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千代田町唯一の宿は"寺泊"。高評価を生み出すZENSŌ「角度」の妙

年間180日までしか営業できない”民泊”でありながら、Google・Airbnb・Booking.comの合計レビュー数44(2024年1月21日現在)、星平均5.0,5.0,9.9という評価で最高の初年度を飾ったTEMPLESTAY ZENSŌ。

この宿、なんと宿泊施設が0件だった町にオープンしたお寺の敷地にある施設だというから驚きです。一体この好評の《寺泊》は、どのような視点で運営されているのでしょうか。今回のLOCAL+EYESでは、群馬県千代田町宝林寺(ほうりんじ)副住職の特徴的な視点に迫ります。

寺院での宿泊体験の魅力を引き出す《角度》とはーー。


【Hotel&Guest Profile】
TEMPLE STAY ZENSŌ

群馬県邑楽郡千代田町で約700年続くお寺・黄檗宗眞福山宝林寺の離れを改装した一棟貸しの《寺泊》。2023年1月開業。現代人が余白を楽しむための令和版宿坊(寺泊)として、田舎でのゆったりとした時間と坐禅などの豊かな寺体験を提供する。
https://zenso.horinji.or.jp/

海野 峻宏 (うみの しゅんこう) 
宝林寺副住職。寺泊事業の責任者を務める一方、株式会社GLOCALにて一棟貸しゲストハウス等の宿泊施設運営支援を行い、全国の宿泊施設の立ち上げにも携わる。大学時代から団体を自ら立ち上げ、複数のITベンチャーで経験を積んできたという起業家肌の持ち主。




寺泊・ZENSŌのバランス感覚

禅宗のお寺である宝林寺の境内に、TEMPLESTAY ZENSŌはある。若き副住職がリノベーションから運営まで全てを手がけたこの宿は、1年目にして旅慣れた国内外のゲストから高い評価を受けている。

「お寺の宿泊施設は《宿坊》と呼ぶのが一般的ですが、あえてZENSŌでは《寺泊》という言葉を使っています。これは、修行のイメージが強い宿坊を、観光・宿泊という参加しやすいイメージにしたいという意図があってのことです。」

▲一見すると、お寺よりもゲストハウスのイメージが感じるZENSŌ室内。

親しみやすいが、浮ついた様子を感じさせない洗練された佇まい。それとよく似た落ち着きのある声で、峻宏さんは説明する。

ZENSOはお寺の離れを活用したゲストハウス。大きな特徴は、バーベキューや窯焼きピザも楽しめる施設でありながら、朝のお勤め・坐禅・写経といったお寺体験にも参加できること。それらはすべて任意であり、どのように過ごすかはゲストが自由に選ぶことができるのだという。

お寺に泊まるからといって、ゲストも必ずしも濃密なお寺体験を求めているわけではない。峻宏さんは、ゲストの求めるお寺要素の濃淡を《グラデーション》と表現する。ZENSŌではこれまでの宿坊よりも薄めたところからお寺を体感できる宿泊スタイルを用意したわけだ。

だが、それは「お寺のハードルを下げた」のではないのだという。

「お寺や神社のような厳かな空間の中において、あるべき敷居は必要です。厳かさは敷居と比例関係にあるので、単純にハードルを低くすれば厳かさも失われてしまう。でも、それはちょっと違いますよね。だから、きちんとお寺が担うべき空間の作り方を残さなくてはならないんです。」

▲その趣にはお寺の厳かさが確かにあることに気づく。

確かに、お寺の枠から明らかにはみ出たようなゲストハウスなら、わざわざお寺に隣接した施設を選ぶ意味はない。《寺泊》が魅力として働くには、お寺の静謐で凜とした空気感が保たれていなくてはならないということか。

だからこそ、そのバランスと檀家寺であるというお寺の本分を見失わないように、峻宏さんは細心の注意を払っているという。

この《寺泊》とそれを支える平衡感覚に、峻宏さんはどのように辿り着いたのだろうか。

「お寺×〇〇」の模索で得た転換

▲峻宏さんが生まれ育った宝林寺境内。

峻宏さんは少年時代、TVドラマに出てくるビジネススーツのサラリーマンに憧れていたのだそうだ。真面目だが新しいことが好きで、家業には気持ちが向かなかった。

「当時は千代田町についても無関心でした。華やかな観光要素がない地域だったので、知るきっかけもなくて。観光がなくても町が成り立つのは、産業や町の基盤がしっかりしているからなんですが、子どもの頃はさすがに気づけなかったですね(笑)」

そのまま都内の大学に進学し、経済・経営を学びながら複数の学生団体立ち上げに関わるなど精力的に活動したが、一転、大学四年目を前にして一年間休学、僧侶になる修行に出る。いずれ家業を継いで住職になることを決意してのことだった。

「お坊さんを志すきっかけは東日本大震災でした。どなたかわからない多数の遺体が瓦礫の下にある被災地で、一人供養して回る禅宗のお坊さんの存在をニューヨークタイムズの記事で知ったんです。」

その姿に衝撃を受け、禅寺に生まれた自分自身もそういう存在になれるバックグラウンドを持っていることを自覚したのだという。自身のルーツと職業への強い意欲が芽生えたが、性分として一つの物事を突き詰めるのが得意ではないという自覚もあった。そこで、供養だけではない僧侶・お寺の形の模索が始まる。

「お寺と何をかけ算できるだろうと、ずっと考えていました。僕が千代田町に戻って住職を務めるころは、日本は未曾有の人口減少に見舞われてしまう。そのときを暗い時代にしないためにも、自分で何か新しいことをしなくちゃいけないと考えたんです。」

それからかけ算になるものを探して、新卒からベンチャー企業を渡り歩く。そして、辿り着いたのが《宿泊》だった。

全国に寺院関係者ネットワークを持つ(株)よりそう在籍時に『住宅宿泊事業新法(いわゆる民泊新法)』が公布され、お寺との宿泊事業プロジェクトが立ち上がる。ここでプロジェクトリーダーを務めた峻宏さんは、次いで(株)シェアウイングの『TEMPLE HOTEL』立ち上げ・開業支援を手がけていく。こうした中で、徐々に《お寺×宿泊》の可能性への自信は深まっていった。

「《お寺離れ》というネガティブな言葉をよく耳にしますが、決して心まで離れているわけではないと思うんです。坐禅などに興味がある人だって本当は多いのだけど、どうしても身構えてしまって、体験までは踏み出せないだけ。でも、《宿泊》は、そういった構え自体を取り払うきっかけになるんです。」

宿泊という入り口のもたらす意識の変化について、峻宏さんは続ける。

「不思議なことに《宿泊する》という導線から入ってお寺を見ると、《体験施設の一つ》としてフラットに見てもらえるようになる。『面白そうな空間だし、坐禅も興味あったから泊まってみようか』に変わるんです。」

「お寺に行って坐禅しよう」だと身構えてしまうが、「泊まりに行くのは坐禅もできるお寺にしよう」なら構えが解かれる。このちょっとした順序に、大きな違いが生まれる。

お寺を目指して正面から入ろうとすると、意識の中に大きな門や階段がイメージを想起させ、「ここは神聖な場所だ」という意識を先立たせる。だが、目的と角度を変えて「宿泊する場所を探す」という道の中にお寺への入り口をつなぐと、その先入観が生じない。

敷居は下げず、強い緊張も生まない絶好の道筋が、そこにあった。

民泊は制約か、かけ算か

所属を(株)GLOCALに移し、古民家再生やゲストハウスの運営支援などお寺以外の業態も経験してノウハウを蓄積したところで、とうとう峻宏さんは地元である千代田町の宝林寺での宿開業を決意する。それは寺と地域伝統文化の承継問題の解決案でもあった。

「宝林寺は地域の檀家寺、お墓を持つ檀家さんや地域の方のお布施や寄付で成り立っています。住職1.3人分の業務がありますが、2人分の人件費を捻出する余裕はありません。だからといって住職1人で回していては、世代交代のバトンが渡せません。すると、いずれどこかでお寺が受け継いできた文化が途切れてしまう。これは日本全国のお寺が直面している課題でもあるんです。」

ならば、副住職として檀家寺業務を住職と共に行いつつ、自ら担う新たな事業として寺泊業務を生み出そう。そうすれば二代の僧侶間で徐々に地域文化の承継を遂げ、新たな価値創造も行えるのではーー。それが、峻宏さんの描いた絵図だ。

宿泊事業を行うには、業態として「旅館」と「民泊」どちらにするかが大きな分かれ道になる。民泊は年間の営業日数が180日までという大きな制約があるので、当初は旅館での開業を考えていたという。しかし、ここで壁が立ちはだかる。

「宝林寺のある地域は《市街化調整区域》で、開発行為ができなかったんです。県から特別の許可を得られればと、観光庁の城泊・寺泊専門家派遣事業に応募して採択まではこぎつけましたが、結果として開発許可はおりませんでした。」

この時点で、ZENSŌの業態は「民泊」一択となった。しかし、この観光庁を巻き込んだ動きが、個人と一つのお寺だけの話を大きく広げていくきっかけとなる。

観光庁と専門家が町を訪問したことが町議会の広報誌にも載り、「宝林寺の息子が面白いことをやろうとしている」と観光強化に意欲的だった町の人達との連携が進みはじめたのだ。

「実は、千代田町はふるさと納税が県内第1位なんです。この知名度を活かしたいと、町はこれまで地域になかった観光に力を入れはじめていました。しかし、宿泊施設がないことで経済効果は限定的になってしまっていて。そこに私の動きがピタッとハマったみたいです。」

それから2023年1月までスムーズに開業を迎えることができたのは町の方々のおかげだと、峻宏さんは微笑む。

▲最寄り駅の東武鉄道小泉線−東小泉駅。

「この町はまだ観光要素がほとんどないので、この宿を目的地にしたお客様以外はいらっしゃらないんです。だから、数字とシビアに向き合い過ぎると精神的にはかなり苦しくなっていたと思います。その点、《お寺という本業があった上での事業》と位置づけていたことで、心の余裕を保てていた部分もありました。」

観光と宿泊を町に生み出す起点となるには、《体験価値にもなる本業を持つ民泊》が結果的に最適解だったのかもしれない。

偶発的な豊かさを生む「角度」

開業から1年を経て、TEMPLE STAY ZENŌのレビューには絶賛の声がずらりと並んだ。バーベキューや窯焼きピザというリフレッシュ体験と、お勤め・坐禅・写経という仏教体験の両方を堪能できたことにバリューを感じたという声も多い。後者の体験は、子どもでも楽しめているという感想もある。

峻宏さんは、さらにここから宿泊客と町民の間に寺泊ならではの新たなかけ算が生まれていくことが楽しみで仕方ないという。

▲宝林寺での朝のお勤め。

「これまで手がけた寺泊では、ゲストのお勤め参加でそれまで起こり得なかった《地域も年代も異なる方々が混じり合う空間》が出来上がっていきました。そこでは、ご年配の檀家さんが『これが教本だよ』とゲストのお子さんに手渡すなどの自然なコミュニケーションが発生するようになっていったんです。」

宿泊者とお墓参りに来た地域の方がすれ違って「こんにちは」という挨拶を交わす。そんな何気ない偶発的な個の交流がローカル体験の深みを増し、ゲストと町民双方の幸福度も高めていく。

「田舎に来たなら、地元の方が行く食堂でご飯を食べてみたい人は多いと思います。でも、『自分で調べて飛び込むまでは・・・』とためらいますよね。それが『お昼どこ行くの?いい店が近くにあるよ』という檀家さんの声がけであっさり実現してしまう。そうしたことがこのZENSŌでも、きっと起きてきます。」

峻宏さんは幸せな偶然、いわゆるセレンディピティが起きやすい空間づくりを大切にしている。

意図的に交流を起こさせようと互いを正対させるのではなく、あくまで接点・交流が生まれやすい空間を整える。これによって双方が望むような出来事が自然と起こるよう、お互いの向く《角度》が少しずつ変わる。ここが肝要だという。

こうした峻宏さんの《角度》に対する感性は、予約・清掃・ゲスト対応まで一人でこなす運営面にも鋭く働いている。

「もちろん経営や合理性を考えると、清掃を誰かにお願いするなどした方がいいとは思います。でも、いきなり任せてしまうより、まず自分で全ての業務を回した上で、『思ったよりお客さんが来てくれるので手伝ってもらえませんか』とお願いする方が地域の方もストーリーとして受けとめやすいと思うんです。」

副住職が一貫して対応することで、ゲストにはホスピタリティとクオリティを感じてもらえるし、地域にも本業と兼務で業務を回す姿も見てもらえる。さらに、そこで得られたゲストや地元の人からの明るい声が励みとなり、悲しみに立ち合う僧侶としての仕事を支えてもいるのだという。

寺泊の点から、千代田町の面に

峻宏さんは常に《角度》を意識したストーリー・空間づくりを行い、今まさに千代田町宝林寺に自然なかけ算を生みだしつつある。しかし、ZENSŌは開業一年の一棟貸しの宿で、まだ千代田町にとっても「点」に過ぎないという。

では、今後はどのような展開を考えているのか。インタビューの終わりに尋ねると、どこか弾んだ声で答えが返ってきた。

「変わらないところと進化していくところ、双方をうまく出していく必要がありますよね。数年おきに一度、また訪れたくなるように。そのためにも、今後はより濃いお寺体験を用意していく必要も感じています。連泊して地域にも足を運んでもらえるようなコンテンツも作っていきたい。今回作った点を、面にしていきたいんです。」

▲利根川の「水上県道」を渡る赤岩渡船。こうした観光資源と、どうつながっていくか。

そのためには、副住職一人の絶妙な塩梅で成り立つ現在の形も、変えていかなければならない。だが、清掃は宿泊の要だと考え、接遇・デザインなどの細部へのこだわりも強い。この点に課題はあるという。

「これから何を手放して、地域の方にどのようにお任せしていくのか。それが今後一つの壁になることは間違いないと思います。大切なポイントを伝え、細かいところに茶々をいれずに・・・・・・。」

一瞬想像して、峻宏さんは笑う。寺泊という起点から、明るい話題を地域に作っていくことを心から楽しんでいるようだ。

「世の中いろいろなお坊さんがいますが、自分は《江戸時代のお坊さん》のようになりたいと思っています。地域の人の声を聞いて川に橋をかけたり、地域で旗を振る課題解決のプロデューサーのような。そんなことをしているとき、すごく楽しいと思える自分がいるんです。」

カッコイイ人とは、人生を楽しんでいる人。その姿が人を惹きつけ、伝播していく。それは僧侶であっても同じこと。

家業の寺院に観光のスポットライトを当て、次は生活が息づく地域の最も輝く角度も探る峻宏さん。ZENSŌと千代田町の今後から、目が離せない。

《取材・執筆:北原泰幸》


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