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モヤモヤが晴れた話

一般社団法人TICC主催
「スピリチュアルケアとメンタルヘルスケアの連携-揺れ動く社会の中で-」

先日こちらに参加しました。

島薗先生は母校大正大学客員教授。

母校と言えば
私は臨床宗教師という扉が開けなかった記憶。
(口頭試問のみの試験で僧侶である面接官2名担当。開口一番、1人の方から「なぜあなたはここに来たのか。もう既にやっているじゃないか」→私は当時確かに死生観カフェや僧侶としていろいろなイベントを主催していたが、スピリチュアルケアを体系的に学びたかったのだ)

先日、私が尊敬する僧侶、高橋卓志先生に
臨床宗教師受験について報告もしました。

「それはあなたがきっと学ばれたらまずいんだろう。
そもそも臨床宗教師とはそういうものだ」と言葉をいただいた。

さらに
「大学でここに来る必要がないと面接官(僧侶)から言われたのだからから
ある意味あなたはスピリチュアルケアに担っていいのだ」とも。

そもそも資格があるからなに?
ないからなに?

そんなモヤモヤしたものが内在し始めたときに、米国でチャプレンとして勉強され、帰国されてチャプレンを広げようとされている日本人牧師さんとお話をする機会をいただきました。

その方が言っていたのは
日本にある臨床宗教師、スピリチュアルケア師で教えている方は、臨床のことを知らない。現場を知らない。

そうか!なぜ日本版チャプレンが広がっていかない理由がはっきりした。

今回イベントで島薗先生の場面では
ハーバード大学に無宗教のチャプレンがいると何度も連呼されていた。
これはなにを示しているのか。

つまり宗教家のみならず
スピリチュアリティ―を扱う職種に宗教家が条件ではないという証明ではないか。
いいじゃん!

どう定義したらいいか難しいと言っていたが
難しい?
私はそう思わない。
だって誰だって霊性的な部分を持っている。
つまり特別ではないのだ。

あと時代変化の話題として
キリスト教徒がヨガしてる。
え?これって常識ではないのか。
西洋人が仏教に関心持ってる。
え?これって特別なのか。

これも別に自然の流れだろう。

人間はいろいろな部分を兼ね備えている。
それでいいじゃないか?!

島薗先生が紹介されていた
コミュニティソーシャルワーカーの存在。
ある意味スピリチュアルケアを訪問看護師が担っているケースも出てきているとのこと。
豊島区にはコミュニティソーシャルワーカーを雇用しているところがあり
そこは宗教家も関わっているのだとも。

なかなか興味深い。
今後調べてみたいと思いました。

コミュニティソーシャルワーカーとして
スピリチュアルケアをする僧侶はいかがでしょうか。
なかなか個人的には良い、いま感じている。



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