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メディアと事業会社が競合していく時代に──ファンビジネスとPR

時代が変わるにつれ、その在り方がころころと変わっていくメディア。マスメディアはいまだ大衆に対して大きなパワーをもつけれど、従来のようなPRとしてのアプローチは効きづらくなってきたと感じています。

PRパーソンが情報提供をし、それをメディアに取り上げてもらう。そこに金銭取引が発生することは少なく、企画提案力を磨いて情報の価値を高めることで、お金を払って枠を買う“広告”とは違う形の掲載を交渉するのが“PR”の王道でした。かつてはそれが中心でワークしていたのだけれど、同時にこんな話もよくあります。

「取り上げてもらえないかと編集部にアプローチしたら、タイアップ広告ありきの掲載を逆営業をされてしまった」

タイアップ広告ならまだシンプルで、最近ではその枠を越えあらゆる角度からの組み方と価値交換が考えられるようになってきました。PRパーソンには、メディア社全体の事業構造を理解して、一段深いwin-winの取引を提案する力が求められている。もはやメディアキャラバンは商談と化しています。

その背景には、メディアのカバー領域が事業会社と競合するところまで発達していて、ファンビジネス化していく流れがあります。そんな近年のメディアには、どう向き合っていくべきなのか。実際にメディアと接して得た肌感からあれこれ考えています。

Webに移行しファンビジネス化する雑誌系メディア

新聞・雑誌系やビジネス系メディアの流れとしてすっかり定着しつつあるのが「会員制度」の導入です。会員登録をしないと続きが読めない記事が年々増えているのは、ひとりの読者として感じている人も多いのではないでしょうか。

ユーザーから直接的に集金することで、より質の高い記事をクローズドで提供する。海外ではもっと進んでいて、ごく日常的なニュース記事も含めて会員登録なしで読める記事のほうが少なくない?と思うほどです。

この会員制度はライフスタイル系媒体においては少し違った位置付けで取り入れられていて、紙の雑誌からもWebに読者を流し、囲い込んで“ファンクラブ”のような形に進化させるケースも増えています。ライフスタイル系媒体には、ただ情報を求める人というよりも、その媒体を取り巻くコミュニティに帰属意識をもつ濃い読者層が集まりやすく、ファン化しやすいためです。

Webメディアのマネタイズ方法は、大きく分けると2パターンしかありません。ひとつは、コンテンツを無料で提供して広告費で稼ぐスポンサード型、そしてもうひとつはコンテンツ自体を有料で提供する課金型です。従来のような、読者(=ファン)からお金を取らないメディアビジネスは、純広告・タイアップ広告・記事広告・アフィリエイトといった手段でマネタイズをしていました。2016〜19年頃は、面白い記事広告が流行りバズライターなんて人たちも生まれた、コンテンツマーケ全盛期。メディアと企業が手を組んでお金をかけて面白いコンテンツを作ることが、業界のトレンドでした。

そんないわゆる“PR記事”は2019年頃から「もう読まれない」と言われてきたけど、いよいよ本当に読まれなくなり潮目が変わったのは、コロナ時代に入った2020年頃からです。個人で発信するYouTuberやインスタグラマーがそれまでの比にならないペースで爆増し、オーセンティックな(本物の)コンテンツがインターネット上の絶対量として増えてきたことがその裏にはあります。

「オーセンティックな(本物の)コンテンツ」とは

バズライターに記事制作を頼んだり、インフルエンサーに配って#PRを付けて発信してもらったり、それで通用していたのは“本物”を発信する個人がまだまだ少なかったから。

おうち時間の増加によりYouTuberなどが一気に増え、個人のレビューでモノがザクザク売れるようになりました。彼らは頼まれて宣伝するのではなく、心からそれを楽しみ愛用している“ユーザー”たち。リアルな声で届くようになって「Authentic(オーセンティック)=本物の、本質的な」といった概念にも注目が集まりました。

そうしたコンテンツを一度見てしまった消費者は、本当のコンテンツとお金で買われたコンテンツが区別できるようになってきます。偽物は即座に見抜かれ、「広告だな」と判断して息するようにスキップします。YouTuberが当たり前に使う「案件じゃないですよ〜!」というセリフは、きっと数年前には意味が通じなかった。「案件じゃない」ことがそのコンテンツを見る理由のひとつになるほどに、リテラシーが底上げされてしまいました。

オーセンティシティのあるコンテンツとは自然発生的に生まれるものなので、「UGC=User Generated Contentのディレクション」みたいな仕事もPRのカバー範囲に入ってきます。今そのままの原石を磨いてきれいにして、展示場所を抑えて、展示方法を考えて、たくさんの人にその美しさを見てもらう、みたいな仕事。出方の戦略的なコントロール。

企業やブランドを「コア」にして、そのまわりに自然発生する(もしくはPRパーソンの腕前で自然発生したかのように作られた)コンテンツ群は、一体感のあるグルーブとして広義の「メディア」として機能するようになってきます。

「メディア」が「事業会社」と競合する世界

このような時代背景のもとでは「事業会社が起こすムーブメント」と「メディアを取り巻くムーブメント」は似通った性質のものになっていき、そこに集まるコミュニティといわれる群衆も、領域が近ければ近い性格をもつようになってきます。

簡単にいうと、事業会社のターゲットと、メディアのターゲットが重複する。特にわかりやすいのは、「Webサービス」と「Webメディア」の競合です。Webサービスが機能性だけで選ばれる時代は終わってしまったので、ブランド化してファンを増やす必要があります。

そのための手段としては、事業自体にメディア機能を内包し、コンテンツのパワーで価値を膨らませていくのが最も効果的。というか、今はほぼそれしか手段がありません。これまでサービスの副次的な価値としてメディアを位置付けていたのが、メインの提供価値になりうるくらいまで存在感が大きくなってきているのが近年です。

今まで「事業会社が自社の宣伝のために外部メディアを使う」という手法が取れていたのは、企業から発せられる情報そのものに価値があり、取引が成り立っていたからでした。しかし同領域の「メディア」と「事業会社」が競合する世界になってくると、そこの価値交換は「提供されたものを取り上げる」だけでは不十分になってきてしまうのです。

「オウンドメディア」と「メディア」はもう区別されない

事業会社が自社の事業を加速させるために持つ「オウンドメディア」は、数年前からトレンドになり、今ではもうメディアをもたない企業のほうが珍しいかもしれません。しかしこうなってくると発想の順番が逆転し、メディア機能を事業の一部として内包し、事業そのものがメディア的役割を果たす、という形態も生まれてきます。

ブランドが雑誌を作ったり、ラジオ番組をホストしたり、海外ではNetflix番組を企画・プロデュースして制作してしまったりする流れも加速しています。日本でも、プロの編集者が事業会社に転職して、一流メディア級のオウンドメディアをブランドの冠のもとで出していく動きがあちこちで見られ、「オウンドメディアとはもはや何なのか……という空気にもなりつつありますよね。

コンテンツマーケティング文脈の売りにつなげるメディアではなく、それ単体で価値を生むことができる、ブランディングやコミュニケーション文脈の媒体。A社のオウンドメディア(的なもの)に競合のB社やC社の情報が載ることも、どんどん当たり前になっていきます。

こうなったとき、事業会社が母体となり運営しているメディアはメディア単体でマネタイズする必要がなく、事業で稼いだお金をメディアに回し、メディアで得たファンを事業に還元する循環が作れます。だから従来型のメディアよりも柔軟なコンテンツ制作力を持つことができる。逆を考えれば、従来型のメディア社は、彼らと同じフィールドで戦うために、メディア事業以外の自社事業も開発していかなければ淘汰されてしまうということを意味します。

事業会社が運営する「オウンドメディア」とメディア社が運営する「メディア」の境目はどんどん被るようになっていき、たとえば「アウトドアブランド」と「アウトドアメディア」は、競合してしまう世界に突入です。

メディア社の事業構造を理解した価値交換の提案力

そのことにもう気づいているメディア社が多いので、メディア以外の事業展開にも力を入れるところはすでに増えつつあります。

それはたとえばECサイト運営だったり、周辺事業者と連携した一般向けのイベント開催だったり、ファンマーケティングのコンサルティングだったり、DXソリューションの提案だったりしています。

今までは「情報」が金銭の代わりとして機能したので、PRパーソンは、企画書を作ったりファクトシートにまとめたりして、情報価値を上げることに専念していればそれでよかった。今でもテレビや新聞といったマス媒体、特定のジャンルではその手法が効くけれど、たとえばライフスタイル領域のWebメディアはほとんど効かないなという肌感です。

情報価値を上げるだけでは足りず、いろんな価値交換の形をつくるスキルが求められるようになっています。メディア社の事業構造を理解して、広告でもタイアップでも編集記事でもない新しい取引の形を、自社プロダクトの性質に応じて企画提案する力が。

それはたとえばWebシステムのノウハウ共有だったり、イベントへの協賛・共催だったり、事業コラボレーションによるユーザー(ファン)の送り合いだったり、自社の会員たちを動員してのマーケティング協力だったりしている、というのが最近まさに向き合っていることです。

これは明らかに「新しい仕事」です。PRパーソンの業務範囲じゃないよ、と思うかもしれない。でも事業会社の中で一番メディアのことを理解しているのは、間違いなくPR部隊の人たちです。PRパーソンがやるしかない、そんな気がしています。

PRのスキルは3種類に分けられてくる

そんな時代において、これからPRパーソンに求められるスキルは、大きく以下の3つに分類できるのかなと考えました。

  1. 従来通りメディアパブリシティを獲得する力(メディアプロモーター型)

  2. 自社コンテンツを生みメディア化させていく力(コンテンツディレクター型)

  3. Webメディアや個人メディアに対して取引を提案する力(ビジネスコーディネーター型)

①従来通りメディアパブリシティを獲得する力(メディアプロモーター型)
PRのお仕事をしていれば誰もが頑張ったことがある力です。メディアに掲載してもらうための、企画力・交渉力・調整力。これは変わらず求められます。ちなみに、掲載してもらうための攻めの動きだけでなく、守りの広報力ももちろん大切です。

②自社コンテンツを生みメディア化させていく力(コンテンツディレクター型)
オウンドメディアの運営などにかかわる、編集者やコンテンツディレクター的なスキルです。「外部メディアだけでなく自社発信も強化しないとなあ」と追い込まれているPRパーソンがいるとしたら、これです。記事型メディアだけでなく、SNSやYouTube、音声メディアなどを使った自社発信も含みます。やることがいっぱい。

③Webメディアや個人メディアに対して取引を提案する力(ビジネスコーディネーター型)
これが
先ほど説明した、新しい取引の提案力。対メディア社だけでなく、インフルエンサーや著名人、自社の事業領域の業界の有識者相手にも。最近では有識者や専門家も個人発信力を高めたがったりしているので、彼らはどんな旨みがあればうちの事業に協力してくれるだろう……と想像力を巡らせるのもPRパーソンの役目かなと思っています。

パブ屋だけでもいけないし、自社発信だけやればいいわけじゃない。この掛け合わせと連動ができればレバレッジが効くし、①→③の流れでトータル企画することもできます。だから全部、必要。

もちろんこれらのベーススキルとして、チーム内の円滑なコミュニケーションを促進する力も必要です。かつては「社内広報」と呼ばれましたが、リモートワークの加速によって、PRとして行うインナーコミュニケーションは組織開発や人事の業務領域にダイブインしつつあります。

PRという職種のなかでこのあたりの解像度を高め、得意領域の少しずつずれた複数人のチームを理想的に編成している企業は、実はあまり知りません。私自身は①②③ひと通りやりますが、①の保守と②が特に強いタイプの人間です。

③は新しいスキルですが、ビジネス力が求められるので今まで山のようにスタートアップに関わってきた経験と知識がかなり活きるなと、出会ってくれたすべての人に全力感謝しているところです。でも社長か営業さんに同席してもらわないと、結局のところ具体的な話は進みません。PRが全社総出になってくるというのは、そういうことだったりもしますね。

みなさんは、どのタイプ?自分がどの領域を伸ばしたいかを考えながら目の前の事業に向き合えると、キャリア形成の意味ではいいのかもしれませんね。それではまた。

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