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みんな、自分が見たいものを見て、信じたいものを信じて生きている/『怪物』

 めちゃくちゃ泣いた。開始10分ぐらいで既に泣いてたけど、物語の全体像が見えてくるにつれ、涙が引っ込んだり引っ込まなかったりと忙しかった。
 色んな人の感想や考察を見ていたらラストの解釈が全然違くてびっくりしたし、せめてもう一回は観ないと色々取りこぼしがあるだろうけど、ひとまずの私の初見の感想というか覚え書き。

 ほぼ事前情報を入れずに、予告からホラーやサスペンスものかもと覚悟して見ていた分、ラストはいい意味で希望のある終わり方だった。私はラストシーン、二人は生きていると信じてるので…。
 サイレンの音やただならぬ様子で外に出る教職員?の描写もあったので一瞬その可能性も考えたけれど、私はやっぱり生きてると思ったな。だってそんなラストはあまりにも救いがなさすぎるので…。

 ドッキリ系の演出がなかったので安心して見れたけど、絶えず不安と緊張感はあったので、余計にラストのカタルシスがすごかった。

 みんな悪意はなく、だけど色んなことが重なり追い詰められて、ほんのいっとき、ほんの少しだけ魔が差したり、攻撃的になったり、保身に走ったり、嘘をついたり、相手を傷付ける言葉を口にしてしまったり、激情に駆られたりして、それが致命的な何かにつながってしまう。後に引けなくなってしまう。

 誰もが怪物で、誰もが怪物じゃなくて、でも何もかもを知る万能の神や聖人君子にはなれないので、本当に難しいなと思う。

 みんな、自分が見たいものを見て、信じたいものを信じて生きているし、いつもは気にも留めなかった噂がある日何かを切っ掛けにして起爆剤となり、自分の中ではただの点と点同士だったはずのものを結びつけてしまう。
 「そうであって欲しい」という無意識の願望を重ねながら、見出した「何か」に、真実を見つけたような気分になってしまうのかも。良い意味でも、悪い意味でも。

 むしろ、そういうものを信じやすいんだろうなとも思う。確証バイアスみたいなやつ。特に心が不安定な時は、良くない方向へ思考が引きずられるんじゃないだろうか。

 この映画を見た私も、見たいものしか見ず、自分にとって都合の良い物語になるように情報を取捨選択しているんだろうな。

 そして、作中の随所で「男らしさ」「異性愛、結婚して子供を産むのが当たり前」といった価値観が出てくるんだよね。テレビの中とか、張り紙とかの小道具の中でも。

 LGBTQ+が当たり前に認知されている社会なら、湊だって「好きな男の子ができたんだ」と思い詰めることなく言えたかもしれない。理解はできずとも母親は頷いてくれたかもしれないし、ほり先生も本で調べたりして歩み寄ろうと何かアクションを起こしてくれたかもしれない。

 だけど、あまりにも当たり前に「男らしく握手して仲直りだ」「お母さんね、ふつうでいいの、湊が結婚して子供を持つまでは頑張るから」「男の子は花の名前を知らない方がモテるって」「髪が長いと女っぽい、女っぽいから依里のことが気になる(明言されてなかったと思うけど、湊が髪を切る描写は、そういった価値観が根付いているからだと思う)」など、本心からの善意だと分かってしまうからこそ余計に身の置き所がなくて、自分のことを普通じゃない、おかしい、怪物だ異物だと思わせてしまうような社会があって、「僕は病気なんだよ」「豚の脳みそが入ってる」「(異性を愛し結婚して子供を持った)お父さんのようにはなれない」「好きな子がいて、だけどふつうじゃない自分は幸せになれない、死ぬまで秘密にしないといけない」と追い詰めるような社会なんだよね、現在進行形で。

 校長と湊が楽器を吹くシーン好きだな。ああいうのに弱い自覚がある。『コーダ あいのうた』の「モンスターになれ」のシーンをめちゃくちゃ思い出した。

 あと、校長の「誰かしか手に入らないものは幸せと呼ばない(うろ覚え)」にも泣いた。

 ラストの激しく降る雨の音、響く土砂崩れの音に「出発の音だ(うろ覚え)」と湊が言うシーン、本当に鳥肌が立った。すごかった、なんだろうな、空気が変わったんだよ。

 画面は重いままなのに、世界が明るくなったんだよ。音楽もすごい良かった。

 そのあと、多分だけど土砂にまみれた廃列車に対して、生まれ変わらない、元々のままだ、変わっていない(うろ覚えすぎるが)みたいなニュアンスのことを言うんだけど、あそこも本当に良いシーンだったな。もしかしたら列車ではなく自分たちに向けた言葉だったのかもしれないけど。

 土砂にまみれてもう立ち入れなくなったとしても、あの廃列車は二人にとって思い出の場所であり、逃避先であり、彼らにはもう必要のない場所でもあり、だけど無くなることもきっとないんだよ。

 同性が好きなことは病気じゃないし、治す必要も生まれ変わる必要もなくて、そのままが良くて。

 たくさんの「そうあらねばならない」という価値観が土砂とともに崩れ、解放されたのがあの瞬間なんじゃないかな。一気に画面が明るくなって、日が差す中を二人は駆け出していくんだ。

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