちゃんは、五年生の時からオジュケンの勉強をしてたみたいだからなあ」
 大きいお兄ちゃんは大貴のお兄ちゃんのことだ。
「トモヤ君が、オジュケンの勉強?」
「あそこの家はみんな頭が良いからなあ。じいちゃんは運動が出来れば良いと思ってるけど、やっぱり今を生きるには頭も使わにゃいけんからな」
「大貴の家って、みんな頭良いんだ」
 そういえば、大貴のお父さんは学校の先生だし、お母さんは塾の先生をしていたっけ。
「でも、大貴は関係ないよ。この勉強は、ぼくのためだし」
「そりゃ、勉強は自分のためだろ」
 じいちゃんは呆れて笑うと、「散歩の時間だ」と歩き出してしまった。
 宿題、ご飯、お風呂も済ませたぼくは、祈るような気持ちで布団に入った。

燃える教室!

  目を開けると、少し離れた所にシャロとマリがいた。ぼくは思わず「やったー!」と、声をあげて二人の元へ走って行く。
「こうも夢主イライニンに接触を望まれるとは思わなかった」
「あら。私はよくあるわよ」
「ふうん。それは良かったね。……こんにちは。私たちの夢主イライニン。君のことは大体分かっている。視ていたからね」
 夢の中でシャロが嬉しそうに言った。
「スイミンコウリツも良く、セイセキジョウショウ。規則正しい生活を送っている」
 難しい単語の連続で少し驚いたけれど、よくできたって事と考えた。
「事件の情報収集も出来ているようだし」
「事件ってオオゲサだよ」
「事件よ。大事なあなたがケガをしたんですもの」
 マリが言うのは、「調子に乗るなよ」と大貴に突き飛ばされた時のことらしい。
「事件なのは、大貴のヤツに突き飛ばされたことよりも、この夢の世界に来れなかったことだよ。どうしてぼくをこの世界に連れて行ってくれなかったの?」
「レム催眠の入り口になかなか引っかからなくてね。それに勉強内容の定着は大事だ。我々が来たことにより記憶定着がおろそかになるのは、申し訳が立たない」
「キオクノテイチャク?」
「そうさ。眠るというのは今日あったことを整理する時間なのだよ。誰かにこう言われたということを覚えたり、不要な記憶を捨てたり」
「だったらイヤなことを全部忘れた方がいいのに」
「イヤなことだから覚えておくのだよ」
 シャロに断言されて、ぼくは驚いた。
「なんで? 楽しい事を覚えていた方が絶対に良いよ」
「だが、生きるためと考えると二の次だろう?」
「生きるため? オオゲサ」
「火に触れたら熱い、そんなことを当たり前と言えるように嫌というほど、注意されただろう? 聞くことはあっても、頭の中に残ることはまた話が違うんだ。……まあ、そんなことよりも、君の友人は実に面白い。録音という証拠まで手に入れるとはね」
「面白くないよ!」
「あら、どうして? あなたを苦しめる子を懲らしめられるのよ?」
「そうだけど、そうじゃないんだ」
 ぼくは俯いて答える。
「大貴のやったことはイヤだよ。すごくイヤだ。だけど、大貴は仲良しだし、やっぱり何かあるんじゃないかなって思ってるんだ。先生と大貴のお父さんやお母さんに言いつける前にさ……。きっと、このままじゃいけない気がする」
 あれだけ辞書を引いたのに、本を読んだのにこれ以上言葉が出てこなくて、ぼくは悔しくて泣きそうになる。ぼくが黙り、二人も黙ったせいで、夢の世界は静まり返った。
 夢の世界らしいカワイイ色や形をした鳥たちも、今は枝にとまったまま動かず心配そうにぼくらを見ているだけだ。
「……シャロ。夢繋ぎを使おうと思うんだけど、これは貴方の意思に反するかしら?」
 ふと、マリがそう言った。
「本来なら反対するけれど――……、そうだね。彼には必要かもしれない。許可するよ」
「何の話をしてるの?」
「あなたとタイキ君の夢を繋ごうと思うの。あなたがタイキ君の夢の世界に入るの」
 マリは少し悩みながら言った。
「夢というのは、記憶整理のために存在する。何を見て、聞いて、感じて、思って、それを大事なものだけ残すように整理していく。だから、彼がどんな気持ちで日々を過ごしているのか見てこよう」
 どこか楽しそうにシャロが言う。
「大貴の夢を見る? それって……」
「良いも、悪いも無い。これは君の夢だ。このことを誰かに言ったとしても、信じない人の方が多い。どうする? 勿論、君は拒否することだって出来る。その時は、他の手段も――……」
「行く。行きたい」
 シャロの言葉を遮って、ぼくは即答した。
「いいね。こんな事をするのは久々だ。しかも、こんな楽しい気持ちで同意を得られるなんてね」
 嬉しそうにするシャロの隣で、複雑そうな顔をしたマリが持っていた杖のようなアメで地面を二回叩いた。すると、音もなくクッキーで出来た扉が生えてくる。
「私は夢を繋ぐためにココに残るけど、気を付けてね。シャロは真実を見せるのが好きだけれど、そのやり方はあんまり良くないものだから」
「それってどういう意味?」
「さあ、時間が無いよ」
 シャロは。ぼくの腕を掴んで言うと、クッキーの扉の向こうに歩き出した。

「うわ!」
 夢を渡ってすぐ、ぼくは声を上げた。場所は教室だけれど、ごうごうと燃えている。火事だ。
「逃げなきゃ!」
「逃げる必要は無いよ。ココは君の夢ではないから、火傷もしないよ」
 シャロがのんびりそう言いながら、火を掴む。本当に熱くなさそうだ。それに、足元を見れば、ぼくはごうごうと燃える火の中にいる。
「どうして燃えているの?」
「ちょっと、シャロ! どうして部外者キミが来るかな! 今から面白いところクライマックスなのに!」
 振り返ると、そこには青い髪の王子様が立っていた。
「夢の見学だよ。クラ。どうしても我々の夢主イライニンが君の舞台を見たいと言うから」
 シャロがそう言うと、クラと呼ばれた王子様は水色の瞳を輝かせてぼくを見た。
「観客⁈ シャロ! 嗚呼、嬉しいよ! まさかキミがボクのために思春期真っ只中のステキな観客を連れてくるとはね! こんにちは! 思春期真っ只中のステキなボクの夢主オキャクサマ! 今から最高の舞台が始まるよ! シャロも来たし、今回の舞台は現実味リアリティも追及された最高の物になるだろうね! ボク、急いで脚本を見直さなきゃ! アイツの凶行も演出になるぞ! やったー!!」
 ここまで早口で言ったと思うと、クラはシャロに小さく折り畳んだ紙を渡して走り出してしまった。
「彼はクラ。夢の主にキャクショクした現実を――……。夢の主にとってイヤな現実をもっとオオゲサに、更に悲劇的にして見せつけるのが好きだ」
「どういうこと?」
「見ていれば、分かるよ」
 シャロはそう言って、小さく折り畳まれた紙を広げた。
「彼はトラウマを舞台にしてみせる。体育館で上映するらしいね。案内してくれるかい?」
 ぼくは言われるがまま、シャロの手を引いて歩き出した。ここは三階だから体育館に行くまでちょっと遠い。
 廊下にも、教室にも火がついているのに、煙の臭いもしないし眼も痛くない。
 
 ――…… 学校なんて火事になって無くなっちゃえばいいのに。
 
 校内放送から大貴の声が聞こえる。学校で覆い張りのアイツがどうしてそんなことを言うんだろう。
「失礼。ココは危ないですよ」
 声がして振り返り、ぼくは驚いた。そこにはゲームに出てくるような銀色のヨロイを着た女の人が槍を持って立っている。周りに広がる火と同じ色をした髪の毛と瞳を持つ女の人は、ぼくたちをまじまじと見つめた。
「君がそんなに弱体化するなんて、とても珍しいことだね。ジャン」
「ええ、同感です。シャロ。貴方もあのピエロクラに協力しているのは珍しい。それに――……」
 ジャンと呼ばれた女性は、ぼくを見た。
「私を畏れ無いのですね。だから、私はこのような姿をさせられているのでしょう」
 ぼくは首を傾げて彼女を見た。確かに甲冑を着ているのには驚いたけれど、でも悪人のようには見えない。それだったら、矢継ぎ早に話して言ったクラの方がもっと怖く感じた。
「私の夢主イライニンは、純粋にココの夢主ヨウギシャを助けたくて来たんだ」
 シャロの言葉に、ジャンは少し黙ってから「救出ですか? 珍しいですね」と言う。
「ですが、私は求められたことを成すだけです。夢主ザイニンが逃げていますので、私はこれで」
 そう言って、ジャンは抱えていたカブトを付け直して、左手を胸の前に掲げると歩き出してしまった。
「アレがジャンだよ。慈悲深き処刑人」
「ショケイニン?」
 ぼくは驚いて繰り返す。
「彼女が居るから、此(こ)所(こ)は燃えているんだ。罪深き夢主ザイニンに罰を与えるため君臨している。クラが言っていた「アイツの凶行」はジャンのことだ」
 シャロはぼくの腕を掴むと、大股で歩き出した。
「君のご友人の危機かもしれない」
 ぼくらは急いで体育館へ行き扉を開けた。

クラの劇場!


「ようこそ、みなさま! ごきげんよう!」
 まだ体育館についてないのに、校内放送からクラの声がする。
「今宵観るは、哀れなコドモ。友を裏切り、父も母さえも悲しませる、大悪党!」
「いいかい。これは君の友人が思っていることをクラがわざわざ声に出しているんだ」
「大貴が、自分のことを大悪党って?」
「そう言うことだ。……見ろ」
 シャロが校庭を指さす。そこには槍を構えて歩く全身甲冑の――……おそらくジャンと、必死の顔で逃げる大貴の姿があった。校庭は火が強く、とてもじゃないが二人に近寄れそうにない。
「可哀相な少年は、救われることもなく体育館ショケイジョウへ! 自分の罪を他人に擦り付けたその罪は、はるかに大きい」
「ねぇ、シャロ! あの二人は大貴に何をさせる気?」
「あの二人は、夢の主が望んでいることを代わりにやっているだけだよ。ひどくオオゲサに、悲劇的にしてね。この夢の主は、日頃から自分の在り方を悪いと思っている。けれど、悔い改める気持ちは無いようだ。だから、処刑人ジャン悲劇作家クラがこの夢に入って来てしまった」
「止めなきゃ! 体育館に行けば止められる⁈」
 ぼくは全力で走った。だけど、間に合いそうにない。
「この悪夢を止めたら真実が分かるはずなんだ。シャロ! お願いだから力を貸して!」
「勿論」
 シャロは持っていた傘で地面を叩いた。すると、地面から大きな歯車が音もなく沢山生えてきた。どれも嚙み合っていないのに、カチカチと回転し始める。
 それだけじゃない、ザアザアぶりの冷たい雨が降り、雷が鳴り出した。
「この雨は、彼の涙。この雷は、彼の怒り」
 シャロはそう言って、大きな傘を広げる。今時の傘じゃない、じいちゃんが見ていた時代劇であるような傘だ。
「私の夢主イライニンは君であって、この世界の人物じゃない。だから、この世界に影響を与えるのはほんの少しの間だけだよ」
 雨のせいで火は消えている。だけど、校庭にはジャンも、大貴もいない。
「クラに演目を変えてもらった。この世界の人物のためじゃなく、君のためにね。さあ、体育館へ行こう」
 ぼくたちは、それでも急いで体育館へ向かった。
 
 体育館の中にはとても大きなプロジェクターがある。あまりにも大きすぎる。上から下まで全部一枚のプロジェクターだ。
 そこには怖い顔をした鬼のような何かが映って暴れている。見ているうちにだんだん怖くなるのに、そこに物がぶつかるような音や、机を叩くような音が体育館中に響く。
「なんだこの点数は。オマエって本当にバカなんだな!」
 男の人が何か怒鳴っている。
「塾に行った金を返してくれよ。なあ? だって無駄だろ? こんなに出来ないんじゃ」
 だけど、見えるのは映像に映る鬼だけで、他は何もない。
 クスクスと暗闇から聞こえるのも「そんなくだらないことで」と言い捨てるような冷たい声が聞こえるのも、更にぼくを不安にさせる。あまりの怖さにシャロの手を掴もうとしたけれど、隣にいたはずのシャロはいない。
「哀れな少年。お母さんやお父さんの期待に添えず、友達は離れて、そうして独りぼっちになるのでした」

 クラの声がする。

 誰からも嫌われる。

 ぼくはひとり。

 誰とも話ができない。
 だれも――……。

 気付くと、ぼくは教室にいた。
 机の中には磯原大貴と書かれたテスト用紙がグチャグチャになって入っている。どれも八十点とか九十点とかいい点数なのに、まるで見せたくないようだった。
 机に開かれていたノートを見ると、漢字の練習がびっしりと書かれている。何度も鉛筆が折れたようになっているのは、きっと緊張して力が入っているんだ。そう分かるのはぼくが時々先生に見られてそうなるからだ。
 大貴は一生懸命勉強している。そう思った。
 逆光で顔の見えないクラスメイトがぼくから距離をとりコソコソと話をしてる。
 そこには、陸君と、”ぼく”がいた。
 陸君と”ぼく”は、とても冷たい目をしてぼくを一度見ると、誰が見ても分かるくらいオオゲサにイヤそうな顔をしててあっちを向いた。

「彼が心の奥深くで怖いと思っていることだよ。君じゃない。だから、泣かないで」
 いつの間にかぼくの隣の席にはシャロが座っていた。身長の高いシャロに小学校の椅子は小さいらしく、彼は机に腰かけている。
 そんなシャロを見て僕は安心したと同時に、涙が溢れたのを感じた。
 とても怖かった。
 とても胸が苦しかった。
「その痛みも、恐怖も君の物じゃないけど、そう思う程感情移入したのならボクの即興脚本は浮かばれたってことだね」
 と、ぼくのもう隣にいるクラが座り直して言う。
「ねぇ、シャロ。映像だけじゃなくて舞台の方がもっと良かったよ」
「映像で彼はこんなに心を動かされたんだ。舞台では、刺激が強すぎて途中退席してしまうよ。クラ」
「それは困るなあ。……ねえ、キミ。キミが大人になって悲劇に酔いたくなったら絶対ボクを呼んでね。ボクはこれからこの脚本の反省点と改善点を見つけなくちゃいけないから」
 そう言ってクラは、煙のようにパッと消えた。と、同時に景色は教室からマリが創った夢の世界に代わっている。
 ピンク色の空とお菓子ばかりの世界、最初は女の子みたいでイヤだなって思ったけれど、今はすごくありがたいものに思えた。
「私の可愛い夢主を泣かせるだなんて信じられない!」
 そこには腰に手を当てて怒るマリと、正座させられているシャロがいる。
「マリ。大貴の夢には、ぼくが行くって言ったんだよ。それに、マリのおかげで落ちつけたからもう大丈夫」
 ぼくがそう言うと、マリは腰に手をあてるのをやめた。
「……そう、それは良かったわ。それで、何か得られたかしら?」
「大貴は怖い夢を見てるってこと。しかも、自分が悪いって知ってるし、泣いてるし、怒ってもいた。どうしてかはまだ、分からないけど。あの映っていた鬼のせいだと思う」
「まだ分からない? 大丈夫、君は分かるはずさ。何故なら――……」

 ピピピ!!!
 そんな音がしてぼくは目が覚めた。
 

運命の三者面談!


 今日が、大貴と陸君の三者面談の日だ。
 ぼくは陸君を止めるため、静かにだけど出来るだけ早く教室へ走って行った。
「お母さんは五分前に来るって」
 まだ順番じゃないのに、廊下にはすでに陸君がいる。陸君はポケットに手をつっこんだまま言うので、おそらく作戦を実行するつもりなんだろう。
「陸君。やっぱりやめよう」
「どうして?」
「大貴は、何か悩んでるんだよ」
「何を悩んでるの?」
「……分からないけど。でも、そんな気がするんだ」
「だとしても、友達だったボクたちをイジメていい話じゃないだろ?」
 教室の中にいる三人に聞かれないよう、ぼくらは小声で話をする。
「そうかもしれないけど……」
「じゃあ、和人君はこのままでいいの? ぼくはイヤだよ。いつだってこんなにコソコソ――……」
「なんだこの点数は!」
 教室から聞こえた男の人の声に、ぼくらは飛び上がった。
 なんだこれ、クラの舞台で聞こえた鬼の声にそっくりじゃないか。
「トモヤはこんな点数をとったことなかったぞ! 何のために塾へ行かせたと思ってるんだ!」
 多分、これは大貴のお父さんの声だ。
 ぼくらは、お互い顔を見合わせるだけで動くことも出来ない。
 シン……。
 と、静まり返った教室から、大貴の「ごめんなさい」と言う小さな声が聞こえた。ぼくらは扉にくっつくようにして中の話を盗み聞く。
「大貴君のお父さん。大貴くん、成績は良くなりましたよ。前まで平均以下でしたけど、今はもう――……」
「その分、授業態度が悪くなったんですよね? 石田さん家から聞きましたよ」
 ぼくは、大貴が「ブス!」と言った女の子、石田奈々ちゃんを思い出す。
「それに、田沼さんと相原さんのお子さんにも――……」
(ぼくらのことだ!)
 ぼくと陸君は驚いて顔を見合わせる。
「これで、もしイジメだと騒がれてみろ。トモヤの将来に傷がつくだろ。勉強もできないくせに、本当にろくな事をしないんだから! お父さんは恥ずかしいよ。お母さんにどう報告しようか……」
 ここはクラがいる夢の世界じゃないのに、あまりにもオオゲサに大貴のお父さんは嘆く。がっかりした溜め息もぼくらには聞こえた。それを聞いていたらぼくは、だんだんと腹が立ってきた。
 大貴はイジワルかもしれないけれど、それでも友達だったのには変わらない。大貴は大貴なりに頑張っていたはずだ。そうじゃなかったらあんな怖い夢を見ない。
「騒いだりしません!」
 気が付いたら、ぼくは教室の扉を開けていた。
「大貴は勉強を頑張っています! 本当に、本当です!」
 教室には先生と、静かに泣いている大貴と、クラの劇場で見た鬼の顔にそっくりな大貴のお父さんがいた。
「和人君。まだ順番じゃ――……」
「大貴は俺と遊ばないくらいずっと勉強してます。きっと、教室が火事になっても、頑張って勉強を――……! だから、怒らないでください!」
 心臓がバクバクと五月蠅い。だというのに、思った以上に声が出た。
 それのせいで隣の教室で面談をしていた別クラスの先生とその親子、そして陸君のお母さんが何事かと覗いてくる。
「この学校は勉強方針がなってない。子供も入ってくるし、一体何なんだ? アンタも担任は初めてなんだろう? こんなに若い先生なんて、普通はベテランがつくものでしょう?」
 ぼくを見向きもせず、大貴のお父さんが先生に言う。
「私はトモヤ君の担任もしましたよ。大貴君のお父さん。兄弟での比較は良くないと先生たちと話し合って決めていることです。テストの成績は今まで良くなかったかもしれませんが、誰とでも仲良く出来る柔軟さを持っています。責任感もあって、真面目です。それは大貴君にしかない強みで、個性です。だから、こうして友達が彼を庇ってくれるんです」
 先生の凛とした態度に、ぼくは驚いていた。全然見てくれないわけじゃなかった。
 そうしているうちに、ぼくは他の先生によって生徒相談室に連れられた。
 ぼくは乱入したことを怒られるかと思ったけれど、先生は盗み聞きについてだけを注意した。
 陸君も自分の三者面談を終わらせてからやって来て、ぼくの隣に座ると「驚いて録音を消しちゃったみたい」と言った。
 陸君のことだから、そんなミスはしない。だけど、ぼくはそのことを言わなかった。
「友達思いですね」
 と、生活指導の先生から内緒のお菓子を貰った。
 
 ぼくらが帰ろうとした時、廊下で大貴に会った。大貴はぼくらを見るとバツが悪そうに俯いた。
「ありがとう。今までゴメン」
「本当だよ」
 と、ぼくは言う。
「また遊んでくれたら許す」
「そーだ、そーだ!」
 ぼくの冗談が分かったのか、陸君も囃し立てた。
 それを聞いた、大貴はくしゃりと笑った。
 

夢のおわり!


 早くマリとシャロに報告したかったけれど、その日の晩ごはんはハンバーグだったからそうもいかない。しかも、チーズ入りだったので、味わって食べたいしおかわりもしたい。
「先生から聞いたわよ。三者面談と大貴君のこと」
 前言撤回。
 早く食べて、早く寝ればよかった。
 イヤな気分になって俯いて、一刻も早く食べ終わらなくちゃと手を動かす。
「大貴君のママから連絡があったの、家族でいっぱい話をして塾はとうぶん休みにするって。だから、また遊んであげてねって」
「よかった」
 ついホッとして顔を上げると、深刻そうなお母さんと目が合った。
「ねえ、和人。何かあったらお母さんに話をしてほしいな」
 てっきり怒られるのかと思って身構えたけれど、お母さんは寂しそうにそう言っただけだ。
「家でのことならおじいちゃんやおばあちゃん達からも聞けるけど、学校のことは何も分からないの。おじいちゃんも心配で部屋を何回も覗いてくれたし、おばあちゃんも「ゆっくり眠れるように」って何度も布団を干してくれたりしたんだよ」
 ぼくは、じいちゃんとばあちゃんを見た。
「前に和人が相談をしてくれた時、ばあちゃんは忙しくてつい冷たく言っちゃったのよ。だから、和人がね、もう相談してくれないんじゃないかって思ったの。じいちゃんもよ」
 ばあちゃんはお茶碗を置いて言った。じいちゃんを見ると、じいちゃんも頷いている。
「……それなら、分かった。黙っててゴメン」
「じいちゃん達もだよ。ごめんな」
 そう言われて、ぼくはなんだか安心してちょっぴり泣いた。

 ボクはいつも通りの時間に寝た。
 大貴や陸君のことを最初から話をしていたからこんなに遅くなったのだ。お母さんもばあちゃんもじいちゃんも、今度はぼくの話を止めず最後まで聞いてくれた。
「男になったな」と、じいちゃんは言い。
「大変だったね」と、ばあちゃんは言った。
 おかあさんは涙ぐんで頷きながらぼくの話を聞いていた。
 だから、マリとシャロに夢の世界で「お別れだ」と言われた時、ぼくは驚いて何も言えなくなってしまった。
「だって、もう明日が来なければいいのにって思わなくなっちゃったでしょう?」
 たしかに学校はまた楽しい所に戻った。
「ジャンも、クラもあの夢から出て行くそうだ。君と同じように事件が解決されてしまったからね」
「もう会えないの?」
「そうだね。君の人生を最悪に変える事件が起きない限りは」
「それは――……」
 会いたいけれど、そんなことが起きるとなると、素直に喜べなさそうだ。
「じゃあ、行きましょう。シャロ。私の可愛い夢主が待っているわ。次はこうはいかないわよ」
「お手柔らかに頼むよ。マリ。人は真実よりも現実逃避を好むからね」
 そんなことを言っている間にも、二人の体は段々と薄れていく。
「マリ! シャロ! 今まで本当にありがとう! ジャンやクラにもよろしく!」
 ぼくがそう言うと、二人は困ったように笑った。
「本当に今回の夢主ニンゲンは珍しい」

 目覚まし時計が鳴るより早く、ぼくは目が覚めた。
 ぼくは着替えを済ませ、リビングへ行く。
「おはよう」
 お母さんがびっくりしながら言う。
「どうしたんだ、和人。今日は学校休みだろ?」
 新聞を折り畳んでじいちゃんが言うので、僕はカレンダーを見た。今日は土曜日だ。
「そんなに学校楽しみだったの?」
 ばあちゃんに聞かれ、ぼくは席に着きながら言う。
「当たり前じゃん」

END

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