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映画と車が紡ぐ世界chapter113

ピンク・キャデラック  キャデラック シリーズ 62 1959年式
Pink Cadillac  Cadillac Series 62 1959


都心から西に1時間電車に揺られたあと バスで30分
関東屈指の霊峰が見下ろす田園風景は
キュリオシティから送られてくる  火星の姿に酷似している

夏の萌える緑が 想像できるだけに
いっそう切なさが膨張する このモノトーンの世界は
まさしく僕の心の色 そのものだった

V字回復で湧く日本経済の中で
相変わらず低迷をたどる僕の会社・・・

「夢を持って 積極的に行動できないものは 会社に必要ない」

ショートヘアに 口紅一つ塗らない 
36歳独身の僕の上司は
相手が重役であっても お構いなしに 凛と言い切る人事部長

ビスクドールのように 無表情なカノジョは 
ペイズリーのネクタイがトレードマーク 
その姿は まさにオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ
入社4年目の僕は 密かに憧れていた

しかし 社員の多くは
カノジョに肩を叩かれたとき 
それが 会社での死の宣告を意味したため
カノジョを ムッシュ・ド・パリ と揶揄した

そんな カノジョが 辞表を出した
「人員整理の仕事は 最後に自分自身を整理しなければならない」
最後まで 無表情のまま カノジョは会社を去った

翌日の社内は カノジョの話で持ち切りだった
ほとんどは
「平和が戻った」とか「死刑執行人さようなら!」といった悪口だった

僕は・・・スッと立ち上がる
そして机を・・・

Dokaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaan 

と叩いて
「いない人の悪口が そんなに面白いか!」

と 叫びたかった・・・
が 結局 何もできなかった・・・

火星の大地を 30分くらい 歩いたころ
!!
突然 僕の視線に ピンクの煌めきが見えた
そう言えば 以前同僚から 
カノジョがピンクのキャデラックを所有していると聞いたことがあった

モノトーンの世界に ポツリと建つホワイト煉瓦の洋館の前庭は
ルクリアとキャデラックによって 華やかなピンク色に染まっている
ここが 地球であることを再確認した僕は
キャデラックの助手席に 
カノジョを見つけた

「君だったのね・・・」
お決まりのペイズリータイは フレアのロングスカートに変身していた

運転席に 
招待された僕はカノジョに シクラメンを渡した 
そして・・・
会社のくだらない話はせずに ただ一言  

「君が好きだ」

と言いたかったが・・・ やっぱり 言えなかった・・・

「私がいなくなって 会社のみんなは きっと喜んでるんでしょうね」
カノジョが 言った

「そんなこと・・・」
冬のオープンカーなのに・・・ 額に汗が滲んだ

「正直な子ね いいのよ 一人ぼっちは 慣れてるから」
ビスクドールのカノジョの口角が5mm上がった

「そんなこと ない・・・ 一人ぼっちに慣れるなんてできない」

小さな声で僕は言った・・・
両親を知らない・・・ 
家族のぬくもりを知らない僕は いつも一人ぼっちだった
だから わかるんだ・・・

そのとき 
ピンクのキャデラックを包む 空気が変わった
キャデラックのダッシュボードを撫でるカノジョ・・・

「この車 父から譲り受けたの 
 幸せを呼ぶピンクのキャデラック
 トム・ノワック(Clint Eastwood)と 
 ルー・アン・マクグィン(Bernadette Peters)のように
 いつの日か 私を幸せにしてくれる人が 運転席に座るだろうって・・・
 そんな父の言葉を 思い出したとき 君が現れたのよ」

「結婚しよう」
小さな声で言った

「シクラメンの花言葉・・・
 ”恥かしがり屋さん”  まさに君のことね!」

ルクリアの 甘い香りが漂う中 
カノジョの柔らかい唇が 僕の頬に・・・

Chu!
もうそこには ビスクドールの仮面はない

バックミラーには
キャデラック以上に ピンク色になった 
恥かしがり屋の 二人が映っていた

♪ EDX - Shy Shy ♪


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