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鎧の魔法使い

本作は「むつぎ大賞2023」の投稿作です

 フィアナ王女と鎧の魔法使いが関東大遺跡に足を踏み入れて3日。二人はかつて渋谷と呼ばれていた区域に到達した。
 道の両側に石と鋼とガラスで出来た四角い塔が無数に立ち並び、まるで谷底にいるかのような錯覚を覚えた。
 四角い塔はどれ一つとして無傷のものは無かった。全盛時代を終わらせた、〈破滅の嵐〉による破壊によるものだろうとフィアナは考えた。建物に施された経年劣化を止める魔法は、全盛時代の威容ではなくむごたらしい傷跡を永年保存している。
 その傷跡を、無秩序に繁殖した植物がかさぶたのように覆いかぶさっている。
 
「フィアナ様、今夜はここで野営致しましょう。広くて危険を察知しやすい」
 
 鎧の魔法使いの言葉通り、そこだけはぽっかりと空いたように広い場所だった。地面には白い縞状の文様が描かれている。
 〈賢き石版〉の写本によれば、渋谷は4大列島の都市でも指折りの繁華街で、夜でもなお昼のように輝いていたそうだ。
 だが今は墓場のように暗かった。世界で残っている場所は焚き火の周囲だけで、あとは虚無に消えたかのように錯覚する。
 
「あと一歩です。王位継承の儀を完遂すれば、祖国を宰相から取り戻せます」
 
 シーファスの王都、佐世保を出発してから今に至るまでの旅は過酷だった。九州を出れば、そこは〈破滅の嵐〉の眷属たちがはびこる魔界である。
 鎧の魔法使いがいなければとっくに命を落としていただろう。


「ここまで守っていただいて魔法使い様には本当に感謝しています」
「私こそ感謝しております。素顔を見せず名前すら明かさない私を信用してくださったのですから」
「最初はあなたが姉上の手紙を持っていたから信用しました。ですが、今はあなたの真実の行動を見たから信じています」
 
 フィアナが隣に座る鎧の魔法使いの手に自分の手を重ねる。
  
「魔法使い様、この旅が終わった後もどうか私の側にいてくださらないでしょうか」

 フィアナの瞳には女が男に向ける情熱が宿っていた。
 王女としての理性が働きかけるが、この時は少女としての感情が勝った。

「女王には伴侶が必要です。私はあなたを……」
「申し訳ありません」

 鎧の魔法使いはフィアナの手をやさしくどかした。

「私はフィアナ様をお慕いしておりますが、それは男としてではありません」

 穏やかな言葉だが、それはどんな鋭い剣よりもフィアナの心を切り裂いた。
 初めからわかっていたことだ。
 5年前に行方不明となった姉のフレデリカが鎧の魔法使いとどのような日々を過ごしたのかフィアナにはわからない。

 鎧の魔法使いはフレデリカが死んだといった。
 フィアナは、姉は鎧の魔法使いの腕の中で息絶えたのだろうと思った。 そしてその瞬間に姉は彼の心の中で永遠となったのだろう。
 女としてずるいと思う一方、それだけが姉にとっての唯一の幸せだと思うと悲しかった。
 その時、遠くから警報音が聞こえてきた。

「フィアナ様、私の後ろに!」

 鎧の魔法使いが杖を構える。暗闇に回転する赤い光が浮かび上がった。
 ゴーレムが現れた。車輪付きの四つ足で、白と黒の外装には古代文字で 警視庁と書かれている。
 全盛時代の自動機械には今も動き続けている物がある。このゴーレムもその一つだろう。

 ゴーレムが腕の筒状の装置を向けるのと、鎧の魔法使いが魔力の盾を生成するのは同時だった。
 筒から閃光が魔力の盾に弾かれる。〈電撃の魔法〉だ。もし人に命中したら、一撃で絶命させうるほどの威力だ。
 
 フィアナはその威力を見てゴーレムが暴走していると考えた。たしかこのゴーレムは犯罪者の捕縛に使われていたもので、殺傷を目的としてはいない。 
 鎧の魔法使いが杖から〈炎の魔法・火球の型〉を放つ。火球は着弾と同時に爆発し、 ゴーレムは炎に包まれた。

「魔法使い様! もっと来ます!」
 
 暗闇に無数の赤い光が浮かび上がっている。
 
「フィアナ様、こちらへ!」
 
 多勢に無勢で戦うべきでないと判断した鎧の魔法使いに手を引かれながら、入り口に古代文字で渋谷駅と書かれた廃墟へと入った。
 死の危険を感じ取りフィアナの心は恐怖で満たされる。彼女にとってそれは幸いだった。恐怖が失恋の悲しみを忘れさせてくれる。
 複雑な構造の廃墟を駆け抜けると巨大な金属の箱が姿を見せた。
 緑の車体のそれは鉄道と呼ばれる公共の交通手段だ。
 車両の損傷は少なく、まだ使えそうだ。

「魔法使い様! これに乗って脱出しましょう!」

 ゴーレムが発する警報音が聞こえて来た。

「私がどうにかして車両を動かします! 魔法使い様はゴーレムの足止めを!」

 フィアナはホームを駆け、先頭車両へと向かう。割れた窓から中に入り、運転席へとたどり着いた。
 運転席は極めて簡素化されていた。徹底的な自動化が進んだ全盛時代では運転に訓練は必要ない。燃料である魔力の供給と、行き先の指示さえすれば良い。
 フィアナは手のひらを起動ボタンに叩きつけた。フィアナの魔力を受け取った動力機関が目覚め、重低音を響かせる。

「魔法使い様! 早くお乗りになって!」

 すでに数体のゴーレムを倒していた鎧の魔法使いがフィアナのもとに駆けてくる。
 フィアナは鎧の魔法使いが乗り込んだのを確認して車両を発進させた。少しずつ加速していくのがもどかしい。
 車両が加速しきる前に不穏な振動が伝わってきた。あの警報音も聞こえてくる。窓から身を乗り出すと、ゴーレムが数体車両に取り付いている。

 鎧の魔法使いが駆け出す。彼は杖から魔力の刃を生成し、先頭車両と後続をつなぐ連結器を切断した。
 切り離された車両が徐々に速度を落として離れていく。それでも後部車両に取り付いたゴーレムは〈電撃の魔法〉でフィアナたちを攻撃してきた。

 鎧の魔法使いは〈氷の魔法〉で線路上にバリケードを作った。まだ慣性の働いている後続車両は氷の壁と正面衝突して脱線した。
 危機は脱した。安堵したフィアナは脱力し、運転席の背もたれにより掛かる。
 だがすぐに気を引き締めなければならなかった。とりあえず脱出できたが、この車両がどこへ向かっているのかわからないのだ。

 運転席の表示盤には線路上にある駅の名前が書かれている。古代文字で恵比寿、目黒、五反田などと書かれている。
 フィアナは古代語を多少知っているが難解な古代文字の全てを読めるわけではない。 
 その中で唯一、覚えのある文字を見つける。東京とあった。

「神よ、感謝いたします」

 東京こそがフィアナの目的地なのだ。もうすぐ王位継承の儀を行える。
 2千年前、〈破滅の嵐〉によって故郷を滅ぼされたシーファスの民に天の帝は九州を分け与えた。その時交わした初代シーファス国王と天の帝の契約。その儀式の再現を行えば、フィアナは正当な女王としての資格を得る。
 暫くの間、列車は走り続ける。幸運にも線路は破壊を免れており、進路上に障害物もない。フィアナたちは何事もなく東京駅にたどり着いた。

 東京駅は先程の渋谷駅以上に複雑な内部構造をしており、途中で構内図を見つけても尚、フィアナたちは道に迷いかけてしまった。
 途中、休憩所らしき場所を見つけたので、フィアナたちは改めてそこで野営することにした。幸いにも今度は暴走ゴーレムの襲撃はなかった。

 フィアナは夜明けとともに目覚めた。いよいよだと改めて心を引き締める。
 建物から出ると、誰かがいた。その姿を見た時、フィアナは小さな悲鳴を上げた。
 あの日の夜、宰相に雇われてフィアナの父を、国王を殺した暗殺者だった。

「待ちくたびれたぞ鎧の魔法使い。いい加減、どっちが上か決めてしまおう」

 男は鎧の魔法使いに向かって言った。フィアナのことは眼中にないという様子だった。
 彼は右手にある腕型の装置を起動する。次の瞬間、暗殺者は鎧姿に変身する。

「フィアナ様には指一本触れさせない」

 鎧の魔法使いは杖を構え、鎧の暗殺者と対峙する。

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