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飯能銀座商店街のおもちゃ屋さん丸見堂でバーチャルボーイを遊んだ思い出

飯能といえば銀座通り商店街。飯能という田舎町に「銀座」というたいそう煌びやかな名が付く商店街。まぁ確かに昭和の頃は、かなり賑わっていた時代もあったようだけど。近年では人もそんなにいないちょうど良い商店街ということで、嵐の櫻井翔が主演で福田沙紀や深田恭子も出演した映画「実写版ヤッターマン」のロケ地にも使われた。
そんな飯能銀座商店街にあるお店で幼少期お世話になった思い出の場といえば、おもちゃの丸見堂。これぞ「街のおもちゃ屋さん」というような存在であった。現在のお店の場所はここ

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丸見堂は以前の店舗が火事になってしまったり、2019年にまだ若かった親子三人が飯能市民会館近くの自動車事故で亡くなってしまったり、と何かと悲しい話がどうしてもつきまとってしまうので扱うか迷ったが、やはり自分の中には楽しい街のおもちゃ屋さん丸見堂の思い出があるので、今回書こうと思った。

小さい頃から、おもちゃ屋さんに連れて行ってもらうとしたら丸見堂だった。これは昭和世代の飯能の子供達に多く共通することだと思う。父親とも訪れたし、祖父にも連れて行ってもらったことがある。

いつもおもちゃが所狭しと並べてあり、様々なプラモデルの箱が積んであったり。TAMIYAの戦車のプラモデルや城のプラモデル、初期の頃のガンプラ、初期の頃のミニ四駆など、今となっては貴重な品々も多かったと思う。初期のガンプラはまるで某国製の偽物かと思うくらいまだ荒いデフォルメの簡単な作りであったが、その分小さくてお安いので、買うか迷ったものだ。
ミニ四駆については、確かセイントドラゴンJr.を丸見堂で買った気がする。
あとは、エアガンや電動ガンも置いてあった気がしている。大きなライフル型のエアガン(ガスガン?)に憧れたものだ。残念ながらエアガンのベレッタはハローマック飯能店で買ってしまったが。

そういったいわゆる箱物おもちゃを買う機会が多かったのが丸見堂であったが、強烈な思い出として残っているのが、任天堂バーチャルボーイである。バーチャルボーイについては、なんと任天堂のホームページが残っている。懐かしのテーブルレイアウトが見えるHTMLは初期のインターネットで懐かしい。

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このバーチャルボーイは1995年発売で当時としては画期的な3Dのゲームが楽しめた。奥行きが再現されているのだ。が、なんと映像は赤色単色という、攻めた仕様。しかも据え置きゴーグル型という、当時の技術力と価格の兼ね合いではこれが限界という、非常に突き抜けた実験的商品であった。
そして、案の定まったく売れなかった。対応ソフトもまったく出ず、結果的に1995年末までにたった5ヶ月の間で20本弱が発売されたにすぎない。あまりにも短命すぎた。Wikipediaによると、発売中止になったソフトは21本もあるらしい。

そんなあっという間に消えたようなゲーム機であるバーチャルボーイが丸見堂には置いてあった。しかも箱入りの販売商品だけでなく、誰もが無料で試遊できる試遊機まで置いてあったのだ。これはかなり凄いことだった。
自分は当時12歳前後だったはずだが、塾の帰りか何かで丸見堂に寄り、このバーチャルボーイの試遊機でめちゃめちゃ遊ばせてもらった。短命のバーチャルボーイで実際に遊んだことある、というのは今となっては大変貴重な経験である。
ソフトは確か「バーチャルボーイワリオランド アワゾンの秘宝」だった。あのゴーグルで画面を見るという没入感もあり、結構な時間ハマって試遊していたが、丸見堂の店主に何か言われたことはないので、大変優しい方だと思うと同時に、改めて感謝したい。

飯能の街のおもちゃ屋さん丸見堂。残って欲しい昭和・平成の風景である。
なお、検索すると飯能銀座商店街が作成したサイトがあった。

このページを見て、ハッとしたと同時に、懐かしい感情が溢れ出てきたのだが「ハローチップ」が懐かしすぎた。存在をもはや忘れていた。

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子供の頃、祖母(故人)がなぜか大量のハローチップをいつも持っており、台紙か何かに貼っていた。その冊子を交換して何を得ていたかは覚えていない(当時のことだから、ラップやアルミホイル?)。
飯能銀座商店街で一体何を買って、そんなに大量のハローチップをGETしていたのか、まったく想像もつかないのだが、もしかしたら洋服などを買っていたのかもしれない。
いずれにせよ、この「ハローチップ」は昭和の飯能銀座商店街を思い出させてくれる、重要な存在である(もちろん今でもあるみたいだけど)。




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