僕たちは走ることで、世界に(より自由に)触れることができる

 ここ数年、よく走っている。毎日……と言いたいところだけれど、なかなか時間が取れなくて週に3、4日といったところだ。普段は5キロ、休日などは10キロ、ランニングするのが習慣になった。特に理由はない。健康のためでも、ダイエットのためでもなく単に「楽しい」から走っている。

 走ると電車の移動とは違って街々のつながりを読むように移動することになる。閑静な住宅街から、ごみごみした学生街へ。そしてコリアンタウンから歓楽街へ。流れを感じながらの移動は点から点への移動ではなくて、線の移動になる。
 もともと散歩が趣味で、よく歩いていた。ラジオで番組を持っていたころは、毎週高田馬場の仕事場から六本木の放送局まで8キロ歩いて通っていた。それを3年前から、友人に勧められてランニングに切り替えた。散歩は寄り道をしながら、ひとつひとつの街の中にふかく潜るように移動するのに対して、ランニングは街と街のつながり、町並みの流れをより強く意識することになる。それぞれの異なる面白さがあるのだ。
 走るというのは、とても主体的な行為だ。歩くときも、乗り物に乗っているときも、僕たちは一定の速度で世界に接することをいつの間にか強いられている。けれど、走るとき僕たちは自分の身体の許す範囲で自由な速度で移動することができる。走るときに僕たちは世界に対しての距離感と進入角度を、とても自由に設定できるのだと思う。
 出張や旅行で訪ねた街で走るのも好きだ。京都で、福岡で、パリで、香港で、シリコンバレーで……この3年、行く先々で走ってきた。旅先で僕たちは常に余所者だ。しかしランニングウェアに着替えて、朝の街を走っているときはその街の風景に溶け込むことができる。すれ違いざまに挨拶してくる現地のランナーもいる。普通に街を歩いていても、なかなか声をかけられることはないが、走っているとたまにある。走ることは半ば匿名化して、風景に溶け込むことでもあるのだと思う。僕はその感覚が、とても好きだ。

 ランニングの愛好家として知られる村上春樹が昔エッセイで、「少なくとも最後まで歩かなかった」ことを墓碑銘に刻んでほしいと誇っていたけれどそういう気持ちは端的に「わからない」。僕は単純に趣味で、楽しみで走っているので疲れれば休むし、中断して帰る。のどが渇けばスターバックスでコーヒーも飲む。タイムも特に気にしていない。眉間に皺を寄せて、苦痛に耐える「部活」的な苦行をすることに価値があるとか考えたこともない。むしろああいったものから切り離されて、自由に身体を動かすのがこんなに気持ちいいのかと驚いている。これは学校の「体育」ではまったく学べなかったことだ。「お国のための」軍事教練をルーツに「みんなのために」個を殺した身体運動を叩き込まれる「体育」からは学べなかったことだ。
 僕は小中学の頃は身体が弱かったこともあってとにかく学校の「体育」が嫌いだった。中学の終わりの方からは授業を真面目に受けずにサボるようになった。高校卒業間際には、もうすぐ定年を迎える体育の林先生に「俺は3年間お前の体育を担当したが、ついに一回も身体を動かすことの楽しさを教えることができなかったことが本当に残念だ。それが教師生活の心残りだ」と真顔で言われたくらいだ。
 その僕が毎朝のように走っているのをFacebookやInstagramで中高の同級生たちが知ると心底驚く。「あの、宇野が」と。僕自身も驚いている。でも、腑に落ちてもいる。僕が嫌いだったのは「体育」というイデオロギーであって、身体を動かすこと自体ではなかったのだ。体育の林先生にも、この場を借りて謝りたいと思う。あらゆる体育の授業を可能な限りサボタージュしていたことを。林先生に注意されても、右から左に聞き流していたことを。そして体育の期末テストを真面目に受ける気がなくて、柔道の技名を回答しなきゃいけないところをふざけて「ライダーキック」とか書いたりしたことを。
 
 と、いうことで僕は今日も走っている。毎週水曜日は、友人と「朝活」と称して10キロ走っている。友人は初回で懲りて僕が走るのに自転車で並走している。1時間ちょっと走る間に、僕らはいろいろな話をする。さいきんハマっているカレー屋さんのこと、釣りを始めようと思っていること、何年か前に集めていた鉄道模型のコレクションのこと、Netflixで見た映画のこと、フランスの反マクロンのデモのこと。たくさんのことを話す。林先生はそんな僕のランニングを、「体育」的にくっちゃべりながら走るもんじゃないと一括するだろうか。それとも、宇野もようやくわかってくれたかと喜んでくれるだろうか。

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・「他人の物語」としての「見る」スポーツ=オリンピックから、「自分の物語」としての「する」スポーツとしてのランニングへ。競技スポーツからライフスタイル・スポーツへ。これはそのまま「PLANETS vol.9」から「vol.10」への僕の思想的な「転向」みたいなものだ。「PLANETS vol.10」ではこの3年ですっかりランナーになった僕が、ランニング雑誌「走るひと」とコラボレーションして雑誌内雑誌的な中特集を組んでいる。現代的な都市生活におけるランニングの面白さはどこにあるのか、僕と同誌の上田編集長との対談からはじまっていろいろな角度(スポーツ史、行政、都市論、ライフスタイルなどなど)から取り上げている。為末大さんや、渋谷区の長谷部区長にも話を聞いた。これを読むと間違いなく走りたくなるので、興味ある人はぜひ読んでみてほしい。

・あと、僕のオンラインサロン「PLANETSCLUB」では、「ランニング部」の活動が盛んだ。月に1度か2度、休日の朝にどこか(お台場とか、みなとみらいとか)に集まって走っている。走ったあとは、みんなで銭湯で汗を流したり、お茶をしたりしている。昨年の11月には軽井沢で遠征ランニングオフ会をやった。紅葉の中を5キロ走って、温泉に入って、田舎蕎麦を食べた。その後は有志で「テラスハウス」のロケ地めぐりをやった。端的に、最高だった。


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宇野常寛

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