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蝉の断章の記憶 第1話

 世渡りな下手で孤独な性格のわたしは、暗い人生を送っていた。そんなわたしの唯一の楽しみは、本だった。やがて、リストラで会社を去ったわたしは、ふとしたことから本の全集を買うことになる。白紙の最終巻に景品の万年筆で触れると、突然、物語の着想が浮かび、作品が出来上がった。自分の才能に目覚め、世に出るチャンスを掴んだと小躍りしたわたしだったが、突然本を売った男が現れ、驚くべき事実を告げられる。


           
 
               蝉の断章の記憶


   わたしは自分を蝉だと思った。
   自分の人生を蝉の一生に重ね合わせたのだ——。

 あの頃、朝、目を開けると闇が広がっていた。世界はいつも闇から始まる。わたしは、いつも目が開かないことを願った。しかし、朝、目が開くとわたしの始めたくない時間が動き出すのだった。暗黒時代は長かった。

 小学校の時、わたしは学校を好きになれなかった。まず、わたしは運動が得意でなかった。運動会ではいつもビリだった。スタートの号砲が鳴ってわたしが一歩目を踏み出す頃には、他の生徒は数歩前を駆けていた。といって、理科や算数や社会にも興味がわかなかった。毎日席に座って聞きたくもない内容を聞かされるのは苦痛だった。

わたしは授業中いつもあくびをしては窓の外を眺めた。校庭の花壇では、カラフルな黄色い点や黒い点が動き回っていた。それはアゲハ蝶やアシナガバチやカナブンだった。あんなふうに、好きな時に好きな場所へ行けたらどんなに楽しいだろうといつも思った。

 唯一の慰めは国語の授業だった。国語は新人の若い女の先生が研修で担当していた。彼女は艶やかな黒髪で、いつも表情豊かに話した。一人一人の目を見て。物語を語るように。そしてみんなに本を読むことを勧めた。

わたしは本を読むのが楽しみになった。休み時間にはいつも図書室にいた。わたしにとって新しい世界の窓は、友達との会話の中ではなく本の中に有った。覗けば手の届かない時代や、見たことのない国や、知らない人の人生に触れられた。わたしの目はどこまでも見渡せ、わたしの手はどんなものにも触れられ、わたしの耳はどんな人間の声も聞くことができた。それは中毒のようなもので、止めることができなかった。

わたしは時間が有ればいつも本を読んでいた。授業中にこっそりと机の下で本を開いた。だがツケは回ってくるものだ。テストがいつもわたしを恐怖に陥れた。点数が悪いと親は容赦しなかった。学校が火事になって答案用紙も成績表も全部燃えてしまえばいいのに! 

第2話:https://note.com/wise_drake5087/n/ncc0d68ee842d

第3話:https://note.com/wise_drake5087/n/nb60c02f8805d

第4話:https://note.com/wise_drake5087/n/n5e1c01c823e5

第5話:https://note.com/wise_drake5087/n/n01836b0bd7b9

第6話:https://note.com/wise_drake5087/n/n0dd82d3ed107

第7話:https://note.com/wise_drake5087/n/n9c6668f7ddb3

第8話:https://note.com/wise_drake5087/n/n038323a6d820

第9話:https://note.com/wise_drake5087/n/na365b30936e6

第10(最終)話:https://note.com/wise_drake5087/n/n207dc0aaf1c0










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