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イスタンブルマラソン大会中に走りながら考えていたこと

思い返せば、とても変なこだわりだった。

僕はサンダル一つで世界を旅した。砂漠も雪山も密林も。サンダルと言ってもKEENの編み込みのサンダルはスニーカーのように足にフィットし、通気性を確保してくれる優れものだ。その機能性や質感といい、金額も¥10,000近く文字通りの高機能性サンダルだった。もともとスニーカーを履いて旅をするつもりだったのだが、出発直前に幼馴染が餞別として渡してくれたそのKEENのサンダルは当時でも画期的なデザイン性を誇っており、僕は嬉しさのあまり「このサンダルだけで世界を旅するよ!」とその場の勢いで約束したのだが、実際そのサンダルに無限の可能性を感じていた。

トルコに着いた時にはそのサンダルはもはや体の一部となった頃だった。だからイスタンブルで偶然開催されていた国際マラソン大会にも何の疑いもなくそのサンダルを履いてエントリーした。トレーニングを全くしていないことは心配要因の一つではあったけれど、重さ10kgのバックパックをほぼ毎日背負い地球を半周していた自信が上回ったのだ。

当日、荷物を最小限にスタート地点であるボスポラス大橋の手前まで電車と徒歩で向かう。路面電車はゆっくりとした速さで石が敷き詰められた線路を進むものだから、窓から見えるイスタンブルの生活感を鮮明に捉えることができる。トルコはイスラム教徒が多くを占め、ブルーモスクという世界最大級のモスクが点在する街でもある一方でイスラム国家の中では珍しい政教分離の仕組みをとっている。女性でヒジャブを身に付けていない女性も多くいた。たかがイスラム圏を一ヶ国しか旅したことがないくせに、なんだか露わになった女性の髪を見るのが恥ずかしい気持ちになる。

ヨーロッパとアジアを横断できるなんて最高じゃないかとイスタンブルのジオグラフィが生み出す一生に一度であろう経験を僕は心待ちにしてレースのスタート地点へ向かった。

レースのスタート地点に着くとすでに多くの参加者によって人混みができていた。またスポンサーであるVodafoneのロゴが刻まれた旗がボスポラス海峡の風になびいていた。僕が中学生の時に初めての携帯電話を親に与えてもらったのが、その時既に日本のVodafoneはSoftBankに吸収されていたものだから心懐かしい気持ちになる。

僕は前日にエントリーをした際に渡された[15430]の番号が入ったゼッケンを胸につけながら、注意深くどこに向かえばいいかの神経を尖らせた。イスタンブルマラソン大会は世界陸上の予選会も兼ねるほどの大きな大会で、友人同士でコスプレをして参加をするものもいれば、入念に準備体操をする参加者もいた。けれどやはりサンダルを履いていたのはやはり僕だけだ。

参加者たちは友人と写真を取り合っているが、僕はただ孤独にレースの始まりを静かに待った。

最初のスタートを知らす合図で42.195kmを走るランナーたちがピストルの合図でスタートを切る。とは言っても僕がいた場所からは先頭の様子は一切確認することができず。ただ聴覚と周りの人の様子だけでそれを判断したのだが。そして遂に第二部隊の15km組がスタートをする。パンと乾いた音に連れられて、大勢がゾロゾロと前に流れる。まともに走り出すことができたのは結局100mほどスタートから進んでからだった。

走り出して、すぐにボスポラス橋に差し掛かる。まさに、欧と亜が織りなす文化のシルクロード。アジアからヨーロッパという人種も文化も歴史も全く異なる場所の境界線を自分の足で超えることは旅人にとってこの上ない幸せだった。

旅をしていると歴史に敏感になる。新しい場所を訪れる時にその国の歴史を知っていると一気に急に心が近くなった気になる。人と同じで知り合う相手のバックグラウンドを知ると心の距離感が近くなるあの感じと似ている。インターネットの発達により、Googleに尋ねればその国の背景を知れるし、FacebookやInstagramで調べれば最近出会ったあの人がどんな人かも概ね分かってしまう。だからトルコを訪れる前にも歴史の概要を頭の片隅に入れて旅をするのだが特に興味深かったのが、アジアからヨーロッパに攻撃を仕掛け震撼させた国が歴史上に二つだけ存在し、それがモンゴル帝国とオスマン帝国だったという話だ。

市街を走るコースから、遠くの方に高いミナレットを備えた大きな球体の屋根が特徴的な建物が目に入る。アヤソフィアだ。

僕がサンダルで走っているこの場所はかつて東ローマという国の領土でギリシア正教の大本山が位置する重要な場所であったのが、オスマン帝国が勝ち取った背景がある。アヤソフィアはギリシャ正教会の宗教施設として扱われていたのだが、オスマン帝国に支配されて以来イスラム教徒のためのモスクとして利用されるようになった。だから建物の中は今ではすっかりイスラム教の要素で溢れているのだが、建物に埋め込まれているモザイクアートはイエスや聖母マリアを描いている異様な場所だった。

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僕が訪れた時には博物館として中立的な立場で宗教の存在意義を問う役割をしていたアヤソフィアだったのだが、2021年3月現在政府によってオスマン帝国が行なったようにイスラム教の宗教施設として利用を再開したというニュースを聞いてかなりの衝撃を受けた。またこうして世界が歪んでいくのかもしれないと胸が締め付けられた。

15kmのマラソンは思っていたよりもあっという間に過ぎ去った。さすがにトレーニングなしで挑んだのだから、ゴールテープを切った時足は痛かったし、腰も張っていた。ゴール時にもらった完走記念のメダルはとりあえず受け取ってみたが、その後訪れるインドの子供が欲しがったからあげてしまったし、あのサンダルは今頃どこかで灰になっているのだろう。今目に見えるものは何も残っていないけれど歴史が積み重なった地を自分の足で走ることに何か達成感を感じたし、サンダルでマラソンを走破したことが変な自信となって僕に染み付いた。学んだことを簡潔に言うのであれば、外枠だけでものごとを判断していては大切なことを見逃してしまうということだ。

無駄だと思うことこそが人生を豊かにする。まさにこのマラソンは旅を軸として考えた時には無駄なイベントに入るだろう。でも走ったから見えたことがたくさんある。

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