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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter21

お熱いのがお好き ~ キャデラック SRX クロスオーバー 2012年式 ~
Some Like It Hot ~ Cadillac SRX crossover 2012 ~

この半年・・・東へ西へ
僕は 10,000kmのドライブを達成した
琵琶湖を周回し 浅井三姉妹の軌跡をたどったあと クラブハリエで一服
熊野三山に出向いては 古道を歩きながら
ヤタガラスと会話を楽しんだ
熱田神宮では 草薙剣を見てから ひつまぶしを堪能した

そして 今日は・・・ 一足早く三春の滝桜を見に行く

まだ 蕾の枝を見ながら
満開の花を想像するのも オツなもんだ・・・
そんな奥の細道的な 
気持ちでSRXクロスオーバーのアクセルを踏んでいた

「一人は気楽で いいもんさ・・・」
強がりじゃ・・・ないさと 独り言を吐きながら
コーヒーを一口・・・
! もっ もう冷めてる・・・
たった15分前に スタバで調達したばかりなのに・・・

お熱いのがお好き!? 
流し目に まったり口調で
シュガー(Marilyn Monroe)を気取るカノジョの姿が浮かんだ

いつも絶妙のタイミングで
コーヒーを淹れてくれたカノジョ
85 ℃で抽出されたコーヒーは 僕の口に入るとき 
常に70℃で管理されていた
カノジョ流”究極のコーヒー”だった

『そんなに 大切なカノジョとどうして 別れたのさ!』
SRX が語り掛けてきた
カノジョが去った翌日から 
居酒屋のマスターのように SRXは饒舌になった

「二人の思いを 融合させるのは
 相対性理論を理解するより難解だったんだよ・・・」

付き合い始めのころは
お互い自分をさらけ出していたっけ・・・
”徹夜で 日本海まで走って カニでも食べよう”と提案する僕・・・
”女の子に車中泊しろっていうの!!”
と いきなりバトルモードで返してくるカノジョ

小さな言い合いも
数が増えるとストレスになる 疲れた僕は
カノジョの顔色を見て生活するようになった   

それが 僕らの間に グランドキャニオンを作ることになるとは
その時の僕には知る由もなかった
カノジョとの会話は 無難なルーティーンだけになり
カノジョが カリカリすることはなくなった

理想の生活を手に入れた・・・ そう思った
しかし それは 大きな間違いだった
大切だからこそ 棚の奥にしまっていた銀食器が 
酸化してしまったように カノジョから 感情が消えた

そして・・・
”私がここにいる理由が 見えない”
そう言い残して カノジョは消えた

『三春滝桜は ここを右折だよ・・・』SRXが言った

「・・・いや こっちでいいんだ」
僕は そのまま直進した

5km北上したところに 真っ白な家が建っていた 
カノジョの実家だ

カノジョに逢いたい  でも・・・
なんていえば言えば 正解なんだろう・・・

SRXが言った
『まだ そんなこと 考えているのか!
 ”完全な人間なんてありはしない”とオスグッド3世(Joe E. Brown)は
 言っていたよ』

SRXに押されて 僕は 玄関のチャイムを押した

「はーい」
半年ぶりのカノジョの声・・・
そして 扉が開いた・・・

下を向いたまま
僕は 桜の花びらがデザインされた御朱印帳を差し出した

この半年・・・
10,000Kドライブして集めた朱印 100か所・・・
御朱印は カノジョの趣味だった

「一緒に桜・・・ 見に行かないか」僕は言った

Cherry Blossom · Lana Del Rey

春風に乗って
カノジョの優しい声が流れてきた

「お熱いのがお好き?」

顔を上げた僕の前には カノジョの満開の笑顔があった 

部屋の中から漂う 
コーヒーの香りが 僕とカノジョを包み込む
2022年・・・ 僕の開花宣言は 3月7日になった


~「お熱いのがお好き」に登場する Cadillac Type 61 Touring Carは
  SRXの元祖だと思います ~


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