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さよなら「江戸屋」

ー喪失感の中の奇跡

金輪際、あの超お得な「ランチにぎり」を味わえないー。先日、奥さんと久しぶりに寿司屋「江戸屋」(東京都練馬区)を訪れて驚いた。そこには何と2023年末に店をたたんだという張り紙。寿司を握りつつ、気さくに話しかけてくれた寿司屋の主人にも、もう会えない。常連でもないのに喪失感がすごい。そんなところに奇跡が起きた。

偶然の再会

「何かこの店にご用ですか」ー。近寄ってきた老紳士にこう話しかけられた。声の主は何とこの店の主人。何たる偶然、まさに奇跡だ。最後の片付けにでも来たのだろうか。店先で呆然ぼうぜんと立ち尽くしていたわが夫婦をちょっといぶかしんでいるようだった。

しばらく立ち話。主人によると、このほどがんの転移が見つかったらしく、いよいよ治療に専念することにしたそうだ。前回、夫婦揃ってこの店の暖簾のれんをくぐったときは主人が退院したばかりで、入院中の話題などで話が弾んだ。少し前のことなのに遠い昔のように感じる。

「もう寿司は握れないだろう」と主人。その表情には最後の闘病に向かう悲壮な覚悟がうかがえた。そうでもなければ、創業以来50年、この店を長く守り続けてきた寿司職人が、この店をたたもうと決意するはずがない。どうにもいたたまれない気分だ。

心の穴

主人にこれから始まる治療を頑張るよう励ました。おそらく、主人と会うことはもう二度とないだろう。丁寧にお礼を言いながら去る主人の背中を見つつ、そう思った。この先、寿司8貫に碗などが付いてわずか800円(税込み)という破格で美味しいランチにぎりに舌鼓を打つこともない。

心に空いた穴は日増しに小さくなるも、まだ塞がっていない。

(写真:『りすの独り言』トップ画像/江戸屋のランチにぎり=りす撮影)

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