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初恋 第20話

 勝負は一方的だと思われた。体育館のコートは日曜日で、がらんとしていた。学校のバスケットクラブのメンバーは試合に行って留守だった。一年上のケリーが審判をした。と言ってもそんな大袈裟なものじゃない。立会人みたいなもので、ラメラがドーナツ一個を餌に頼んだから来たのだ。彼女は上級生とも付き合いがあった。二十一ポイントをどちらが先に取るか。ゴールは一つで、ポイントごとに攻守が入れ替わる。

ラメラは余裕だった。僕が持っている動きの全てを最初の数ポイントで把握した彼女は、自由自在に動き回った。僕が彼女のボールを奪おうと向かっていっても、ラメラはコノハチョウのようにひらりとかわして、軽く浮き上がってシュートした。それはボールに磁石がついているのかと思わせるくらい、綺麗な放物線を描いてリングの中央に吸い込まれた。

ボールを二人で取り合っても彼女の握力が優った。手品師の扱うトランプみたいに、ボールが彼女の周りを自由に舞い、同時に二つに見えたり消えたりするほど、指と手と腕と一体化していた。彼女の腕と足が二重に見えた。股の間をリスのように素早く潜り抜けるボール。

僕はたちまちボールを奪われて、シュートする彼女の背中を拝んでいるだけになった。苦し紛れに僕が放ったシュートが、偶然立て続けに三本入った以外何もできなかった。僕は焦った。十三対三になった時、彼女は立ちながら喘いでいる僕を見下ろすように、投げキスをしながら言った。

「ジェッド。あなたが好きよ。この辺で終わりにしない? でないと今日が、あなたには忘れられない一日になるわよ」

「僕もそれを勧めるよ。実はデートの約束が有ってね。ここらで失礼する。あとはラメラが審判を兼ねてもいい」
 ケリーは、ゲームが始まるや否や、興味を無くしていた。体育館の窓の外から手を振っている金髪の女の子に微笑むと、さっさと消えた。

 挑発されていると僕は感じた。侮辱されているとも思った。彼女がここまで攻撃的だとは思わなかった。彼女に対抗するにはどうしたら? 今の僕には何もできない歯痒さが有った。彼女は、圧倒的に鍛え上げられた筋肉と動きを備えていた。

僕はこのまま負けてしまうのか? それじゃあまりにも悲しく虚しい。一週間大好きな数学を休んで、汗だらけになって練習したじゃないか! 何とかならないのか? 何か方法が? 今までの人生でこんなにそれを切望したことは無かった。僕の攻撃サイドになった時、突然僕は彼女に背中を向けた。自分でも気づかないうちに、高音で唸り声をあげていた。

「どうしたの? 降伏のサイン? それとも泣いてる?」
 ラメラが笑いかけた時、僕の体は飛んでいた、軽くしゃがんで思い切り跳ね上がると、後ろ宙返りで僕の身体は空中にあった。ラメラの頭上で丸まった背中が伸びるのと同時にボールを離すと、慣性力でそれはボードまで飛んで行った、僕が両足で彼女の背後に着地すると同時に、リングの輪を抜けた。ラメラは呆気に取られていた。

彼女の攻撃の番になり、僕の前でドリブルを始めた。高速だったが、なぜか僕にはそれがゆっくりと見えた、そして僕の脇を抜けようとした彼女の股間を素早く潜ると、跳ねた。ラメラは一瞬止まったが、シュートした。僕は空中で彼女が手を離した瞬間、そのボールを両手で掴んだ。ボールは彼女の希望どおり、しかし僕の意思と刻印を残してゴールに吸い込まれた。

僕は偶然、見つけた宙返りと相手の股ぬきでポイントを積み重ねた。動転した彼女のミスも手伝って、気づけば、一九対一九のタイスコアになっていた。

ラメラはもう笑っていなかった。彼女は信じられない目で僕を見た。信じられないのは僕も同じだった。どうして自分にこんな動きができるのかさっぱり分からなかった。奥深い場所から僕の本能が目覚めたのか。アクロバティックな動きの才能が潜んでいたとは! 僕は少し有頂天になった。あと二ポイント。勝てるぞ! 

ラメラが必死の形相でドリブルを始めた時、僕はあの声を耳にした。
「ジェッド! ジェッド!」
 僕が気を取られている間に、ラメラはシュートした。
再び、声が響いた。
「ジェッド!」
 僕が自分の置かれた立場を忘れている間に、ラメラは僕のボールを奪い、シュートした。
 気づけば僕は、負けていた。

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