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香水-ある人殺しの物語-

パリを旅行していたとき、道の向こうから10歳くらいの男の子が颯爽と走って来てすれ違った。その瞬間、花のような何とも甘く大人びた良い香りがふわっと漂って思わず振り返った。

それが香水なのか石鹸なのかは分からない。しかしそれは日本なら女性がつけるような、フローラル系フレグランスの人工的な香りだった。
こんな少年がと驚きもしたが、何より日本では香害になりそうな甘い香りもフランスの乾燥した空気の中では優しく香るのかもしれないなどと思った。


そんなパリを舞台にした小説で「香水」というのがある。映画にもなっているのでご覧になった方もいるかもしれない。
もしご覧になっていなかったなら…


映画より小説をお薦めする。



この小説の主人公は調香師の男なのだが、本当の主役は香りである。
それも良い香りというより、どちらかと言えば匂いではなく臭いの方、要するにあまり芳しくない類いの香りである。

1985年に出版された小説だが、ここまで香りに執着した話が過去に未来にあっただろうか。物語はサスペンス調だが誘導するのはあくまでも男の嗅覚である。

人の嗅覚が悲劇を産み、熱狂を産み、憎しみを産む。

映像でストーリーを追うことは出来るのだが香りを追うことが出来ない。
香りに惹かれる気持ちや不快感を言葉なら表現できるけれど映像では難しいのだろう。
したがって映画版はただ香りに取り憑かれた変な男のサスペンスドラマに留まっている。

小説の方はもっと香りというものに対して饒舌で想像力を掻き立てる。香りが感情に結びつき、人を動かし、それがまた集団心理を呼び起こす。こんなにも香りが人を動かすものなのか、しかし人の記憶と香りのつながりの深さを考えたら、もちろんファンタジーではあるものの、あながち夢物語でもないのかもしれない。

そして圧巻なラストシーン。
積み重ねてきた言葉があったからこそのカタルシス。
言葉でしか表現できないものもある。



この小説を読んでから少し香水にはまってあれこれ試した時期がある。


香りとは不思議なもので同じ銘柄の香水をつけても人によって香り方が違う。その人の体臭と混ざることによって、まろやかにもなるしツンツン不快な香りにもなる。

それを知ってから自分に合った香り探しに夢中になったのだが、特に私は体温・湿度ともに高い肌質なので香りが強く出る。肌に馴染んだ香りでも他人にとっては香害になりやすく調節が難しい。そんなこともあっていつしか自分の香り探しはやめてしまった。

欧州のように乾燥した土地なら違ったのかもしれないが、そこはきっとその土地にあった香りの在り方と言うものがあるのだろう。


何となく自分に合ってるなと思った香りはシャネルのCOCO。
人がつけてると臭いなと思うのだけれど私にはわりと合っているようで、量り売りでオードトワレを買って持っている。

しかし使う機会はない。
多分この先もない。
香りはだんだん劣化してくるので使う機会のないものを持っていても仕方がない。
香水の瓶が好きで並べておきたい気もするけれど香りは生き物なので、いつかは失われてしまう。

そう、生き物だから変化するのだ。
標本のように保存しておくのは難しい。

目には見えないけれど、存在すれば必ず分かる。好まれるもの、嫌われるもの、気がつくと周りに色んな香りが存在する。
安らぐものも有れば不快で逃げたくなるものもある。

やはり香りは気がつかないところで人の心を誘導しているのかもしれない。

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