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【手/ROMAN PORNO NOW】ネタバレ感想

「手」観ました!
金子大地くんが出るということと、松居監督の作品も好きなので(「ちょっと思い出しただけ」「くれなずめ」しか拝見していませんが・・・)公開前から楽しみにしてました!

公開二日目の舞台挨拶付きの回と、9/26の舞台挨拶付きの回を観たので、そちらの内容も含むかもしれません。以下ネタバレ注意・・・


※本記事は映画「手」のネタバレを含みます
※原作は未読です(これから読みます!)
※セリフなどあいまいな部分がありますがご容赦ください






















1.さわ子とおじさん

 前提として私は、この映画、中でもさわ子に共感できる箇所が多くあった。しかしその中でもこれはわからんな~というのが「おじさん好き」という点。
 おじさんと仲良くするのが処世術、というのはわかる。大いにわかる。私もそのために好きでもないおじさんに愛想笑いをし、酒を注ぎ、楽しそうに振舞ったり、まあ、無理せず自然に出来ていると思う。しかしそれ以上、手を繋いだり、ましては付き合うのは絶対に無理。単に好みの問題だと思うが私はあまり年上の人とは付き合いたくないし、せめて5つ上くらいが限界だなあ、と感じているので、この点はさわ子とは違うなあ、と。

また、「手」にはおじさんがたくさん出てきて
・バーにいたおじさん
・さわ子の元カレおじさん達
・大河内さん
・お父さん
・その他ハッピーおじさんコレクションに掲載されているおじさん
…と挙げればキリがないが、総じてどのおじさんもちゃんとおじさんだった。芸能界には50、60代になってもかっこいい、イケおじ的な人はたくさんいるが、誰もそんな感じではなく、まじで冴えないおっさんだった。でもさわ子はこのおじさん達のことがちゃんと好きなんだろうな、と。(バーのキモオジは除く)
 「手」の感想を読んでいるとさわ子がパパ活していると言っている人もいたが、わたしはこれがいわゆるパパ活だとは感じなかった。さわ子のおじさんに対する感情は、お父さんとの関係を拗らせた上で成り立ったものだけど、純粋に、”かわいい””愛しい”という感情が存在しているんだろうな、でもそれが”好き”という感情であるかはわからなかった。
 さわ子は自分の若さが武器になっていることを自覚しているし、おじさんがその若さや見た目を好んで寄ってきているというのも自覚している。必ずしもさわ子でないといけないから求められているのではないと、心のどこかでわかっているからこそ、どこか満たされない。唯一おじさんでない元カレだって、結婚していることを言わずにさわ子と会い、しれっと結婚していること、奥さんが妊娠中のことを言いつつも手を出してくる、そこに愛情なんてものはなく、その時さわ子は何を感じたのだろか。まだ、25歳、将来について具体的に考えていないさわ子が、同級生のその姿を見て、何か感じるものはあったのだろう。さわ子は誰かの一番にはなれないのか。そんな時に森くんとだんだん親しくなっていったさわ子は、心のどこかで森くんとの将来について、考えなくもなかったのではないか。

2.さわ子と森くん

 森くん、ずるいよねぇ~!あんな子犬みたいな顔で一所懸命話しかけてきたらそりゃ気になっちゃうよね~!あんなうぶな感じで飲みに行く約束したのにいきなり手繋いで来たらもう頭バグって沼落ちしちゃうよねえ。。。

 さわ子、おじさん好きだけどそれは単に父親からの愛に飢えていてその寂しさを埋めるためであり、若いというだけで好意を向けてくれるおじさんに甘えて付き合ってきただけで、自分に愛情を注いでくれる人ならおじさんである必要はないんだろうね。だから森くんを受け入れるのも早かったよね。受け入れるというか、さわ子は自己肯定感が低く、どこか自分はどうなってもいいや、というやけくそな気持ちから森くんとどんどん関係を深めていったような気がする。

 森くんも森くんで、素直でまっすぐで、マジで腹立つ。そんなにまっすぐ、浮気相手を愛さないでほしい。浮気相手でありながら、さわ子に一番愛情を注いでいたのはどんなおじさんよりも森くんだった。さわ子に「好き」と言われた後の挙動だって、うまく言い訳してたけど動揺を隠せていなかったし、あんなにアタックしてそういう関係になったのに森くんから「好き」って言葉全然出ないし。彼、付き合ったら彼女に好き好きいうタイプだよね、絶対。そういうところ真面目というか、なんというか、本当にダメだよね。

そばにいる人をめちゃくちゃに愛したいと、ときどき思う

 さわ子がこう思ったとき、きっと森くんも同じ気持ちだったのだと思う。
決して”「恋人」をめちゃくちゃに愛したいと、ときどき思う”ではない。
さわ子のそばにいるのは森くんだし、森くんのそばにいるのはさわ子だった。お互い、難しいことは考えず、ただ目の前の人を愛し、体を重ねていた、それだけだった。
 舞台挨拶の松居監督の話で知ったが、裏設定で森くんは彼女とは長い付き合いだが情で付き合っている部分もあり、そんなに会っていなかったそう。きっと彼女よりさわ子といる時間の方が長いし、さわ子に対する愛情の方が大きかったはず、さわ子とセックスしているときは。
 彼女にバレた(バレかけた?)きっかけは、「触り方が変わった」から。なんだかんだ彼女ともセックスしてんだよ、この男は。しかもその瞬間は彼女のことが一番好きなんだよ。この男は。さわ子が森の部屋でお誕生日カードを見つけた時、きっと森もそのことに気づいた。それでもなお行為を続ける二人がリアルで、さわ子の気持ちを考えると胸が痛くなった。
 もう一つ胸が痛くなったシーンは、森が彼女に浮気がばれたと告白したときの、「彼女にプロポーズするつもり」「(さわ子との浮気を)全面否定してるから」と言い放った箇所。こんなにもまざまざと”彼女のことを一番愛してる”、そのためにさわ子のことは全面否定=”なかったことにしている”と見せつけられたさわ子の気持ち、想像するだけでしんどい。付き合ってたわけでもないから、怒ったり、涙を流すのも違う気がする、さわ子の性格的に縋るのも違う気がする、じゃあ、愛したいと思い、愛されていると感じていた人が、相手はそうじゃなかったときのこの感情の行き場はどうなるのか。「誕生日だけ祝わせて」じゃねーよ!でもたぶん森は本気で言ってるんだろうな、そういうところが、本当に、狡い。
 その後に最後に会うために森の家に行くさわ子、ここについては賛否両論というか、なんで行くの?と感じる人も多いと思うが、わかる、私でも行ってしまう。クレープ屋のシーンも、楽しく笑うお風呂のシーンも、最後のセックスも、全部全部最後の思い出。切なくて泣きそうになるが、森が浮気するのが悪い!森は泣くな!
 また、さわ子は誰かの一番にはなれなかった。

3.さわ子と父

 さわ子がこじらせてる元凶はお父さんなんだけど、あの家族本当不思議だよね。さわ子は父とはあんな感じだけど、妹とは普通の姉妹より仲良いと思うし、母とも別に何ら問題があるわけじゃない。父と娘が仲悪いなんて、一般の家庭ではよくある話だろうに、なぜあんなにさわ子は孤立して見え、”3人家族”のように感じるのか。まあ、普通父娘が仲悪いってなったら娘が父親を嫌ってるパターンが王道だし、妹が家族全員と仲良しだから、さわ子が浮いて見えちゃうのかなあ。
 原作では妹が生まれたのをきっかけに父のさわ子への態度が変わったらしい(読んでないけどインスタライブで松居監督が言ってた)けど、映画では色々な都合でその部分は描かれていなくって、その点を考えずに思ったことを言うと、お父さんはさわ子との接し方がわからなかったんだろうなって、それだけなんだろうなと感じた。妹の方が天真爛漫で、かわいげがあって、お姉ちゃんのことは決して嫌いなわけではないけどなんだか気まずくなっちゃって、さらに耳も聞こえにくくって、話し方がわからなくなっちゃたんだろうなあ。だから病院からの帰り、二人で久しぶりに会話ができて、一歩踏み出す勇気が出たのかなあって。お父さん、たぶんさわ子に嫌われてると思ってたよね。かといって無視(決して聞こえてないだけではないと思う)とか、お土産妹にしか買わないとか、そういうのはデリカシーがないというか、父親として良くないけども。母も妹も気づいてはいるのに、それについて何も言わないというか、楽観的というか、そういう性格のすれ違いからさわ子が余計孤立して見えていたんだろう。

 それにしても、親の老いって辛いなあ。耳が遠くなったり、小銭出すのにモタモタしたり、目を背けたくなるけどそれが現実なんだ・・・お父さんとさわ子の旅行、実現してるといいなあ。


4.ロマンポルノとしての「手」

 金子くんもどこかで言っていたがこの作品、ロマンポルノじゃなくても、恋愛映画として成立している。私も実際、ロマンポルノって観たことないし、検索したらだいぶ激しめな画像出てくるし、ちょっとビビりながら見に行ったが、全然恐れるようなものではなかった。それどころか、10分に1回の性的描写という縛りがあるからこそ、大人の恋愛が忠実に描かれていると感じた。みんな大声では言わないけど彼氏や彼氏みたいな人と過ごす夜ってあんなもんでしょ。
 今までのロマンポルノ作品を観たことないから適当なこと言えないけど、「手」の性描写って、すっごくリアルで、たぶん昔のロマンポルノとは違うんだろうなって。さわ子が自分から森の手を下着に持ってくるとことか、誰かに見られそう!ってシチュエーションを想像して致すとか、なんだか見ていて照れくさくなるくらい、リアルだった。(みんなそうだよね?!わたしだけいつもあんな感じです~って謎カミングアウトしちゃってるわけじゃないよね??)
 もしかしたら往年のロマンポルノのファンの方は何か違う!ってなるのかもしれないけど、現代に受け入れられるロマンポルノは、こういうものなんじゃないかって思う。実際女性のお客さん多かったし。(金子くんの舞台挨拶登壇回しか行ってないからそう思うだけかも。)


 そういえば、初回の舞台あいさつで松居監督が「なんでタイトル「手」なんだと思う?」って言ってたのが印象的だった。
 「手は噓をつく」ってさわ子は言ってたけど、森はその手で嘘をつききれなかったから彼女に浮気がばれたんだよね。森の手は、そんなに嘘をついてないんじゃないかなって私は思った。浮気をしているけれど、彼女のことが好きだけど、さわ子のことを好きな気持ちにも嘘はない。だから森の手は決して嘘をついていたわけじゃないんだろうなあ、って思ったり思わなかったり。


長くなってしまいました。まだまだ思うところはあるけれどこのくらいにします。
2回観たけど、また観たいなあ。
観終わった後、大好きな人に会いたくなった、そんな映画でした。










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