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青い炎【小説】第四話

 朝の登校中。かつきは違和感を覚えていた。いつも親し気に話しかけてくる惣菜屋のおばちゃんのよそよそしさや、逆に普段なにも会話しない漁師からの「おはよう」まですべてに勘繰りをしてしまい、うつろなまま学校についた。校門を入ると、小学生が遊んでいる。入口の時計を見る。午前八時前。予鈴がなる。まだ中学生クラスの登校する時間ではなかった。ボーっとしているうちに時間を見間違えていたのだ。
「鬼」
 かつきは驚いて振り返った。顔のつくりの似たふたりの少女。広夢の妹だった。
「な、なにか?」
「お母さんとお父さんが言ってたの」
「言ってた言ってた」
「始まったって」
「言ってた言ってた」
「……なにが、はじまったの?」
「「鬼ごっこ」」
 かつきは動揺が思い切り顔に出た。探るような目をしていたふたりが、こそこそ小声で話している。
「鬼だよね」
「鬼だった」
「見たね」
「見た」
 すると、慌てて教師がやってきた。
「サヤにヤエ、遅刻だぞー!」
 きゃーきゃー言いながらふたりは教師から逃げ、校内へ入って行った。
「……っと」
 教師がかつきになにか言わんとしたとき、またチャイムがなり、男は逃げるように校舎にむかった。
「なんだ? かつき。泳がないのか?」
 一限目。まる一日寝ていないかつきは、体育のプールの時間、日陰で休んでいた。
「もしかして、あの日か?」
 かつきが本気で怒ろうと手をあげると、笑いながら広夢は逃げて行った。すこしだけこころが和らいだかつきだったが、容赦ない日差しを受けると、からだのだるさが出て、昨日のことは夢ではないことを告げていた。
「かつき、大丈夫?」
 あや子が声をかける。
「あや子、いーんだ。かつきは」
 ゴリ松のその言葉に、確信をつかれ、かつきは愕然とする。
――大人たちは、知っている?
 かつきは次の授業から、もう校舎にはいなかった。
 疑心暗鬼になったかつきは、ヨシや使用人のいる家には行きたくなくて、しかし、学校で広夢の笑顔に応える元気もなくて、ただ人気のないところをさまよった。
放課後。登下校や仕事終わりでひとの大来が多くなる時間帯。かつきは立ち入り禁止の基地建設予定地近くにある、灯台のしたで三角座りに顔をうずめて、ただ、いなくなりたくて息を殺していた。
「やっぱここかー」
 聞き覚えのある、なじみの声。かつきは顔をあげた。見慣れた笑顔に安堵し、一気に泣きじゃくった。広夢は嗚咽の止まらないかつきの背中をさすって、ただ、泣きやむのを待った。
「かつきが泣くときは、いつもここだからなー」
 広夢は知っているのだろうか? 自分の中に流れるどす黒い血を感じながら、そんなことはどうでもいいとかつきは気づいて、いつの間にか涙は止まっていた。
「なあ、かつき。いいとこ連れてってやるよ」
 広夢の言葉にかつきは顔をあげる。そして広夢の足元に大きなバケツがあることに、今さら気づいた。そのとき、ひとの声がした。おびえてかつきは縮こまる。
「心配いらないよ」
「あ、かつき!」
「今日もきたか、ぼうず」
 灯台守をしている管理人と、あや子がそこにいた。
 あや子は、かつきの顔をのぞきこんだ。
「元気なかったから心配で」
「ごめん森さん。かつきもはいっていい?」
「お前らが勝手に入ったんだからな」
「はいはい。ありがとー」
 三人は立ち入り禁止区域の入り口にいる。基地建設反対派の島民と工事の関係者に見つからないように、けもの道を歩いた。立ち入り禁止区域の奥。普段近寄らない御嶽のある海辺へ出た。資材は運ばれているが、まだ手はつけられていない。
「お参りはしないの?」
「御嶽で祈るのは、女性だけ」
 それを聞いて、あや子は手を合わせた。かつきは背中をとがらせて見ないふりをしている。
 広夢とあや子は示し合わせたように靴を脱いで足先まで海へはいったので、かつきも合わせてそうする。
「驚くぜ」
 そう言って広夢はぴぃーっと指笛をならした。すると渚に黒い影が近づいてくる。
「――イルカ!」
「へっへー驚いたか? オキゴンドウだ」
「かっわいいー! ね。かつき」
 あや子が幼い少女のような顔で笑った。かつきの胸のおくが苦しくなる。広夢はバケツから魚を出して、投げて与えてやる。島で暮らして十五年になるが、かつきでもさすがに野生のイルカをこんな間近で見たことはなかった。
「一週間前、泳いでたら、たまたま出くわしたんだ。ほら、ここ見ろよ」
 むなびれの付け根が赤く変色している。
「どっかでケガして、群れからはぐれたんだろうな。最初は警戒してたけど、エサをやったらよっぽど腹減ってたのか、すぐにこころを許してくれたんだ」
「誰とでも打ち解けられるもんね、広夢は」
「……それって嫌味?」
 何気ないひと言で、かつきは広夢ににらまれた。その言葉に悪意がないとわかって、広夢は白い歯をみせた。
「ありがと」
「ねえ、名前は?」
 バケツから魚を投げてやったあや子が聞いた。広夢はハトが豆鉄砲をくらったような顔をした。
「名前なんてないよ。イルカはイルカじゃん」
「海の男らしいね」
「あ、それは嫌味だな」
「ほーらゴンドウさん。お食べ」
 妙な間があって、かつきと広夢は顔を見合わせた。それから張りつめた線が切れたかのように声をあげて笑った。
「いー! そのネーミングセンス!」
「あや子、おもしろいね」
「いいでしょ? マヌケそうで。でも――」
 あや子がため息まじりに言う。
「こんなきれいな海、はじめて見た」
 それを言われて、自分たちの人生が肯定された気がして、かつきと広夢は、すこし、誇らしかった。

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