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元帰宅部の私が関学サッカー部のマネージャーをして得たもの

「毎年100万円以上の学費を払ってこの学校で学ばせていただいているのだが、この組織で学ぶことは、それ以上の価値があることだと思っている。」

この言葉は2年前ご卒業された先輩が2020年5月に投稿された部員ブログの一節で、この言葉が私が大学サッカーに飛び込んだきっかけでもあり、原点です。

大学1年生の春、コロナ禍により、大学入学前に描いていた理想の大学生活が奪われた中で偶然Twitterで流れてきた関学サッカー部の部員ブログ。

元々高校時代、帰宅部だった私は、スポーツがあまり得意ではありませんでした。中学時代、バスケットボール部に所属していたものの、本気でやり切ることができず体育会どころかスポーツを避ける自分がいました。けれど、何故かあの時流れてきた部員ブログが気になって、読んでみようと開いてみると、そこで出会ったのが冒頭の一節でした。
高校時代の経験を経て、【いい環境に出会えれば、大きく成長することができる】ということを学んだ私は「学費よりも価値がある環境って、どんな環境なんだろう?」とワクワクし、気づけばサッカー部のHPから体験希望の申し込みをしていました。

コロナの影響もあり、私達の代は一般入部生と学生スタッフは8月入部でのスタートとなりました。
実際に体験を通し、この組織に飛び込んでみたい気持ちが膨らむ反面、両親からは「部活には入るな」と言われていたことや、これまで本気でスポーツに打ち込んだことのない自分が日本一を目指す組織で4年間続けられるか、生半可な気持ちでは入部できないことをわかっていたからこそ勇気のいる決断でした。後に同期となるマネージャー、大学や高校の友人、他大学のサッカー部に所属する先輩など多くの人に相談し、4年間全力を尽くす覚悟で関学サッカー部の門を叩きました。

入部当初、まず最初にぶつかった壁は「サッカーのルールをしらない」ことでした。
これまで体育の授業などで本格的にサッカーを学んでこなかったので、ポジションどころかサッカーを11人で行うことすら知りませんでした。そんな私に対して当時3回生だったコンダクター(学生コーチ)の先輩が、一からボードを使いサッカーの基礎を教えてくださいました。

△実際に教えていただいた時のボード


ルールもわからないのに「なぜサッカー部に入ろうと思ったの?」とよく聞かれましたが、はじめは“サッカー”というより、「関学サッカー部」という組織に惹かれた、というのが正しい気がします。正直、サッカーのルールを知らなくてもマネージャーはできます。けれど、ルールを知ることで皆のサッカーをより好きになれるだけでなく、皆と喜び合えるなどといった共感の幅が広がることをこの4年で実感しました。まだまだ皆程サッカーについて詳しくはないけれど、それでもサッカーというスポーツの面白さに気づけたこと、好きになれたのは紛れもなく本気でサッカーに向き合い、取り組んできた皆のおかげです。

1年目。コロナ禍での8月スタートとなり、C2チームに帯同することになりました。1つのカテゴリーを更に4つのチームにわけて練習を行い、右も左も分からない私に優しく声をかけてくれた先輩方に救われながらとにかくはやく仕事を覚えなければ、と必死でした。

2020シーズンC2チーム



2年目。初めて固定でカテゴリー帯同をすることになったC1。報連相やスタッフ間の連携の大切さを学びながら、一チームメイトとして、スタッフとしてあるべき軸や姿を模索し続けた年でした。

2021シーズンC1チーム



3年目。「passion」溢れた個性豊かなメンバーが揃ったB。4回生のために、と自分じゃない誰かのために闘う原動力の凄さを実感しました。関西制覇をはじめ多くの貴重な経験をさせてもらった年。

2022シーズンBチーム



4年目。半年間Dマネージャー1人体制でのチーム帯同。学生主体のチームだからこそぶつかる壁や問題もあって決して楽しいことばかりではなかったけれど、約40人の選手と4人の学生スタッフに支えられながら最後までやりきることができました。ありがとう。

2023シーズンDチーム




勿論、楽しい瞬間、涙が出るほど嬉しい瞬間もあったけれど、正直楽しいことばかりではなくて、何度も何度も心が折れかけたことがありました。遠征の度に目が腫れるほど泣いたこともありました。それでも本気で辞めたいと思うことはなくて、それはサッカーに本気で打ち込む皆の姿が目の前にあったから、私も頑張らなければならないと奮い立たせてくれました。

マネージャーになった当初の目標として、「選手の皆が一分一秒でもサッカーに集中できるようサポートする」と掲げました。

ボールがコートから出れば走って取りに行き、ボトルの水がなくなれば満タンになるまで継ぎ足し、「○○とってきて」といわれればすぐに持っていき、選手が求めていることに直様対応できるようなマネージャーが求められているのかな、と考えていました。しかし、実際は違うものでした。

関学サッカー部は日本一の目標を掲げている中で、サッカー面の「技術力向上」だけでなく、「人間的成長」も求められている組織でした。

ただ言われた通りに動くのではなく、「あえてマネージャーがやるところ」と「選手にやらせなければならないところ」の判断軸を持つことが必要でした。1から10までマネージャーが気付き、やってまえば選手は楽になるけれど、気づけるものも気付けなくなってしまいます。よかれと思いやってしまっていることが返って選手の為になっていなければ意味がなく、日本一をとった時、応援してくれる方々が心からこの組織を、この組織の皆を応援してよかったと思ってもらえるように、結果面の日本一だけでなく組織面の日本一にスタッフとしてアプローチしようと考え取り組んできました。

だからこそ、ラストイヤーの目標は「選手の皆が引退し、皆からサッカーを引いても応援される人になるよう、選手の自主性を促す」こと、「私がマネージャーでよかった」と思ってもらえるように全力でサポートする、この2つを掲げ取り組んできました。

全然うまくいかないことも多くて、もしかしたら頼りないマネージャーだったかもしれないけど、「みゆさんがDのマネージャーでよかったです」(冗談か本気かわからないけれど私は素直に受け取りますありがとう)、といってくれた選手達の言葉に最後まで頑張って良かったと思えました。

生意気だけど、かわいくて仕方ない後輩達の存在にも沢山支えられました。ありがとう。

そして、同期は自分の中で大きな支えでした。最後まで「最後までみゆと同じカテゴリーでやりたかった」といってくれた同期、文句一つ言わずいつもありがとうといってくれた同期、時にはぶつかったけどチームや私のことを思っていってくれた同期、他カテゴリーになっても変わらず仲良くしてくれる同期、、言い出したらキリがないけれど、一人一人が個性豊かで、サッカーを本気で愛する皆と4年間一緒に活動できて幸せでした。4年間本当にありがとう。

また、関学サッカー部の皆だけでなく、大学サッカーを通じた方々との出会いはかけがえのないものになりました。

他大学のサッカー部の選手やスタッフと熱すぎるくらい語り合ったり、高校の友人に遠征先や試合会場で再会できたり、どんな場所でも応援に来てくださる方から力をもったり、サッカー部に入らなかったら出会えなかった人たちとの出会いで更に大学サッカーを好きになることができました。ありがとうございました。

最後に。
高校時代帰宅部でサッカーのルールすらまともにわからなかった私が4年間体育会サッカー部のマネージャーとして所属し、得たものは数えきれない程ありますが、特にあげるとすると、「なにかに本気で取り組むことの価値」と「仲間の大切さ」の2つです。
「なにかに本気で取り組むことの価値」について、もはや生活の一部と化するほどサッカーを愛し、サッカーに取り組む皆を傍でサポートした結果、本気で取り組んだ先にしか見えないものがあると思いました。なあなあでやっていたら見えなかった景色、感情など、何にも変え難い貴重な経験をさせてくれてありがとう。
次に、「仲間の大切さ」です。辛い時、苦しい時声をかけてくれて、励ましてくれた仲間がいました。4年間続けられたのも、絶対に1人では無理でした。どんなカテゴリー下においても腐らず本気で、全力でサッカーをする皆の姿が1番の原動力でした。

最後に。日本一になる姿を、これからは一OBとして応援しています。大学という自由な時間がある中であえてサッカー部に飛び込む選択をして本当によかったです。改めて4年間本当にありがとうございました。

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