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ウクライナ戦争下の第二創業期(後編)―「持続可能な平和」に向けて

◾️緊急寄稿『ロシア・ウクライナ侵攻からの気づき』が提示した、ウクライナ戦争の教訓

(※以下の内容は、『ウクライナ戦争下の第二創業期(前編)―紛争研究が示す紛争解決の「道しるべ」』の続きです)

 道しるべでは、かねてよりご指導いただいていた柳澤協二元内閣官房副長官補・防衛研究所所長に、ウクライナ戦争開戦当初から情勢分析の寄稿をいただきました。日本の安全保障の最前線で戦争という現象と向き合ってきたエキスパートの言葉に、数々の示唆をいただきました。

 特にその連載の中で、私が先の紛争研究に照らして、ウクライナ戦争の出口戦略を考える上で意識したいと感じたポイントがあります。

(1)G7における日本の独自性


 日本は、かつて周辺国への侵略的行動をとった戦争の「加害者」であった側面と、唯一の核兵器の被爆者に象徴される「被害者」という両方の側面を併せ持つG7唯一の構成国です。そうした国だからこそ、戦争当事者のロシアに迫力を以て発信できるメッセージがあるという第6稿の指摘にハッとしました。

 日本は東京裁判で「侵略国」として裁きを受け、国際社会の侵略的行為への冷徹さを痛感しつつも、独立を後押しした温かな良心をも知っています。
 戦後日本の独立が懸かったサンフランシスコ講和会議で、「憎悪は憎悪によって消え去るものではなく、ただ愛によってのみ消え去るものである」という仏陀の教えを引いて大演説を打ったスリランカ代表のスピーチは、日本のその後の早期国際社会復帰を象徴づけるものでした。

 また、「勝者の裁き」として問題が指摘される東京裁判ですが、今まさにウクライナ戦争で責任の所在が問われている戦争犯罪や人道に対する罪など国際法の発展に大いに寄与した功績もあります。

 戦争への真摯な反省に立ち、平和国家として歩んできた日本だからこそ、戦争犯罪を正し、これからの国際法の発展に寄与する道があるのではないでしょうか。

 
またそのためにも、入管法と難民保護の問題や自衛隊員の海外での過失を裁く法体系が欠如していることなど、自らが国際社会に求める人権を体現しているのか、いま総括する必要があるのではないでしょうか。

 第二次世界大戦終結からウクライナ戦争までの時代を教訓にすることで、日本はウクライナ・ロシアの「ニーズ」の核心に迫り、より平和な欧州秩序の確立に貢献できるポテンシャルを発揮できるのではないでしょうか。


(2)台湾有事誘発を阻止する「問題解決アプローチ」の可能性

 ウクライナ戦争は、国際秩序に力による現状変更を許しかねないという危機感から、中国による台湾侵攻の引き金になりかねないと日本で懸念されていました。そうした危機感に寄せて、柳澤さんには台湾問題についてもご寄稿いただきました。柳澤さんに論じていただいた台湾問題への対処戦術は「問題解決アプローチ」にも通じるものでした。

 台湾問題への対処を、柳澤さんは「安心供与」という第1稿でご提示いただいた概念をもとに、問題の核心に合わせたアプローチを説いています。

戦争の動機の面で言えば、対立の焦点は、台湾の独立を容認するかどうかの一点です。中国が武力を使ってもこれを阻止したいのに対し、米国が武力を使ってでも台湾を防衛する、という対立です。一方、台湾自身は、中国と一つになりたくはないが、戦争してまで強引に独立しようとは思っていません。
(…中略…)
 それなら、”台湾は独立しない・米国は台湾が独立しても承認しない・中国も武力を使わない”という合意をすれば、戦争の動機は生まれないはずです。台湾有事で一番影響を受ける日本が、そういう打診をしてもいい。なぜその発想が出てこないのか、不思議でなりません。

【緊急寄稿】ロシア・ウクライナ侵攻からの気づき(7)―台湾を”第二のウクライナ”としないための教訓(柳澤協二氏) 

 これは中国、台湾双方の「アイデンティティ」、「安全」という「ニーズ」に焦点を合わせる戦略の重要性を示しています。

 こうした「安心供与」など、問題解決アプローチ的な戦略はウクライナ戦争にも応用が可能と考えています。第1稿で指摘されているように、戦争当初ドイツとフランスがウクライナ・ロシアの仲介を試みていたように、この戦争を予防できる可能性もありました。

 2022年2月24日の開戦プロセスをたどり直すことで、この破局の修復ポイントのヒントが得られる可能性があります。

◾️ウクライナ戦争終結シナリオの模索

 開戦1年を経過するウクライナ戦争はバフムト攻防戦で戦線が膠着する中、大量の戦車の増援を得たウクライナ軍による反転攻勢が予測されいます。

 一方で戦線の膠着は、紛争研究のセオリーに照らせば、紛争当事者が疲弊しているサインです。それは同時に、ウクライナ戦争に停戦を促す絶好のチャンスが訪れる可能性も示唆しています。

 日本国内でも、そうした機会を窺い、停戦を促す声が上がり始めています。アフガニスタンでの武装解除など、紛争解決で実績のある伊勢崎賢治東京外国語大学名誉教授らが中心に、停戦に向けた声を糾合する取り組みが始まっています。

 ウクライナ戦争の停戦には、ロシア軍が犯した戦争犯罪をどのように取り扱うかなど、難しい課題が待ち受けています。しかし、戦争が長期化することは市民・兵士の犠牲が増えることを意味しています。こうしたジレンマの中、より良い選択を国際社会は模索していく必要があります。

 これから道しるべでは、紛争研究の視点でウクライナ戦争の深層に迫り、市民社会の議論の一助となるような情報を提供することを重要な活動として取り組んでまいります。市民社会から国民的議論に資する出口戦略を提示することにチャレンジし、誰しもが「持続可能な平和」にとって「道しるべ」となる社会を目指します。

 特に本戦争の停戦を難しくしているのは、ロシアの「ニーズ」が把握しづらいことではないか、と仮説しています。ウクライナには戦前の領土を回復し安全を確保するという明確な「ニーズ」が想定されますが、一方プーチン体制のロシアを何が戦争に踏み切らせたのかには情報が錯綜しており、さらなる分析が必要と考えます。

◾️「持続可能な平和」に貢献する事業の実験台へ


 バートンは後年、「問題解決アプローチ」が浸透した世界は紛争を予防する能力を獲得すると考えました。21世紀に大規模な戦争を目撃している現状では、「問題解決アプローチ」以上に絵空事に聞こえるかもしれません。

 しかし、バートンは予防を意味するPreventionをもとに"Provention"という造語を生み出し、人類が紛争を場当たり的に解決するのではなく、その発生を予測し先駆的に予防する可能性を見出していました。私の「持続可能な平和」のインスピレーションの源の一つです。

 私はこうしたバートンの世界観から、人類には平和な世界を切り開くまだ見ぬ可能性が眠っていると考えます。「持続可能な平和」が一体どんな状態なのか、探究する旅が始まります。

バートンが構想した"Provention"のイメージ

 「紛争」とは、先の説明の通り、心の中での「葛藤」や国家間戦争を網羅する広範な現象です。国家間戦争の解決のみならず、身近な領域でも社会を「持続可能な平和」へ橋渡しする事業が必要と考えます
 
 道しるべは、すでに平和に取り組んでいる様々な事業者の皆さまへの敬意を胸にパートナーシップを広げ、人類の平和への可能性を開花させる、まだ存在しない事業に取り組んでまいります
 初めは市民社会に近い組織体制を活かし、プロボノスタッフのハブとして中間支援機能を発揮します。国内有数の海外旅行ガイドブックである『地球の歩き方』元編集者とガイドブックの存在しない国/地域を紹介する活動の準備を始めています。その他、各地の文化資産に着目した地域活性化など、今後活動対象を充実させてまいります。

 任意団体/一般社団法人の道しるべは、「持続可能な平和」に貢献する事業の実験台として歩み始めます。
 世界には、一日暴力や争いのない平和な日を作ろうと、Peace Day「9月21日」に定められています。道しるべは、この「9月21日」以降も平和が持続する時代が来ることを願い、「9月22日」から翌年までを事業年度とします。「持続可能な平和」を模索するプロジェクトの名前は「Project0922」です。
 この実験台で重視する事業の中で、スケールアップするものは他の非営利団体や株式会社に分社化させる展望です。

「Project0922」と道しるべの2023年度に目指す事業体制

 人間は時に自らを守ろうと、争いという戦術を採用する性質があります。しかし問題解決アプローチのように、人間性への深い洞察が暗闇を抜け出す「道しるべ」となる可能性も見出すことができます。

 私たちは調和の乱れの中にあっても、人間性が平和への「道しるべ」となる信念の下、「持続可能な平和」の実現に歩んでまいります。

 これまで支えてくれたかけがえのないメンバー、そしてこれから出会う仲間とすり合わせながら、第二創業期を切り開いてまいります。今後もどうぞ温かくお見守りください。

(【文責】道しるべ 代表理事 小山森生)

【参考書籍】
■オリバー・ラムズボサム等著『現代世界の紛争解決学―予防・介入・平和構築の理論と実践』明石書店
■上杉勇司・長谷川晋著『紛争解決学入門―理論と実践をつなぐ分析視角と思考法』大学教育出版
■田中宏明『人間のニーズ・紛争解決・世界社会―ジョン・W・バートンの政治理論について』(宮崎公立大学人文学部紀陽第3巻第1号)

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