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ひらがなエッセイ #35 【も】

    会社勤めをしていた頃、当番制の3分間スピーチが朝礼に組み込まれていた。始めはフリースタイルで会社に対して疑問に思う事や、時事ネタや趣味の話などを行なっていたのだが、担当者の器量でスピーチの品質が変わりすぎる為、上層部がお題を作成して、そのお題に纏わるスピーチを考えて発表する、というスタイルに改善された。大喜利か。皆は何の為に、誰の為に、とボヤいていたが私は3分間スピーチの時間が好きであった。

    ある年の暮れの事、今年1年を振り返って漢字1文字で表すなら何ですか、と言うお題があった。皆はそれぞれ、「変」会社として時代の変化に対応して行きたいですとか、「外」グローバルな視点で外へ視野を広げて云々言ってたが、私は事前に資料を作成して無かった事に直前で気付き、テンパり散らかして、何が何だかわからず【餅】です、いや、あの【餅】、モチベーション、などと親父ギャグをかまして苦笑と博愛の眼差しを頂いた。本当は、食べ物として好きだっただけなのだが、いやぁ、1年通して【餅】ばっか食べてますわ、とは言えずに、無理矢理、2、3例の自分が関わった案件を出して、仕事に対する目的意識の大切さに気付いた1年でした、と誤魔化した。ギリギリか。

    会社を離れる時、最後の朝礼で一言お願いしますと頼まれた時、簡単な離職の定型文を述べた後、その時居た人達が、今まで話したスピーチで私が印象的に思った話題を引き合いに、その人は私にとってどんな人で、会社にとってどんな人かを話した。ぼんやりと辞める時はこうしよう、と思い立ってから以降、皆のスピーチをメモして残していたのである。どうせ散るなら美しく散りたい。二度と【餅】スピーチの恥ずかしさを味わいたく無かったから、でもある。

    そんな事まで覚えているなんて、と穏やかな笑みに包まれて私は退職した。

    メモしてたとは最後まで、言えなかったが。


    準備しよう、バレないように準備しよう。

    良き週末を。

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