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話下手だった私が「上司と対等に話したい」を理由にアナウンススクールに通った話

私は上司が苦手だった。

これは、私が社会人になって3年目、食品商社の人事部に所属していた頃の話。直属の上司は40代男性で、仕事は速いけど神経質で高圧的、早口で理屈っぽく、常に笑顔だけど眼の奥が冷たい。数時間に一度は喫煙室にこもっているから、全身にタバコの匂いが染みついていた。

上司と話すとき、いつも私の顔はこわばった。「あなたの考えていることを話してみてよ」と言われても、頭がフリーズして真っ白になる。何も考えられない。

なぜこんな状態になってしまうのか、自覚していた。上司が苦手という気持ちだけが原因じゃない。私は仕事ができない自分に自信がないのだ。

当時の私は仕事でミスを連発し、異動をくり返していた。自信のなさから、高圧的に話されると萎縮してしまう。もちろん上司から褒められたことなんて一度もない。この状況を変えたいと強く願いつつも、自分を変える方法はまったくわからなかった。

そんな鬱々とした日々を過ごしていたとき、ポストに投函されていたチラシの文字に目が止まる。

「アナウンススクール受講者募集中!」

私は高校生のとき、放送部に入っていた。あの頃は堂々と声を出して、周りの人たちに褒められていたっけ。それに比べて今は、上司の前で声を出すことすら怯えている。アナウンスの力を磨いたら、上司と対等に話せるようになるのでは……?(振り返ると思考が飛躍していて苦笑いしかないが) 気が付くと、チラシに掲載されていた電話番号に連絡をしていた。

2週間後、アナウンススクールの初回が始まった。講師は元アナウンサーの60代男性で、マンションの個室にて1対1で指導を受ける。聞けば、他の受講者はアナウンサーやラジオDJ志望らしい。私もそんな仕事に興味がないとは言いきれないけど、「堂々と発言できる自分になる」が達成できれば十分だった。

先生は「まずは基礎からね」と、あいうえおの正しい口の形を教えてくれた。アナウンス特有の読み下し法や余韻の残し方のほか、日本語をきれいに発音する技術も学ぶ。「いい声してるねぇ」と先生に褒められると、私は話すことに少し自信が湧いてくる気がした。

そして、話すことに少しずつ慣れた2カ月後、新しい課題が出された。「外に出て、現場レポートをしてみましょう」と先生。それを聞いて逃げ出したくなったけど、ここで逃げたら自分の成長はない。ショッピングセンター街にてマイクを手に持つ。

「はいこちら現場です。えと…今日の天気はすっかり秋模様で、道行く人はコートを着て…あ、防寒対策バッチリですね…」終始たどたどしく、自分でも何を喋ってるか分からなかったし下手くそだったけど、とにかくやり切った。その瞬間、頭の中でパチンと光が走った気がした。なーんだ、やってみればできるんだなぁって。

そこからは、不思議なくらい話すことに抵抗がなくなった。自信がついたら、自分がなぜ上司と対等に話せないのか考えるようになり、「論理的に伝えるには型がある」と気づく。なーんだ、型をマスターすればいいのか。市販のロジカルシンキング本を購入し、一人でブツブツ口に出して話す練習をしてみる。型をマスターすることで、何をどんな順番で伝えれば良いのか理解できた。

話すことに自信を持ち、論理的に伝える型を知る――これだけで私の人生は大きく変化した。あいかわらず私の話し方はたどたどしかったけど、上司は頑張るその姿勢を認めてくれたように感じた。結局、最後まで褒められたことは一度もなかったけど、私が人事部を異動するときの送別会、上司は酔った勢いなのか帰り道に「新しい部署でも頑張ってね」と目も合わせずにつぶやいた。

現在の私は、毎日何らかの形で話す発信活動をしている。2023年11月から100日間のインスタライブに挑戦中だし、Xのスペースでは対談企画を累計15回以上開催した。過去の話ベタな私なら信じられないようなことを、息をするように当たり前のこととしてこなしている。

もしかすると今の私があるのは、苦手な上司と対等に話したいという強い気持ちがあったからかもしれない。当時は自分が無能すぎて暗い穴にいる感覚だったけど、ネガティブな状況から脱したいとパワーを発揮したからこそ今がある。私に気づきを与えてくれた上司に心から感謝したい。

【おわりに】
このエッセイは「ストーリーカレッジ」の課題として書きました。正直自分の過去を振り返るのは苦手です。情けない不甲斐ない自分を思い出すと、穴があったら入りたいほど恥ずかしい気持ちになるから……。

それでも過去のわたしと同じような状況にある人にとっては、少しでも気づきがあるんじゃないかなと思い、勇気を出して公開しました。

少しでも「役に立ったよ」「気づきがあったよ」と感じた方は、スキを押していただけると嬉しいです。

渡辺まりこ


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