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小説・「塔とパイン」 #19

帰宅すると夕餉の時間が始まる。とはいえ1人で住んでいるから、仕度は自分でやることになる。自炊はできないので、スーパーで買ってきた、パンやサラダを食べ、チーズをかじる。

ドイツだからビールを飲めばいいだろうけれど、あいにくお酒に弱いし、ビールの味も好きじゃないから、ほとんど飲まない。ワインなら味はまだマシと感じる。

部屋の照明が弱いので、IKEAで購入したデスクライトで手元を照らしながら、ぼーっと過ごす。テレビをみたって、日本のコンテンツをみることができないから、僕にとってあまり意味はない。手持ち無沙汰もあってテレビをつけるけれど、内容が頭に入ってこない。ただ音声を垂れ流すだけの機械になっている。

それでも、ドイツ語を覚えるのに一役買っているのだろうか。

垂れ流される音声をぼんやり聞きながら、スマホをチェックすると、通知が3件入っていた。

「なんだろう?」

SNSのアプリを覗く。

「あ、バベッタからだ」

バベッタはドイツに来てから知り合った女性で、片言だけども日本語も少しできる。僕にとってはとてもありがたい。会話するときは大体英語になる。僕も英語がさほど得意じゃない。ドイツ語はなおさらだ。

そんな僕でも、バベッタとはおおよそ意思疎通はできている。そんな彼女との関係が一応成立しているところが不思議な関係だ。

「Hallo~ ナカタ。」
「今週末、時間ある?」
「わたし、買い物に行きたいの。つきあってくれる?」

「いいよ!」


英文で簡単なやり取りで終わる。あとは現地集合ということだ。時間はたぶん、いつも通りなら昼頃に集合になるはず。


いつか終わりが来るだろうここでの生活の中で、不安な心に一縷の光を照らしてくれる彼女の明るさには本当に助けられている。だからこそ、こういう付き合いは大事にしないとな、とおもう。


ちょっと浮き立った心を静め、週末の買い物のイメージトレーニングを始めた。

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