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1月の自選俳句(2019年以前)。

天ぷらを 上げておるかよ 軒時雨

しぐれは冬の強い風に混じってぱらぱらと降ってくる雨のことをいう。
二階の部屋から時雨が軒下の庇にぱらぱらと当たっている音を聞いているとそれが天ぷらでも上げているように聞こえて来る。
軒下で天ぷらを上げているのは北風小僧か、それともだれなのか。


北風が 夜汽車伝える 部屋眠る

冬狼の 息揺らしおり 夜の家

海辺にある我が家はそれでなくとも風が強い所にあるのだが、寝室は冬になると北風が壁にゴーンゴーンとぶつかってくる。
そんなときにふと子供の頃に絵本で観た三匹の子豚の話を思い出した。
藁の家と木の家とレンガの家に住んでいる三匹の子豚が狼に襲われるという話。
そのときは子供ごころにもレンガ造りの家にあこがれを感じたものだったが。


熟年の なまはげ優し 籠もり声

秋田県男鹿地方で歳末に行われる行事、数人の青年たちが大きな鬼の仮面を被り蓑を着け、「ウオーウオー」と奇声を上げながら家々の子供を脅したり怠ける者を戒める。
ところが最近は村にも若者の姿が消え、六十代の男たちが青年に変わってなまはげをつとめているのだという。
子供だけではなく、一人暮らしの高齢者の家を訪ねて元気にしているかと声がけをしていくのだという。


たれが来る 柿簾越し 佐渡の海

柿簾とは干し柿が家の軒下に簾のごとく下がっている有様。
ここではそろばんの珠のようにびっしりと同じ大きさの柿が整然と連なっているのだという。
佐渡は干し柿の一大産地である。
干し柿に用いられているのはもちろんおけさ柿である。


焼きたての さよりの包み 開く友

一筋に 皮をめくりて さより食う

さよりは体調三十センチぐらいの細長いさかな。
からだは青緑で銀色にひかる。下あごは長く尖り先端は赤みがかっている。
全国の沿岸で取れ味は淡泊。春先はことにおいしい。


ぼんやりと 冬日ばかり 海の上

久しぶりに御宿町の浜辺をヘルパーさんと歩いた。
穏やかな日和で、波打ち際は風邪も無く、波も静かであった。
薄曇りの中に冬日から弱い日差しが人気の無い浜辺を照らしていた。
「すこし砂浜が広くなったのかしら。」とヘルパーさん、
「砂を少しイレタノカナア。」と私。


寒日照り 砂ふかぶかと らくだ行く

冬期は太平洋側では降雨が少なく空気が乾燥し川が枯れることもある。
これを寒日照りとも冬日照りともいう。


像とはどんな像でも人の見ていない真夜中に

水瓶に 冬日を貯めて らくだ像

王子様と王女様の乗った月の沙漠のらくだ像を久しぶりに触れてみる。
そのときラクダの脇腹辺りに水瓶らしいものを下げていることを発見した。
月の沙漠の歌詞にも「金の鞍には吟の瓶(かめ)、銀の鞍には金の瓶(かめ)」という文句があったことを思い出す。


太鼓橋 鳩群がりて 冬の鯉

浜辺と月の沙漠記念館を結ぶように河口近くに架かっている歩行者専用の橋を亘る。
鳩がずいぶんたくさんこの辺りに群がつてイルのに驚く。
後で聞いた話では記念館で鯉の餌を売っているので観光客が橋の上から鯉にえさをやるらしい。
鳩はそれを横取りしようと待っているとのこと。
冬場は餌が少ないので鳩も期待しているのかもしれない。


午睡して 窓に広がる 冬の海

冬の虹 海に落として 桜貝

勝浦在住の知人が訪ねてきて桜貝の話をして帰った。
朝浜辺に行くと意外と多くの人が桜貝を拾っているのだという。
自分もわりとりっぱな桜貝を拾って周囲のひとから褒められたそうだ。
桜貝は海底二十メートルほどの所に居るのだそうだ。
夜に拾った桜貝を暗室でLEDのスタンドの光に照らしてみたら 色がクラデーションのように少しずつ変化してまるで虹色のようであったという。


冬帽の 河口に落ちて 海に出る

買い物をするのにヘルパーさんと外出したときのこと。
橋の上を通りかかったときに強い北風にあおられてわたしのハンチング帽が飛ばされた。
あっと思ったときにはすでに遅し。同行のヘルパーさんもなすべなく、帽子は川に落ちてしまった。
「まあ、どうしましょう。拾えるかしら。」とヘルパーさん。
「いいです。こうなったらしょうがない。あきらめましょう。」とわたし。
買い物を済ませて再び橋の上を通ったときにはもうハンチング帽は川にはなかった。


マスク越し 笑顔の声と わかりけり

目の不自由なわたしは話相手の声の感じからその相手の表情を想像する。
マスクをしているかどうかは声がくぐもって聞こえるのですぐにわかるがそういう場合でも声の表情から笑顔か不機嫌かどうかを想像したりする。


今川焼き 文庫本ほどの  厚さかな

御宿の雨は 雪にも ナリキレズ

湯豆腐の 壊れやすき物 端に寄せ

雪風の 吹き渡りたる 夜の底

昨日の雪 すみれの鉢を うずめおり

白砂の 冬日 清らに 降り積もる

掌に 花壇の霰 集めけり

ヘルパーさんから聞いた話。
月の初めのある日の朝方にぱらぱらと霰が降って来たことがあった。
あっという間のことですぐに上がってしまった。
寝坊をしていたご主人に「さっき霰が降ったのよ。」と言っても本気にしないので彼女は花壇にまだ残っていた霰を掌に集めて見せてあげたという。


冬草や 手押し車を 押し返す

磯の香の する所まで 初渚

いそのかの するところまで はつなぎさ

冬麗や 冷気を抱きし 海の在る

とうれいや れいきをだきし うみのある

年が明けてから浜辺に出てみた。
暖かな陽射しが浜辺に降り注いでいて、観光客の声が疎らに聞こえていた。
今日は珍しく、波打ち際まで砂の斜面を降りてみた。
足元が湿った砂に変わってきたところまで来ると、ようやく磯の香りがした。


元旦は テレビを着けず 朝の音

がんたんは テレビをつけず あさのおと

平らかに 鏡を浮かべ 春の海

たいらかに かがみをうかべ はるのうみ

正月のよく晴れた日の午後海辺へ出てみると海はとてもないでいた。
新春の光を受けて視力の乏しい私には少し沖の辺に一枚の大きな鏡を浮かべたように海が光って見えた。


波枕 布団の中の 大魚かな

波枕とは枕元で波の音を聞いている様子をいう。
穏やかな 元旦の朝、波を枕に 聞きながら うとうとしていると、布団の中で寝がえりをうっている自分がさかなのように思えてくる。


ヒヤシンス 雪洞みたいに 咲いている

鉢水の 氷のふたを 放り投げ

山海に 空の書き初め 虹架る

1月15日に勝浦市で行われたアンネット一恵さんのコンサートに行った帰りのこと、その日は朝から強い雨風が吹いていた日だったが、夕方の帰りの時刻には空が明るくなってお天気雨のような感じになっていた。
車で小高い丘を下りてきたとき山から海にかけて大きな虹が架かっていた。
「こんなにはっきりした虹は見たことがない 紫色まではっきりと見える」と行って車を止めてみながカメラを向けていた。


カナダから  友は忘れず 初電話

毎年元旦に電話をくれる人がいる。
千葉盲学校で鍼灸マッサージをいっしょに学んだ友人である。
彼はカンボジアの出身で眼病の治療のため来日中に母国であの悲惨なポルポト革命が起こり、難民となった。
しかしこの機械に技術を身につけたいと千葉盲学校に入学して来たのだった。
後にカナダに移民して、マッサージの治療院を開いて成功したのだが、カナダに渡った後も毎年元旦になると電話をくれるのだった。


獅子舞三句  御宿町 春日神社にて

石段を やっと上りて  獅子の舞

神社の長い石段を上りきった所に獅子舞の獅子がいた。
外国人らしい観光客はカメラでさかんに写真を撮っていた。

獅子舞に 泣き出す吾子も 帰らずに

コート被り まねをする子や 獅子の舞

幼子が母親のコートの裾から頭を入れて 獅子舞のまねをしているのはかわいい風景である。


寒風や 工事人夫の 橋の下

この季節 川は北風の通り道になっていると見えて橋の上には容赦ない寒風が吹きすさぶ。
買い物に行こうと町に向かう河口近くの橋を渡っていると橋の下から物音が聞こえて来た。
なんだろうとヘルパーさんと様子をうかがうと、橋の補強工事でもしているのか、工事人夫が数人。足下を水につかりながらの作業であった。


寒風に 背を預け降り 屋根大工

北から吹く烈風の中で、屋根を修理しているコンコンという音が辺りに響いている。
強い 寒風に負けまいと、風に抗して背背筋を伸ばして仕事をしている大工の姿が浮かんできた。


大寒に ウオークラリーの 人らしき

北風が真一文字に吹き付けてくるような日だった。
海岸から国道に向かう川沿いの歩道を軽い旅装の中高年のグループとすれ違う。
「すみませんね」と男女の声。
歩道の端に避けて彼らをやり過ごす。
もう少し穏やかな日であればよかったのにと思いながら。


薄氷の 朝に旅立ち 書店員

いつも本やCDなどを買う町の書店。
いつしか註文はメールでするようになり、その担当をしてくれた若い男性が先日職場を去ることになった旨をメールで知らせてきた。
引き継ぎはできているのでこれからもメールで註文してくださいとのこと。書店の経営についてうわさは聞いていたが、身近に感じていた人が職場を去るとは想像もしていなかったので何か不意を打たれたような気がした。そしてこれからの彼の行く末のことを思った。


赤花は ボタンの堅さ  じんちょうげ

まだ一月だというのに赤花じんちょうげの花が咲いている。
指で触れるとしっかりと枝先に貼り付いて、かたい感触が伝わってくる。


笹餅や 笹の着物を ほどきおり

笹餅や 笹の着物を 散らかして

線香の 風の匂いや 寒の月

寒月の夜であった。雨戸を閉めようとして窓を開けたとき風が入ってきた。
それが線香の匂いをした風であった。
今夜近隣に線香を焚いている家があったのだろうかと思った。


みか月の 冬の街灯 寝間に差す

汽車の音 遠くに聞こゆ 春隣

ラジオから 日の出の時刻 春隣

春一日 風がページを めくるよう

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