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フリーランスになって気づいた「インハウス」との差分 【 #インハウスエディターアドベント2021】

どうもどうも、こんにちは。「たびちん」こと若旅多喜恵です。すっかり冬じゃありませんか。そりゃアドベントカレンダーも書くわ。年の瀬も近いわ。

これは #インハウスエディターアドベント2021 の12日目の記事です。他の方の記事もすんばらしいので是非読んでください。


みなさんは今年、どんな年を過ごしましたか。

私は、多くの方から応援いただきつつ、ご迷惑もおかけしつつ、北海道の地でフリーランスのエディターやディレクターやライターやその他いろいろという役割を担わせてもらっています。

ぬるっとフリーランスになって早4ヶ月。長かったような、短かったような。

以前はがっつり社内のインハウスエディターとして働いていた私。フリーになって、別に悪い意味でもないですが、「インハウス」であることとの差分をビシビシと感じています。その違いがとっても面白いのです。

前職の在籍時代から、「インハウス」、「エディター」、そして「インハウスエディター」ってやつはなんだろうと模索し続けてきました。

フリーランスになって、「インハウス」部分の輪郭がちょっとだけ見えてきた気がするので、今回ある程度エディター・ライター視点でその体験をシェアしてみます。とはいえ、見当違いだったらすみません。みなさまの体験も、ぜひ教えてください。

ちなみに働き方として、リモート前提なので、実際の社屋に出向いて働くパターンだとよりマイルドな差分になりそうだなと思います。

これからお伝えする話は、「アクセスしやすい情報開示がなければ」という前提ではあることをご理解ください。

例外の例として、フリーランスでインハウス的な関わり方をしている方もいます。

今回のアドベントカレンダーで、マチコマキさんがフリーランスのインハウスエディターについて書いていますのでぜひ参考にしてみてください。

私が今回つらつら書いてあることへの具体的な対処法や実例が出ているので、よっぽど有益です。爪の垢を煎じて飲みたいという昔ながらのフレーズがぴったり来ます。

私の場合、ゆめみさんが似た例でしょうか。私自身はフリーランスとして関わる部外者ではあるのですが、いろいろな情報をオープンにしていただいているので大変助かってます。

情報にアクセスできる量は、関与できる幅と、責任の範囲拡大と、情緒的な安心感に直結している、というのが実感としてあります。

ゆめみさんでも他の企業でも、関わってる皆さまは大変に人格者で明るく朗らか。もちろん何も教えてもらえないわけじゃないですよ。今回はまっさらなところから参画した経験も踏まえて、社員時代とのギャップを感じた話と捉えていただけたら。

では、一体それって具体的になんやねん、というところを見ていきましょう。

インハウスじゃない方エディターが向き合う差分

日程調整・契約関係・予算策定は基本、インハウスの領分

いきなり固いとこからですみません。今、あるオウンドメディアのリニューアルプロジェクトを率いる立場をやらせてもらっているのですが、結論として、「一人では何もできない」ということがわかりつつあります。セリフが月並み〜!月並みすぎるんですが、ありがたくも全部お任せするよと言われて十分な環境を用意いただいても、インハウスじゃなきゃ無理な領域がちょこちょこあるんです。

たとえば外部からの参画ともなると、まずはまっさらのSlackワークスペースにコネクトされた私専用の空間だけが出現します。その状態から、時を経て情報を得ていくんですね。

これは悪いことじゃあないんですよ。もちろんセキュリティ上も何も間違っていない。特に不満もありません。

ただここで言えることがひとつあります。

インハウスじゃないということは、このまっさらSlackなスタート地点と、かつてインハウスだったころ得られていた情報とのグラデーションのなかで何かしらの参画をするということです。

たとえば、社員インタビューを実施しようと思ったら、情報開示のレベルによっては、インタビュー実施の日程調整はGoogleカレンダーが直接見られる社員の方にお任せしなきゃいけない(Slackなどでやりとりする方法もなくはないですが、実際煩雑なので……)。これは盲点でした。

こういったことが起きる他の領域としては、契約関係。どこかにお願いするぞ、となったときは、当然社員の方の社内手続きの知見が必要です。角印は私では押せません。そらそうや。

さらには、まあフリーランスとしては言及する必要がないとこだと思いますが、年間予算などどのように社内のリソースを使うかは、社員や役員の方に検討していただくこととなります。

そうなると、どの領域が重点的な施策で、どれぐらい会社のリソースを使っており、だから自分がこれをやっている重要度はこれぐらいだ、という理解が、実質的に難しい立ち位置だなと思います。

そういったことに関与しなくていいというのは、フリーランスの良さでもあり、悪さでもある。ある種のボーダーラインなんじゃないでしょうか。

頭で考えたらわかることではあるのですが、実感としてわかるのは正直面白いです。引き続き、違いってなんだろうな、というところは観察していきたいですね。

社史の理解はインターネットでは不十分

会社という織物を理解するには縦と横が必要だと、うっすら思っています。こちらは縦。社史です。

縦の糸はあなた、じゃなくてすみません(???)。他に例えられそうなものが見つからず、名曲からアイディアを拝借しています。まだ映画は観ていません。ご結婚おめでとうございます。

閑話休題。

会社の歴史はインターネットがあるので探し放題……と、思うじゃないですか。インターネット上の知識だと、意外とコンテンツを作るには足りないんですよ。特に、こういった変遷でこういったプロダクトや業務スタイルや組織になっているという理由って、よっぽどユニークな取り組みでもない限り、会社の生き字引的な方に聞かないとわからなかったりします。

私はどこの会社に行ってもここらへんの情報が気になったりするのですが、まず調べるにしても「入り口がわからん」となりがち。

あるときはGoogle DriveやSlackの履歴、会社代表のFacebookの過去投稿だったりとさまざまな形で残されているかとは思うのですが、それは外部から関わる人間にはなかなか見えづらいもの。歴史の鉱脈にたどり着くまでに、多少時間がかかるなという実感です。

インタビュー企画の実施なんかでも、ライティング/編集双方で、企業というもの、そして対象者の位置づけなど、スタート時の理解度が抜群に違うなと感じています。

もしかして、採用の面談に参加した方がむしろわかりやすいんじゃないか?ぐらいに思ったりするので、外部からの参画したメンバーは、「縦の糸補完計画」として、採用系の説明会とかに一回参加してもいいんじゃないかなと思っています。

メンバー把握はインハウス相談役へ

会社理解のための織物を形成する横の糸、それが今在籍するメンバーです。リモートかつフリーだと特にここが弱くなる気がしています。何しろ、顔を見ることが本当に少ない。きっかけがない。300名以上社員がいる企業になると、ほぼ広告とカテゴリのレコメンドだらけのTwitterみたいになります。あなたはどなた……?

そこに、面識なくフリーランスで入ってきた人が、アホみたいに空気読まずに「オンラインランチ会しましょうよぉ〜!イエーイ!」みたいなこと言って、何人集まると思います?良くて二人です。その二人は絶対に優しい。出世してほしい。

今私が関わっている企業の、社員のみなさまの名前と顔が一致するかどうかで言えば正直厳しい。たとえば運良く全社会に参加させてもらえたとしても、Zoomはカメラオフにしていいわけですから、そもそも見えないわけです。業務都合で参加してない人もいます。

そうすると「インフラの佐藤さん……?」「鈴木さんが複数……???」など、そもそも誰だかわからないという、戸惑いが発生します。

フリーランスで記事を書く・編集する側が若干混乱しますし、回避するためには窓口となる社員の方がいないと成立しません(古めかしい言い方かもしれませんが、相談役と言っておきます)。そして、その相談役の説明コストが思ったよりも大きくなるというデメリットが爆誕するわけです。

今後はリモートが進めば進むほど、カオナビのような顔と名前を一致させるツール、そして何気ないおしゃべり会のような社内交流を促進させる施策がないと、コンテンツが生み出しづらくなってしまう……という悪循環が、真っ暗な口を開けてこちらにじわじわ向かってきてる感じがします。

そうなると、たとえば採用目的の記事を作っているならば、どんな素敵な企業だったとしても求職者にアピールできなくなってしまう。新卒層の人口も少子高齢化の煽りを受け、モリモリ減ってるなかでこれは厳しい。

ということで、外部でエディターやライターが参画するとなると、もう一人社員でもインハウスの相談役がいないと、現在の社内の様子が分かりません。そもそも、記事企画段階でどんな人かを熟知している人がいないと、企画自体も要領を得ないものとなってしまう。

このどんな人だかわからないという情報のギャップに、若干の戸惑いがありました。私の場合は本当に相談役の方にかなりお世話になって何とかなっています。いつも本当にありがとうございます。

最初から関係性がすでにあるか、インハウス相談役をはじめから置いていただくか、会社を泳ぐなかでキーパーソンを見いだせるぐらいのバイタリティがないと、仕事自体が成立しないんだなーということを実感しつつあります。これもまた、面白い発見でした。

所属は、主語が混ざり合う

最近は雇用関係ってなんなんだろうな〜と考えています。とはいえ、正社員が悪とか、フリーランスはよくないとか、そういう善悪を言いたいわけではないですよ。

今関わらせてもらっている企業は、うっかりすると正社員で入らせてもらいたいぐらいの素晴らしい企業ばかりです。とはいえ、どうやらフリーランスの立場だと、前まで悩んでいたことに対して、脳内のメモリを使わずに済んでいる……ということに、最近気がつきました。これは不思議。組織を好きな気持ちはあんまり変わらないのに、です。

社内に入ってしまうと、私はめちゃくちゃ遠慮しちゃうか、気にしなくてよいところを無駄に気にするタイプでした。それが今ではわりとさっぱりと言いたいことを言えるようになり、くよくよと悩むことが減りました。社内にいるときから言いたいこと言えばいいのにね。上手くいかないのが人間ということなのかもしれません。

とはいえ雇用関係が結ばれている空間は、安心です。同じフィールドで、同じぐらいの時間を使いながら、同じ歴史を共有して一緒に成長しよう!と互いに言える、素敵で切磋琢磨できる場所になると思っています。一方で、人格者だらけの企業だとしても、長期的な人間関係の維持が前提のため、繊細なやりとりが展開されることも少なくありません。

企業というものは一つの船ではあるものの、微妙にスタンスの違う視点が集まり、舵が切られています。

「嫌われてもいいから正しいことを言う!」「多少間違ってても速いほうを選択する!」「全体の成長に寄与する!」「自分の成長につなげる!」「お金を稼ぐぞ!」「社会的に尊敬される企業に!」みたいに、みんな正解ではあるんですが、ちょっとずつ理想が競合していきます。

そのなかで、自分がやりたいことの主語をどこにしているか。自分がどこに向かっているのか。会社組織に所属して働いていたとき、ここをあまり明確に捉えられてはいなかったんだな……と、フリーランスになって初めて思いました。くよくよしていたのも、課題や主語の分離ができてなかったからだろうなと思いました。

この点、愛のあるインハウスエディターならばなおさら、会社という架空の人「法人さん」との適切な距離感を掴みづらいんじゃないかと思います。自分の問題と会社の問題を混同しすぎたり、社内の問題にやきもきしたり、会社の方針とコンテンツの方向性に頭を悩ませたり、世の炎上に震え上がったり……。それはもう、針の穴に糸を通すようなプルプルした手で記事を連発しているわけです。

誰のために編集をして、誰に利するものを作り、誰の記憶に残りたいのか。

ここら辺は、インハウスエディターでも外部から関わるときにも、ちょこちょこ自分の中で整理すべきなんでしょうね。

最後に

インハウスエディターは、インハウスであればあるほど(?)、悩むポイントが多い職業です。こればっかりは仕方ありません。

今回フリーランスになったことで、それだけできることも多いんだということがわかり、ちょっとだけ昔の自分と対話できたような気持ちになりました。

私は、まだまだフリーランスでしばらく仕事を続けていきそうです。矛盾した気持ちかもしれませんが、インハウスエディターというものは、やはり素敵な職業だなと思っています。会社内部の当事者として、そして冷静な社会との架け橋として、熱くコンテンツを生み出し続ける人々のバイタリティたるや。

他のインハウスエディターの方々とも、インハウス相談役っぽい動きをしている方々とも、元インハウスエディターとして、お話できたら嬉しいなと思っています。

つらつらと書きましたが、今日はこの辺で。

それではまたお会いしましょう!たびちんでした。

サポートされたら、おいしいお菓子を買ってさらにしあわせになっちゃうな〜