加藤和渉

小説を書きます。

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  • あと書き

    小説を書く際に考えていたこと、思っていること、関係ないことのアレやこれやを雑多に書きます。

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    小説「アンナ - 泥」をまとめたマガジンです。

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    小説「五本の線香花火」をまとめたマガジンです。

最近の記事

あと書き - アンナ - 泥 / 鍛冶 / ひとりになれる部屋

前回のあと書きから随分と間が空いてしまいました。 本当は一作につき一つずつあと書きを残しておくことで、小説を書きながら当時考えていたこと、感じていたことなどをまとめていこうと思っておりました。時間が経てば経つほど、書いていた瞬間の感情とか感覚とか考えとか、全部うすーくもやっていってしまうので、試行プロセスを記録し備忘録を未来の自分に残す意図で続けていくつもりでした。 しかし実際始めてみると、これが案外食指が動かないと言いますか、ざっくりいえば面倒くさい。書き終わった作品に

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    • ひとりになれる部屋

      「こんばんは」と先生が言った。先生は教室に入ってくる時、いつもそう言った。窓のないこの教室は学校の地下にあり、年中ひんやりとした空気が漂っていて少し暗い。秋めく気配の夕方のよう。ぼくは「こんばんは」と返事をした。他の二人は返事をしなかった。教室には四人掛けの木の机がいくつも並んでおり、それぞれがぽつんと、ただっ広い机に向かっていた。  先生は微笑み、ぼくの座っている右隣の机にカバンを置き、椅子に座った。ぼくも机に向き直った。右の耳が、がさごそとカバンを探る音を拾った。硬いカ

      • 鍛治

         私は熱の中に居る。しなりと指に馴染む木が硬い鋼の重みを伝える。  赤く燃える塊の、打ち据えるべき場所に鋼を打ち据える。私を響かせた音が隅々に行き渡りすっと抜けた。その正しい感触を二度三度と続けていく。  腕の心地よい重さと共に、響きが少し変化するのを感じた。道具を置き、黒く鈍くなった塊を炎の中に突き込む。じっと塊を見つめる。私はじっと、その熱を見つめる。塊を突き込む私の左腕が、計るままをただ、感じる。  ここだと脳が告げる直前、チリッとした予感が生まれたほんの刹那を拾っ

        • アンナ - 泥 #12

           放課後、私は教室でひとり日誌を書いていた。体を満たす疲労感にペンを持つのも億劫になりながら、なんとか文字を埋めようと頑張っていた。  昨日書きかけた隣のページには、空いたスペースに先生の字で「最後まできちんと書きましょう」と書き込まれていた。日誌を開き、赤いペンでデカデカと書かれたその文字が目に入った瞬間に、無敵だった今日の私は消えた。  寝不足のせいか目がかすれた。何も知らない先生の書いた不躾な文字が、高々と笑う女の声を私に思い出させた。別に大したことじゃない、私は平

        あと書き - アンナ - 泥 / 鍛冶 / ひとりになれる部屋

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        • あと書き
          2本
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        • 五本の線香花火
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        記事

          アンナ - 泥 #11

           どうやって帰ったのか覚えていない。気づいたらベッドの上に制服のまま座り込んでいた。のろのろと制服を脱ぎ、部屋着に着替えたら母が夕飯に呼ぶ声がした。洗面所で手を洗って食卓につくと、いつものように美しく整えられたご飯が並んでいた。  不意に、テーブルクロスをひっくり返して、全部台無しにしてやりたい気持ちになった。しかし瞬きする間に衝動は過ぎ、虚無になった。私は美味しいご飯を食べて、ごちそうさまと言った。母はお粗末さまと言った。私はお風呂に入り、部屋に戻ると宿題を終わらせてベッ

          アンナ - 泥 #11

          アンナ - 泥 #10

           この日、私は日直だった。黒板を消したり宿題を集めて届けたり、先生たちに公然とパシられる日だった。クラスメイトに声をかけること、お願いすることも多く、今の私にとっては随分苦痛が多かった。  一日の終わりには日直日誌を書かないといけなかった。だから仕方なく、放課後の教室に残った。  教室には私の他にいつもの三人組がいた。ノゾミはいなかった。代わりに三人組を取り囲むようにして、派手めな女子がもう三人集まっていた。そんな状況になれば、普段の三人組なら縮こまってきょどきょどと周りを

          アンナ - 泥 #10

          アンナ - 泥 #9

           冷房が止まった朝の部屋はじっとりと暑かった。夜通し冷房をかけていると風邪を引くからと、母は就寝前に必ず停止タイマーをセットすることを忘れなかった。私はパジャマを脱いだ。下着だけになると、多少は涼しくなった。  壁際においたハンガーラックから、綺麗にアイロンがけされた制服のシャツを手に取った。留めてあるボタンを外すのが、どうもうまくいかなかった。私はベッドに座り、ひとつずつ慎重にボタンを外していった。ようやく全部外し終わると、集中したせいか少し汗をかいてしまい気持ちが悪かっ

          アンナ - 泥 #9

          アンナ - 泥 #8

           夢を見た。  私は中学生で、友達四人と机の周りを輪になって座っていた。四人は何かを喋っていた。ふざけて肩を小突いたり、涙が出るくらい笑ったり、それはもう楽しそうに喋っていた。  私は笑っていた。でも私には、彼女たちが何を喋っているのかわからなかった。言葉はわかるのに、意味が掴めなかった。肌を撫でる風を、指を伝う水を掴めないように、触れた感触も形もわかるのに、掴もうと思うとするりと逃げていってしまうのだった。  私は私を、外から見ていた。笑っている私の顔は思っていたより楽

          アンナ - 泥 #8

          アンナ - 泥 #7

           仕方がなかった。そう、本当に、どうしようもないのだった。  決して誰とも何ともわかる形では表に出てこないのだ。いくら拾った言葉を繋げても、証拠になってくれない。「アンナが」「ノゾミが」と、彼・彼女らは絶対に言わない。  私を噂していること。私を馬鹿にしていること。それだけが伝わるように、彼らは巧妙だった。「何か私に用でもあるの」と聞くことも許されない。「何も」と答えた彼らはその口で、必ず「自意識過剰」と私を笑う。  実際、私の自意識過剰という可能性を100%捨てることは

          アンナ - 泥 #7

          アンナ - 泥 #6

           翌日、何事もないように一日は始まった。  昨日は普段と違うことが起こったから、そのことに気を取られすぎたのかもしれない。私はずいぶん警戒して学校に来たのだけど、下駄箱で靴を履き替えていても、階段を登っていても、教室に入って自分の席についても、日常は日常のままだった。  軽く挨拶を交わす程度の同級生は何人かいて、かといってそのまま一緒にしゃべるわけでもない。私はひとりで席に着き、最初の授業の準備だけ済ませると、スマホを手に取っていらない通知と格闘した。  チャイムが鳴って

          アンナ - 泥 #6

          アンナ - 泥 #5

          「ああ、やっぱり!」  私の答えに、ノゾミは前のめりになってそう言った。私は思いがけない彼の反応に驚いた。彼は構うことなく、興奮した調子で続けた。 「去年の秋ぐらいに、ヘッドフォンをつけて自転車で走る制服の女の子を見かけたんだ。イヤホンつけてママチャリに乗ってる女子高生なんて珍しくもないけど、プロがレコーディングで使いそうながっしりしたヘッドフォンをつけて、ロードバイクで走る子なんて見たことなかったから、妙に印象に残っていたんだ」  一呼吸を置いて、 「今年の春のクラス替え

          アンナ - 泥 #5

          アンナ - 泥 #4

           私は差し出されたスマホを受け取り「ありがとう」と答えた。声を出してみると、人と喋るのがすごく久しぶりのような気がした。ノゾミの目を見た。くしゃりと笑う垂れた目。子犬のような印象はこの目から生まれるのかもしれないと思った。  彼を正面から見るのは初めてだった。そして初めてだということに少しびっくりしていた。彼への仲間意識が感覚をバグらせていた。ストーカーみたいだ、と笑えてきて、私は彼から目をそらせた。意図せず、目の端に三人組が映った。相変わらずこちらを見ながら、何事かをしゃ

          アンナ - 泥 #4

          アンナ - 泥 #3

           夏は勢いを増し、日差しから太陽の殺気を感じるようになってきた。一つの影も逃さないとばかり、外はどこを見てもパッキリとした光に照らされている。あまり見ていると目が痛くなるから、最近はあまり窓の方を見なくなった。代わりに、教室の中をぼんやりと眺めることが増えた。  後ろから教室を眺めているのは楽しい。前の人の背中に隠れて漫画読んでるヤツがいたり、その後ろでゲームやってるヤツがいたり、こそこそと手紙を書いて回してみたり。真面目なあの子だって居眠りしそうになって首をかくんかくんさ

          アンナ - 泥 #3

          アンナ - 泥 #2

          「おかえり」  玄関のドアを開けると、母がリビングの方で言った。私も「ただいま」と呟くように言った。重たいカバンを玄関にどすと落とした。毎日毎日、肩が取れそうだ。音を聞いた母の「ちゃんと部屋に持っていきなさいよ」という声が聞こえた。私は一度深呼吸をしてから「わかってる」とまた呟くように言って、カバンを手に持った。  階段を登り二階にある自分の部屋のドアを閉じると、私はさっき吸った息を全て吐き出すように、大きくため息をついた。  部屋に向かう途中、後ろの方から「手は洗ったの」

          アンナ - 泥 #2

          アンナ - 泥 #1

           いつものように、教室の窓から空を眺めていた。  灰色の雲が厚く太陽を遮っているというのに、じめじめと蒸し暑い空気はなんなのだろう。頭上に張り付く薄っぺらいエアコンは黙ったまま。 「せんせー、暑いです」とエアコンを指差す生徒に「お前たちは若いんだから」と、担任は汗を垂らしながら言い返していた。若いこととエアコンをつけないことにどんな関係があるんだろうか。若くない先生がいる今のこの教室なら、つけてもいいってことにはならないのかな。  ぼんやりと浮かぶ思いを遊ばせていた。チャイ

          アンナ - 泥 #1

          アンナ - 泥 #0

           そうか、と私は思った。  納得と、ずんとくる落胆が半々に混ざり合っていた。  目の前に、ぎこちない笑みを浮かべてノゾミが立っている。彼はついさっき、私に向かって「好きです」と言った。放課後の教室、私は自分の席に座ったまま、少し震える彼の肩あたりに目を向けてその姿をぼんやりと眺めている。  人間だなあ、と思った。どうしようもない。彼は同級生の、普通のオトコノコってやつだった。私は恥ずかしかった。彼を仲間のように思っていた私は、全然見る目がない。同じものをシェアしている気が

          アンナ - 泥 #0