「企画」職は「現場」の経験が必要?(原文)

お友達であり、師であり、医療文化人である小迫くん(@masamikosako)のやってるWebマガジンHealthcareCompassに久々に投稿しました。

かなーりスマートにまとめていただいています。おすすめ。
でも、これの元となった長々とした文章もありまして。
心情の吐露、あるいはヘドロのようなどろっとしたやつも
どこかで公開したい!と思い、ここに原文をさらけ出したいと思います。
時間がない方は、Healthcare Compass、そうでない方はこちらも読んでいただけると、幸です。

以下、原文ママです。

Twitter上で「病院の経営企画の役割」に関する良記事から
「そもそも企画職になるには、医事課(いわゆる現場)経験が必要か否か」という議論が発生していました。

非常に熱い展開となっていました。
私も病院の企画職という立場(だと思っている)なので
自分の経緯や周りの同僚、上司の顔を思い浮かべて考えているうちに
「企画とは何なのか」を書いてみたくなり、今回筆を執ってみました。

この議論は「医事課経験が必要か否か」というところがメインでした。
ですので、まずは双方の主張を整理してみたいと思います。
「医事課経験が必要」という主張としては、以下のようなコメントがありました。

医事課経験必要派の主張

・現場の動きを理解することができる。
・各種統計について、数字以上の解釈を行うことが出来るようになる。
・現場で働く人の気持ちを理解して、企画を立てられる。
・経験と実績があるので、発言に説得力がある。

概ね、このようなところが挙げられていました。
続いて、「医事課経験は不要」という方の意見を挙げてみます。

医事課経験不要派の主張

・若年期から病院全体としての課題および解決に関与できる。
・院内から多くの情報が集まってくるので、知識を増やしやすい。
・経営幹部を含めた多職種と協業するため、院内コネクションを
 構築しやすい

だいたいこんなところでしょう。
こうならべてみると、両者にとって「企画職はかくあるべき」という部分が異なっている気がしてきます。
同じ職種のキャリアに関する話をしているんだけれど、
どうも噛み合わない。噛み合いきれない。
意見が対立しているようで、対立しきれない。
つまり、この二つの意見は「ねじれ」の位置にあるのではないか
と考えています。
なのでこの熱量を一つに集約するためにも、
まずはゴールである「企画職とは?」というところを
定義したいと思います。

これからの「病院」はどうなるのか

病院は今、極めて動乱期だと思います。
かねがね、病院経営に関わる人たちは
「これからは激動の時代!」
「変化をいとわず、進まなければならない!」
と『もう何年いうてんねん』と言いたくなるぐらい
既読感満載のセリフを今も変わらず連呼しています。
※この現象は病院に限らず、全業界の経営者がそうかもしれません。

ただし、この「激動」「変化」が、
病院経営に限って言うと、今後10年のうちに確実に起きます。
むしろ、「変化」については
「起こさなければならない」状況に追い込まれるでしょう。
その理由は、経営の根幹である「ヒト・モノ・カネ」に対して、
極めて強い逆風が吹き荒れることが、既に分かっているからです。

【病院経営への逆風】
ヒト:2030年に労働人口減少が確定済み。
   働き方改革対応により、1名あたり労働時間も減少
モノ:高額な医療機器や医薬品がドンドン出てくるため、原価高。
   一般企業並みのDXやIT施策を行うには、費用が掛かる。
カネ:国家財政逼迫。診療報酬が病院にとって得になることはない。

つまり、病院の経営は今後10年で悪化する見立てしかないのです。
「2035年までは高齢者が増えるから、患者さんは増えるじゃん?」
なんて楽観的な意見もありますが、
「それを診療できる体制をどう維持するんですか?」
という観点でみると、極めて厳しいと言わざるを得ないのです。

最も影響が大きいのは、「ヒト」の問題です。
病院は「医療サービスを提供する組織」です。
労務提供によって売上を立てる、サービス業の一つであり、
労働集約型産業とも言えるでしょう。
『「ヒト」をいかに集めるか』が他の業態よりも
重要なビジネスモデルとなっています。

日本全国での「ヒト」採り合戦

医師らの医療職の争奪戦は、現在でも加熱の一途をたどっています。
医療職の人材仲介サービスを取り扱う企業も雨後の筍のように増え、
人件費の高騰にも繋がりつつあります。
今後は彼らに加えて、事務職も同じように「採れない」時代が来ます。
2020年の大学新卒求人倍率は1.83倍です。(※リクルートワークス研究所)
一般企業も労働者が足りてない、売り手市場です。
上述の通り、労働人口は今後益々減っていきます。
消費者の減少も併せて起きるため、企業倒産も起きるでしょうが、
この求人倍率をひっくり返すほどの倒産件数になれば、
その時は日本自体が大きなマイナス成長になっている時なので
「日本が存続しうる限り」は売り手市場は続く、
あるいは益々強くなるでしょう。
そういう背景も受けて、既に大手企業は優秀な人材を集めるのに必死です。
高い待遇、快適な職場環境、成果が報われやすい仕組みなど
従業員への魅力づくりに取り組み企業はどんどん増えています。

そんな市場の中で、病院は採用競争に勝てるのでしょうか。
昨今のタスクシフトに関する議論では頻繁に
「医師らの免許が不要な仕事は事務職にさせればいい」
というコメントが出てきます。
医療者の負荷軽減のために働くことは、私は素晴らしいことだと思います。
それは「病院関係者」だからだろうな、と感じています。
日々、疲弊しながら働いている医師や看護師の負荷軽減は
生産性向上に繋がり、彼らのワークライフバランスに寄与できるでしょう

ただ、社会を知らない学生にはどの程度、魅力的に映るでしょうか。
「自分たちの手が回らない、やりたくない仕事をやってくれ」
と言われて、「是非!」と思える人がどれぐらいいるでしょうか。
私が何も知らない学生の時だったら、
「誰かのしりぬぐいをするよりも、自分で何かを成し遂げたい」
って思っていたでしょう。
そして、エントリーシートも送ることはなかったでしょう。
そもそも休日日数や給与待遇の面で、フィルタリングされてしまって
目にも止まらなかったと思います。

これからの「病院」に必要な企画職

現状の考え方や対応、組織の運営では
病院の原動力である「ヒト」を集めることができない状況になります。
つまり病院は「今までの成功体験に基づいた経営」では
生き残れない状況に追い込まれていっているのです。

それでは、そのような状況に置かれた病院(組織)にとって、
どのような企画職が必要になるのでしょう
私は
「変化を起こし、推進できるヒト」
「新しい事に挑戦できるヒト」
だと思います。
「過去と今の延長線上を歩む」ことではなく、
「次の階段を登る」、「別の道を開拓する」ということが求められていると
考えています。

結局、「医事経験」は必要なの?

私は「医事経験不要」派として、以下のTwitterで発言しました。

すごく議論を台無しにしてしまいそうですが、
私は、極論「医事経験はあっても無くてもいい」と思っています。
「医事経験」が無ければ
「病院に必要な企画」に求められるスキルやマインドセットを
得ることができない訳ではないからです。
逆に、「病院に必要な企画」に求められるスキルやマインドセットを
持っている人であれば
「医事経験」がなくても全く構わないと思っています。

「医事経験があること」は企画職に活かせるものも
多いと思います。
ただ、経験で得られたノウハウは代替することができます。

例えば、企画として法務知識が必要な業務があります。
その際、担当する私は法務部や弁護士事務所での実務経験がないと
その業務に対応できないでしょうか。
そんなことはないですよね。
顧問弁護士に確認するなり、法務知識のある担当者に相談すれば
対応することができます。

医事の知識もおなじです。
病棟や外来の改善をする際に
医事担当者の業務を変更することがあります。
その際は、担当の課長や係長に相談をして、
適切なフロー構築を一緒に行います。

また毎月の稼働統計は、企画が作成、分析を行います。
数値面から異常な動きをしている箇所を見つけたら
担当の課長らを通じて、現場で実態調査、ヒアリングを行い
コメントとして記載、報告しています。
当院では、この作業を概ね月初3営業日ぐらいで実施していますので
分業による遅延はほぼないと思います。
むしろ、月初のレセプト対応で医事担当者は大忙しですから
医事だけでは報告資料は作成出来ないと思います。

このように企画職は「知識の加工と活用」と「情報の流通」という部分に
力点を置いて仕事をしていると思います。
これだけでなく、更に変化をもたらす企画職になるためには
私は以下のスキルやマインドセットが必要だと思っています。

【今、病院の企画職に求められるスキルとマインドセット】
・自ら考え、動くことができる

 ⇒気づいたことに対して、調べてみる
  やってみたいことを提案書にまとめる
  仮説と検証を繰り返す
・多職種と意識をすり合わせる
 ⇒業務フローや線表を素早く作る
  目的とプロセスを明確化させる
・意見をあつめ、ひとつにまとめる
 ⇒専門職種とのコネクションを構築する
  たたき台を元に、ひとつの提案を作る
  病院幹部に提示、折衝を行い、意志決定を支援する

これらのスキルを得るためには
医事経験は必要ではないですし、
医事をやるだけで、身につけられるものでもないのです。
逆に、これらのスキルを得ていて、実行できる人であれば
どのキャリアでも企画職に向いている、とも言えます。

企画職の作り方は病院によって違う

病院の置かれている状況によって、
企画職に対する要求の切迫感は異なると思います。
医事課などの現場を経験させるとなると、時間はかかります。
現場の動きを分かり、数値的にも捉えられるようになったり、
一連の流れを経験するだけでも数年かかるでしょう。

「レセは勿論、診療報酬改定も乗り越えてほしいし、
 患者さん対応もそつなく対応できて、
 なんだったら適時調査のリーダーもやってほしい。」

みたいなことを言いだすと、4年ぐらいはかかるのではないでしょうか。
そこから、企画職としてのスキルを身につけるので、
独り立ちするに8年程度かかるとみてもよいでしょう。

もちろん、既に「この人を是非企画職に!」と思えるような
医事のメンバーが言れば、年数は短くなります。
でも、ある日急に「はい明日から企画ですよ」と言われても
なかなか成果には結びつかないと思います。
当院でも、すごく優秀な医事の方がいますが、
「レセコンはバシバシ打てるけど、EXCELは触ったことありません」
「担当の○○科は凄くわかりますが、△△科は全く分かりません」
というようなことも少なくないのです。

一方で、病院経営幹部としては、そんなことは露知らず
「一刻も早く、よい企画職がほしい」
と思っているかもしれません。
そんな幹部に向かって、
「いやいや、院長。企画を作るには数年かかりますよー?」
なんて答えるのはかなり勇気の要る事です。
そして、幹部が「直ちに対応しなきゃ!」と思っているということは
病院として大きな変化が必要な状況だということです。
速やかな対応が求められているのです。

病院タイプ別 企画職育成ルート(案)

そこで、「変革までの猶予」と「次世代の事務エース候補」の状況で
病院を4分割して、それぞれ企画職の育成ルートを考えてみました。

プレゼンテーション1

それぞれのルートを説明します。

①王道の育成ルート

「変革まで猶予があり、次世代エース候補もいる病院」ですね。
ここは一番盤石です。現状も未来も明るいなー!って感じです。
時間をかけてじっくりと「本格派・事務部エース」を作りましょう。
病院全体を理解するためにローテーションさせてもいいです。
医事と地域連携室に特化させても、いいでしょう。
たまに交流のある病院へ1週間武者修行へ出て、見聞を広めたり
地域の病院同士の勉強会で実務知識を蓄えさせてもよいと思います。
その知識と人脈を生かして、企画職として羽ばたいていく。
素晴らしいと思います。
でも、こんな病院ってかなりレアでしょう。
「変革しなくてもウチは利益をどんどん出せている」っていう病院、
なかなかお目に掛かれないと思います。

②エリート採用&養成ルート

「変革まで猶予があるけど、育てたいエースがいない病院」です。
毎年採用はしているけれど、なんだか管理職になってくれない。
管理に向いてなさそうな人が多くて、
誰を育てるべきか分からないっていう状態です。
定着率が悪かったり、職員育成が上手くいってないのかもしれません。
新卒採用やキャリア支援の仕組みを変えて、
より管理職候補を多く採用できるように注力することが望ましいでしょう。
聖路加国際病院や済生会熊本病院などのように
「マネジメント職」として、入職時から「管理職候補生」と分けて
採用するというのも、一つの策かもしれません。

③虎の穴ルート

「変革まで猶予が無いが、次世代エース候補がいる病院」です。
『もう僕がやるしかない!』と若手が言ってしまえるような病院ですね。
変わるときは若手の力がある方が爆発力があると思います。
守るものも少ないですし、いい意味でも向こう見ずな面があります。
大人って経験がある分、「うわーつらそうだなー」「これは筋が悪いなー」
というのを察知して、全力を出せないケースがあります。
「年を取ると筋肉痛が遅れてくる」というのは、筋肉や運動神経、あるいは痛覚が鈍るわけではなく、
「自分で限界を見極めてしまって、運動を抑制する」からです。
これが仕事でも起きると思っています。
なので、若手のエース候補を企画職に据えたり、
院内横断型プロジェクト(新規事業・認定取得・センター立上げ等)に
ドンドン放り込んで、「企画の実践」で育てていく方法です。
とにかく色んな人と接点をもち、日々変わっていく仕事をやることで
流れの中でどのポジションを担うべきか、
自分に出来ることは何かを見極めながら、動くことで
企画職として必要な筋肉を身につけていくことが出来ます。

④覇道の外部リソースルート

最後に「猶予もエース候補もいない病院」になります。
やらなきゃいけないのも分かっている、でも誰がやるべきかもわからない。
適正な企画がいないし、その候補もいないっていう感じでしょうか。
結構絶望的ですが、まだ残された道はあります。
『一般企業で鍛えられてきた人材の登用』です。
医療のことは分からなくても、企画職として求められるスキルとマインドセットがある(そして、その実績もある)人を登用するのです。
猶予が本当になければ、ある程度「力でねじ伏せるパワープレイ」ができるポジションに、相応の人を置くというのも手でしょう。
「事務が強い」と有名な済生会熊本病院も、M木さんというスーパーマン、そしてM木さんの社会人スキルをフル活用した仕事ぶりから、今の姿があると思っています。
とはいえ、そんな人をリクルーティングすることも難しいでしょう。
最終手段として、コンサルティング会社の導入も考えられます。
彼らはドライな反面、成果に実直であり、外様なので後腐れなく改革に取り組めると思います。
依存すると、金銭的にも厳しくなるのでピンポイントで使うのは全然ありではないでしょうか。
人事考課の見直しや採用強化など、「コレ!」という部分で入ってもらいましょう。

結論

企画職の医事課経験の必要性は病院によって違う!
その病院次第で、企画職の理想的な育て方は異なる、というのが私の中での結論です。

「医事経験がなければだめ」というよりかは「医事経験があったほうがいいよね」ぐらいなものかと考えています。
企画職は概念を具体化する施策をすることが求められます。
その過程では「その一人だけで仕事が完結する」ことが殆どないと考えます。
ですので結局、「誰かに頼れる」という状況を作らないと、病院全体に影響する課題解決や新規事業立ち上げなど、大きな物事は達成できないのです。

それでも、早期に企画職をやるほうが良い

私は総合的に考えて、
「早期に企画職をやることのほうがメリットは大きい」と考えています。

課題解決をしたい。
非定型業務に突っ込んでいきたい。
色んな人とつながっていきたい。
困難に立ち向かいたい。
病院をドライブする立場となって、より良い未来を作りたい。


こういう思いをもち、入職してくれる若手に対して、早期にチャンスを与えられると思うからです。
やる気のある人に適切な機会を提供することで、自ら学び、自ら挑戦していくでしょう。
そして、色んなノウハウやスキルをどんどん吸収して、自律的な職員になってくれるでしょう。

勿論、優秀な医事職員のように
「定型業務を正確に出来ること」
「細かな部分まで解釈することができること」
ができる人も貴重な職員です。
でも、そういう職種に求められる人物像と、企画職に求められる人物像はかなり異なると思います。


私自身のことを考えても、医事の方々のように複数の定型業務を正確に、繰り返し実行できる気はしませんし、物事の思考についても、大雑把に全体像を掴むところから入って、7,8割方理解出来たら満足するタイプです。
その代わり、全体感を持った課題改善を実施できたり、計画や調整なども割と好きでやれてます。業務フローを描きながら説明したりも得意な方です。
これらのスキルや志向性はどちらが上で、どちらが下というわけではないのです。
それぞれの役割を達成するために、向き不向きはある、ということです。

つまり、よい企画職が必要なら、企画職に向いた人物を欲するべきです。
そして企画職の為のキャリアアップの道を用意することが求められます。
厳しい環境に置かれることが目前の病院業界では、この考え方で人材採用、育成に取り組むことが、よりベターな選択だと考えています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?