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ご機嫌な味(@新潟競馬場のクレープ)

新潟競馬場へのバスが、なかなかやってこない。

アナウンスのお兄さんが、ボソボソと説明する。事故渋滞に巻き込まれているらしい。ビルであたり一帯が日陰になっているバス停付近。風も強くなってきた。さっきまで街歩きをして汗をかいた身としては、少々肌寒い。
ここまでの旅は順調そのものだった。昨晩は美味しいソースカツどんを食べ、今朝は洒落た喫茶店でコーヒーを飲み、街歩きでは麹のお店で冷たい甘酒を買った。実に美味しいモノとの出会いが続いている。
まあ、旅をしていればこういうこともあるさ。

「おお~い、なんだよ~、どうなっているんだよ~!」

僕の隣に、お爺さんがいた。よく競馬場で見かける、態度の悪いお爺さんだ。出来る限り、そういう人には近寄らないようにしているのだが、今は同じバスを待つ者同士である。
そんな爺さんは、バスが遅れれば遅れるほど、声色が大きくなっていった。内容も「金を返せ」だったり「こんなことならタクシーで行ったほうがマシ」だったり……。まったく、不可抗力なんだから少しは我慢して欲しい。

「なあ、兄ちゃん。この中のどれが良いと思う?」

出来る限り目線を合せないようにしていたが、遂に僕にも牙を向けてきた。来ないものを相手にするのも飽きたのだろう。

「俺はなァ、外国人騎手を買えば良いと思うんだ」

目と、歯の抜け具合が目立つ口元は、少し柔らかくなっていた。さっきまでうるさかった人間とは思えないくらい。

「だからなァ、このルメールのヤツが一番だと思うんだァ」

僕はまだ、オークスで何を買うかを決めていなかった。でも、この時点でひとつ心は固まった。彼のような不機嫌な人間が打つ本命には、乗ってはならない、と。

   ◆

新幹線の1階席というのも、なかなか不思議なアングルである。そんな少し低めの風景を車窓を眺めながら、僕は思いに更けていた。

新潟競馬場は馬との距離が近かった。大きな直線コースがある一方で、スタンドはコンパクト。直線1000メートルのレースならば、馬たちが外枠沿いを走るので、ますます「近さ」を感じることができる。良い写真がたくさん撮影できた……。

が、馬券はさっぱりだった。単勝が少しだけ当たったのみで、大幅なマイナス。
そして、最大の痛恨事が遠く離れた東京で行われたオークスだった。ロードカナロア産駒ならば、距離は持たないだろう。そういう算段だったのだが……。
それ以上に頭をよぎるコト。あの爺さんは、アーモンドアイを本命にしていた。相手も順当だから、何かしらの馬券を当てているのかなあ……。

思えば、あの爺さんに逢ってから、旅のバイオリズムが暗転した。馬券が外れただけではない。この日の競馬場では「餃子フェス」なるものが行われており、僕も1パック買った。だが、タレの入った小袋を切るのに失敗し、餃子がぐしょぐしょになってしまった。ああ、せっかく「競馬場で食を楽しむ」という原稿を考えていたのに、これでは文学にならない……。
そして、夕飯となる駅弁を買い損ねた。お土産で悩み時間を使ってしまったこと、そして、夕飯代をケチって悩んでいるうちに、どの売店でも買えなかったこと。慌てて買ったサンドイッチがあるが、これだけでは腹が減る。なにしろ、昼飯を食べた気がしないのだから。

自分の不幸を、他人のせいにしてはならない。
でも、何だかなあ……。

空腹をどうしのぐか。とりあえず、本を読もう。本を読んで、眠くなって、あっという間に東京に着く。その作戦でいこう。
ごそごそとカバンの中をさぐる。
んっ?
この紙袋なんだっけ?

小さな洋風の紙袋が入っていた。
そうだった、そうだった。競馬場の帰りにクレープを買ったんだ!


小銭ばかりが貯まった財布に嫌気が差して、たまたま目に入ったクレープ屋。「MURAKYO」というところらしい。ガラスケースの中に入っていたのは、一般的なものとは異なっていた。生地にスポンジケーキとクリームを挟み、四角く折りたたまれたクレープ。なるほど、掴んでも手を汚さずに食べられる優れものだ。フレーバーはブルーベリーにした。
本当はこの四角いクレープを、家に帰ったらもう一度冷やして、風呂上りにでも食べようと思っていた。しかし、もう背に腹は代えられない。目の前の空腹から逃れることが先決だ。

それにしても、クレープを食べるのは何年ぶりだろうか。
生クリーム党の僕にとって、クレープはそれを最大限に活かせる優れた料理だと思っている。
でも、クレープほど専門店で買いにくいデザートはない。特に、もう30歳になる人間が女子高生やら女子大生に混じって買うのは勇気がいる。別にコンビニやスーパーでまがい物を買っても良いのだが、それが必ずしも満足をもたらすものだとは……。

いや、このクレープは本物だ。クリームはミルクの風味がたっぷりで、生地との相性も抜群。大満足である!
こういう美味しいスイーツが、まさか競馬場で買えるだなんて。もっと早く気がつけば良かったなあ…。

人の気分だなんて、身勝手な出来事で簡単に揺らいでしまうもの。故に、自分の外側にある事象に振り回されてはいけない。でも、散々振り回された後にクレープを食べている僕はとてもご機嫌なのだから、たまにはそういう日があっても良いと思うのだった

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