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小さな庭の小さなおはなし

さあ辰年が始まった。

新しい年の始まりを告げる鶏の鳴き声が、凍えた空気に響き渡っている。

その鳴き声は、ここから少し離れた所の鶏舎から届いてくる。

鶏とやぎを飼うことに長い間憧れていた私にも、去年の秋にあろうことかな、鶏が突然現れた!それも今流行?のアローカナ種のメスが二羽。

やって来た二羽は白い羽に包まれ、首と胸の当たりが薄い茶色で覆われている。産む卵は薄めの水色。

そもそも、飼うことへの憧れだけの時間が長かったせいか、いざ現実になろうとするとピン!とこず、うん?!と思ってしまった。

なぜなら、父ちゃんがいつもだめだしをしていたから。

父ちゃんの子供のころは家に犬がいて、動物に抵抗がないはずなのに、鶏もやぎも父ちゃんの許可は下りなかった。

家には動物愛護センターから引き継いだ、猫のモモがいる。モモのことも許可はおりずにいたが、猫を飼うことに私は一直線に突き進んだ。このことがあってから、控えめに、それとなく、卵~、やぎ~、と言ってはみたものの、それで終わっていた。

モモが来て12年が過ぎた今、憧れにはモヤが掛かっていて、いきなり鶏を飼わない?と声をかけられても、唐突すぎて即答することが出来なかった。

ここにきて鶏…??

忘れていたはずの想いが、しばらくするとムクムクとよみがえってくる。

父ちゃんに聞かないとーー。

聞くまでもなく、私は答えを知っている。知っていても、すでに私の頭の中には鶏が巣を作っていた。

では降ってきた鶏はどう捕まえよう?!

作戦1、父ちゃんの機嫌の良い時に話す

作戦2、遠慮して一羽のみとする

鳥インフルの影響から卵が減少していた。それに物価の上昇で卵の値段も日増しに高くなっていった。そんなことが少しは味方をしたのか、一羽でいいからと控えめに言ってみたのが功を奏したのか、父ちゃんの気持ちがマイナス?からプラス?に渋々変わっていった。

じゃあ一羽で決まり!と父ちゃんに念を押すと、なんと父ちゃんから驚きの返答があった。

「二羽にしなさい。一羽は寂しがるから。」(私の頭の中の巣に、突然卵が産まれた。)

去年の夏はとても暑かった。父ちゃんは普段から体力がない。ここ数年の間に、二度も熱中症になっている。

暑さの中で鶏小屋を作るのは危険すぎる。父ちゃんは夏が終わるのを焦らずに待っていた。その間、二羽用の小屋の図面をひき、さらに必要な廃材を集めていた。父ちゃんは大工さんではなかったが、手先が器用でトンカチも得意だった。

小屋の場所は広くはないが、草が一面に生えている。小屋を作ってもらうからには、先ずは草を刈りとらなければと、がぜん張り切る私。カマできれいに刈り取ったあと、デコボコの地面をクワで平らにしていく。父ちゃんが小屋を建てやすいようにしておこう!

暑い!水!水!

やがて季節は秋の入り口となったが、それでも暑さは変わらず続いていた。やって来る鶏は少しずつ大きくなっていく。

すっかり秋になっても、暑さは収まってはいない。刈り取った地面には、再び草が生えている。父ちゃんが待っているのだから、私も待っている。生えた草の上に、楽しみが待っている。そんな時間が暑さと共に過ぎていった。

「そろそろ作らないとなーー」父ちゃんの口が開いた。

それからわずかな涼しい時間に、少しずつ作業が始まった。

父ちゃんは一日30分が限界だからと宣言し、作業しては顔を赤らめて家に避難していた。

低速でしか小屋を作れない父ちゃんの体力だけど、それなりに進んで行った。

そして10月の中頃、待ちに待った可愛い鶏舎が建った!

周りには黒色の畔板が置いてある。イタチや狐が土を掘って、小屋の中に侵入するのを防ぐために抜かりはなかった。他にも竹を割って、エサ入れと水入れも作ってくれていた。

さすが父ちゃん!喜んでいる私に父ちゃんが言った。

「できたよ。これが私からの最後のプレゼント。」

父ちゃんの言葉が胸に刺さる。

もともと体系がスリムで顔立ちもすんなりとしていたが、日焼けした父ちゃんの顔からは、ほほがこけていた。

(ー涙がこぼれそうになる。言葉にならない。)

その日の夜、私はなかなか寝られなかった。父ちゃんの言葉をかみしめ、その優しさに切なくなった。それから、ごめんねと、ありがとうを何度も繰り返した。

次の日、お待たせしていた鶏がやって来た。

父ちゃんの建てた小屋と二羽

小柄なつばきちゃんと、つばきちゃんより少しだけ大きめのおっきいちゃん。待っている間に楽しみながら付けた名前だけれど、すぐに変更になった。二羽の動きが速い時に、一羽一羽の名前を呼んでいられず、二羽まとめて「コッコちゃん」と言っていた。

一羽が右に行くともう一羽も右に、左に行くと同じく左についていく。一羽が走り出すと慌てて走って追いかけていく。小屋に入るのも出るのも一緒。夕方になると小屋に入り、止まり木に並んでとまっている。同じ方向に向き、ぴったりと羽を寄せ合っている姿はとても微笑ましく、仲良しさんだった。

初めて招いた鶏の「コッコちゃん」も私も、お互いに興味深々でいる。そしてもう一匹、興味を示しているのがモモ。少し離れた所からじっと鶏の様子を見ている。本当はイタチより狐より、モモが一番要注意なのかもしれない。そんなことを思いながら、鶏に不慣れな私と、私たちに戸惑うコッコちゃんのバタバタとしたその日は過ぎていった。

さあ!新しい家族を迎えての一日目が明ける。

ここには早朝の時を告げる鶏はいないけれど、コッコッとつぶやくような小さな鳴き声から朝が始まっていく。

早起きが得意なモモは、一番に朝食を済ませてこちらを見ている。モモは戸を開けてほしいと目で訴えている。私はハイハイと答えながら一緒に戸口まで行き、モモが通れるほどの幅で戸を開けると、いつものように最初は頭だけ出して外の様子を確認している。それから低めの姿勢で敷居をゆっくりと乗り越えたあと、朝の近辺警護に足早に出かけていった。その後ろ姿に、遠くに行かないでねと声を掛けるのが、以前から私の日課になっている。

モモを見送ると、昨日コッコちゃんと一緒についてきた鶏のご飯を手に、いそいそと小屋に出向いた。

コッコちゃん!おはよう!

コッコッココココーー、二羽は丸い目を見開いて、こちらをしっかり見ている。

さてさて、今日からどんな毎日となるのか。ワクワクとした気持ちが、頭の中の卵を温め出していた。

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