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人は『フリ』を信じるよ

人は『フリ』を信じるよ。

幸せなフリ。
平気なフリ。
完璧なフリ。
善良なフリ。

その美しい『フリ』の内側で
君がどれだけ苦しんでいても
人は基本的に相手の振舞いを
そのまま受け取る。

明るく振る舞っているなら
明るい人として
気丈に振る舞っているなら
気丈な人として接する。


人間なのだから
暗い面もあるはず。
脆い面もあるはず。

しかし暗さや脆さなどの
不完全さを見せない人に

「でも本当は暗いところもあるんでしょ?」
「脆いところや不完全なところもあるんでしょ?」

とフリの下に隠れた部分を追究するのは
『詮索』であり、多くの人にとって
自分が見せたくない部分を
掘り下げられるのは不快なので

「自分が嫌なことは相手にもしない」

心理から「本当は『フリ』なのでは?」と
疑問を感じたところで
相手の『フリ』を指摘する人はあまりいない。


ところが『フリ』をする人の中には
自分の弱さや暗さを見せたくないから

幸せそう
平気そう
完璧そう
善良そう

なフリをしているにも関わらず
提示されたとおりに受け取る周囲に

「どうして気づいてくれないの?」
「この状況で平気なはずないでしょ?」

など配慮が足りないと感じてしまう。


繰り返しになるが人間は基本的に
表に現れていることしか分からない。

内側にどんな想いや考えがあっても
言葉や行いとして表現されない限り
外側の人たちには伝わらない。

仮に隠された感情に気付いたところで
相手がせっかく隠しているものを
無遠慮に突くことを人はためらう。


だから周囲が自分の苦しみに
気付いてくれないと感じるなら
自分がその苦しみを隠していないか?
まずは考えてみる。

触れられたくないから
隠しているはずのそれを
本当はどうしたいのか?
自分の心に聞いてみる。


知って欲しいなら表に出すしかない。

知って欲しくないなら
触れられたくないから
『フリ』をしているんだということ。

周囲は自分が振る舞っているように
受け取っているだけだと理解すれば

「誰も自分を分かってくれない」

という苛立ちに、いくらか折り合いをつけられる。


🌸最後までご覧くださり、ありがとうございました🌸