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OJTトレーナーの「振り返り方」 第9話

OJTは単なるコミュニケーションではなく、その目的はあくまで育成であるが故に、トレーナーは様々なジレンマに向き合うことになります。本コラムでは新人トレーナーが葛藤に遭遇し、乗り越え、成長していく一年間のストーリーとしてOJTに対するヒントをまとめました。<目次>

ウィル・シードがOJTトレーナーに研修を行う中、ご質問が多い項目として「振り返る」があります。昨今では仕事内容や職場環境に多様性が生じ、新入社員の仕事も不確実性が増してます。新入社員であっても、自ら考えて経験学習サイクルを回せることが求められるようになりました。本コラムを通じて、新入社員の成長を促す「振り返り方」について考えていきたいと思います。

11ヶ月目:追体験で振り返る

【登場人物】
中田稔(25):総合電機メーカーの商品企画部に勤務。入社4年目。佑介のOJTトレーナー
佐藤佑介(24):商品企画部の新入社員。大学院卒。11月に商品企画第二部へ異動
市川洋介(35):商品企画第二部の課長。佑介の上司
マスコ(45):BARマスコのママ。辛口だが、愛ある彼女の言葉を聞きに来る人は多い
佐山美奈子(30):営業部のエース

【ストーリー】
佑介が入社して11か月。会社の周りの紅梅が満開になり、足を止める人も多い。

市川課長「佐藤くん、ちょっと来て!」

市川課長に大声で呼ばれた佑介は、顔を強張らせながら会議室へ入っていった。

(何かあったな…)

稔は落ち着かず、会議室の方向へ何度も目をやった。

30分位すると、佑介がうつむいて出てきた。すぐに総務部の女性が来て、課長に菓子折りを渡し、そのまま課長と佑介は出かけて行った。

(トラブルだな…)

結局その日、佑介は会社に戻ってこなかった。

稔はまっすぐ家へ帰る気になれず、BARマスコに寄った。

マスコ「あら、いらっしゃい。お一人?」
「はい…。ビールで」
マスコ「承知しました。今日は何かありましたか?」

ママのマスコがおしぼりを渡すと、稔はそれを顔に当て、しばらくしてから話し始めた。

「後輩にトラブルが起きたようなんです。明日聞いてみようと思うのですが、どう話したら良いかな…と」
マスコ「叱るの? なぐさめるの?」
「事実をきちんと認識して、二度と同じことが起きないようにしたいんです」
マスコ「そうねえ。なぜトラブルが起きたのか、その場面を思い出しながら話してみると、見えてくるものがあるかもしれないわね。それと、逆の立場のことも考えてみるというのが大事よね」
「場面を思い出しながら話す。立場を変えて考える…ですね」

稔はその時、「技術系の人は知識やスキルに偏ってしまう傾向があるので、人の心の動きにアンテナがたつと良い…」という阿部課長の言葉を思い出した。

翌朝――。

(言いたいことはいろいろあるけれど、今日はいったん佐藤さんの話を丁寧に聴こう)

稔はそう自分に言い聞かせ、佑介に声をかけて、いつもの振り返りミーティングを朝にすることにした。

「佐藤さん、昨日課長に呼ばれていたようだけど」
佑介「…」
「何があったの?」
佑介「実は、一昨日カリスマクッキングへ営業同行したんです。その時、先方の気分を害してしまって…」
「カリスマクッキングって、全国約150教室に当社のオーブンレンジを導入してくださっているところだよね?」
佑介「そうです…」
「何があったのか、時間を追って話してみてくれる?」
佑介「はい。一昨日、営業部の佐山さんと一緒にカリスマクッキングへ行きました。会議室で待っていると、先方の広報部長と経営企画室の課長がいらっしゃいました」
「それで?」
佑介「全教室で冷蔵庫をリニューアルしたいという話になり、佐山さんが先方にどんなニーズがあるかを聞いて、その後、11月にモデルチェンジした当社の新商品について説明をし始めました」
「うん」
佑介「搭載機能について話した時に、先方からいろいろな質問が来たんです。その時、佐山さんを差し置いて、僕が熱く語り過ぎてしまって…」
「何をそんなに熱く語ったの?」
佑介「商品の開発秘話です」
「その話を聞きたいと言われたの?」
佑介「いいえ…」
「その時、広報部長と経営企画部の担当者は何か言っていた?」
佑介「『熱い想いがあるんですね』とか『知られざる秘話があるんですね』とおっしゃっていました」
「それから?」
佑介「その後は…あまり言葉はなかった気が…」
「それで?」
佑介「今、カリスマクッキングで使われている冷蔵庫がA社の製品だったので、A社製品の改善すべき点、うちの製品の優れている点を詳しく話しました」
「それを話した理由は何?」
佑介「当社製品の良いところをプレゼンしようと思って…」
「その時、広報部長はどんな表情をしていた?」
佑介「表情…あまり表情はなかったような気がします」
「経営企画室の課長は?」
佑介「時々、腕時計を見ていました」
「佐山さんは?」
佑介「硬い表情をしていました」
佑介「帰り、エレベーターまで見送って下さった時に、広報部長が『息子がA社に勤めているから、改善点を伝えておきますね』と言われて。私と佐山さんは、深々と頭を下げて帰ってきました…」
「そっか…」
「佐藤さん、お客様の立場から考えると、この件はどう見える?」
佑介「押し付けとか、うっとうしい印象があったかと思います」
「佐山さんの立場から見ると?」
佑介「余計なことしてくれるな…でしょうか」
「その他、何か気づいたことはある?」
佑介「特に…」
「佐藤さん、商品企画が営業同行するのは、お客様のニーズを聴き出すためだよ。聞かれてないのに開発秘話を長々と話したり、他社の製品を批判するのは逆効果。お客様にも当社の営業にとっても迷惑だ」
佑介「はい…」
「プレゼンする力はもちろん大事だけれども、もっと大事なのはお客様の心の動きを感じ取る力。人の心の動きにアンテナを立てることだよ。ビジネスは人と人とのコミュニケーションで成り立っている。それは絶対に覚えておいて欲しい」

いつになく稔の強い語気に圧倒され、しばらく沈黙が流れた。その後、佑介は思いを言葉にした。

佑介「僕は、商品企画と開発の観点から両方話ができると思い上がっていました。大事なのは、お客様の心の動きを感じ取る力なんですね。そこは、まったく感じ取れていませんでした。改めて仕事の本質を見つめてみたいと思います…」

稔は、その言葉に大きくうなずいた。

<終>

12ヶ月目に続く

【稔のOJTメモ】
 トラブルがあった時は、追体験しながら振り返ることが大事
 立場を変えて考えさせる


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