見出し画像

青い炎【小説】第五話

 三人は、夕日が落ちるまで話しこんだ。
「渋谷は怖いところだって教えられてたの」
あや子の東京の話は、ふたりには夢のような世界で、都会の暮らしぶりは想像に堪えなかった。
「海には海の呼吸があるんだ」
一方で広夢のする海の話は、広夢の話しぶりもあるが、あや子にはおもしろくて、笑いが止まらなかった。そんな中、かつきは迷っていた。昨日のことを話すかどうかを。すると、広夢のほうから切り出した。
「かつき。悩みはためこむとよくないぜ」
 その言葉に、かつきはポツリ、ポツリと話しはじめた。あや子は驚いていた。それもそうだ、とかつきは思った。あや子は都会で暮らしていて、毎日真新しいものばかりで、古いしきたりや風習がこの島に色濃く残っているとは、考えもしなかっただろう。一方広夢は、おとなしく話を聞いている。それがかつきにはひっかかった。
「広夢は、驚かないんだね」
「知ってたもん」
 開いた口がふさがらないかつきに、広夢がうそぶく。
「ちっさいころ、台風の中、なかなか帰ってこない父ちゃんを探しに行って、どろだらけになっちまったことがあってな」
 ふたりは無言で話のつづきをうながした。
「そんとき、道に迷って泣いてたおれを達鬼さんが見つけて、風呂にいれてくれたことがあったんだ。達鬼さんはサラシを巻いてたけど、あれは鬼の刺青だった」
 絶句するかつきに、あや子は肩をよせた。寂しい火を灯した目で広夢はつづける。
「次の日、父ちゃんにこの島のこと、そして西東家がどんな一族か話してくれたよ。ちいさいながらに、理解したつもりだった。かつきから話があるはずだから、その時まで待てって。それまでかつきを支えてやれって」
「そう、なんだ」
「勘違いしないでほしいのは、おれがかつきのそばにいるのは同情からじゃないんだぜ? 昔は結婚してでもかつきを守ってやろうなんて思ってた。でも、それはかつきが望んでいないことで、だんだん冷静になってきたおれは、それで、異性としてかつきを見れなくなったんだ。それからかつきがなにで泣いたり笑ったりするのかを考えるうちに、かつきの中で正義を見て、本気でひとりの人間として好きになったんだ」
 これでもか、というくらいに褒めちぎられた気がして、かつきは顔から火が出そうだった。広夢も青臭いことを言っている気がして、照れくさそうに笑った。
「――そう言えば、広夢が最初に気づいたんだよね。おれのこころの問題に」
「問題じゃないでしょ。それがかつきのこころなんだから」
 かつきの悩みの種を、恥ずかしげもなく、広夢はスパッとはねてみせた。ああ、いいなあ。あや子は思い、すこし寂しかった。
 さざ波が音をたてる。三人は星をながめた。すると、今度はあや子が切り出した。
「――実は、近いうちに、ちょうどかつきのことが決まるときくらいなんだけど」
「?」
「お父さんがここの拝所、壊すって言ってた」
 かつきと広夢は息をのんだ。沖縄ではよくある、しかし終わることのないそれは、切って落とされた闘いの火ぶたであることをわかっていたから。
「待てよ! まだ裁判の途中だろ!」
「明日、許可が下りるって」
「おい!」
「聞いてないよ!」
 声をひときわ大きく張りあげたのは、かつきだった。
「だれかいるのか!」
 森ではない、大人の声。
「やべっ! とりあえず、明日!」
 そう言って駆けだした広夢に気をとられた警備員の目をかいくぐって、かつきはあや子の手をとって走り出した。忘れられたバケツには汚いひらがなでひろむ、と書いてあった。
 
 息を切らして森を走り、かつきとあや子のふたりはようやく街に出る。
「かつき、痛いよ」
手を引っぱったまま走っていたので、あや子はちいさい声で言った。あ。かつきは手を離して、この胸の高鳴りは走っていたからだと自分に言い聞かせた。
「――お父さんから、聞いてなかったの?」
 そうだ。かつきは再び不機嫌を眉間によせて、あや子の腕をつかんだ。
「どういうこと?」
「痛いって。落ち着いて、かつき」
 手を離して、克鬼は深呼吸した。
「いきなりじゃん、どうして? 反対派の署名はちゃんと集めて出したはずだ。御嶽は祈りの場所のはず。役所も手をつけられないはず。それに――。一方的すぎる」
 そして、自分の言葉でかつきは気づく。考えられるのは、自分の父親が利権に関わっている、それだけだ。
「このことを知っているのは?」
「わたしのお父さんとかつきと広夢だけ」
 かつきはきびすを返して、家に駆けた。まだ外灯がついている。スニーカーを玄関で乱雑に脱いで、ヨシの部屋をあける。
「おばあさま!」
「帰ってきましたね。まあ、座りなさい」
 すべてを知っているような声色で、暗い顔のままヨシは話し出した。
「あなたの想像している「最悪の道筋」の通りです」
「お父さんが、この島を――おれ、いや、わたしたちを、裏切ったの?」
 ヨシは答えない。しかし、ときに空気はそれ以上のものをもたらす。かつきは愕然とする。ヨシの傍らに、崩れ落ちた。昨日という日からなにもかもが変わってしまった気がして、しばらく立ち上がれなかった。携帯が鳴る。広夢だ。
「もしもし! 広夢!」
「かつき、大丈夫だったか?」
「どうしよう!」
「落ち着け。いいか、おとなたちにはなにも言うな。お前はとにかくこれからに備えて寝ろ。こうなると、<鬼>のお前はいつ寝られるかわからなくなるぞ」
 一番信頼している友人から<鬼>と呼ばれ、ただ、ただ悲しかった。その感情はかつきの頭から流れ落ち、崩れた膝から畳へ染み渡っていく。携帯から耳を離し、かつきは床の間を見た。昨日までなにもなかった棚の上に、あの鬼の絵が飾ってあった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

書籍ではぼくの本職でもある小説家としての一面が見れます。沖縄県内書店では沖縄県産本コーナーにて。内地のかたは全国の本屋さんで取り寄せが可能で、ネットでもお買い上げいただけます。【湧上アシャ】で検索してください。

*処女作「風の棲む丘」はおかげさまで新品がなくなりました。ただいまKindle版作成に向けて準備中です。しばしお待ちください。

ついでに、アートから地域の情報まであつかう、フティーマ団いすのき支部のゆかいなラジオ、『GINON LAB』こちらもよろしく。

FMぎのわん79.7 『GINON LAB』毎週土曜日16時半~17時

よろしければサポートしてください。ちりも積もれば。ほんのすこしでかまいません。日々の活動の糧にしていきたいと存じます。noteで得た収入は仕事の収入と分け、みなさまによりよい記事を提供するための勉強をさせていただきます。