選ばれない自信


世界を混乱に陥れた新種のウイルスが蔓延。
その予防効果があるという薬が開発された。 

「え?拓也君は薬飲むの?」 
「逆に、飲みたくないやついるの?」 
「だって、1万人の中で 200 人も・・・」 
「たった 200 人がなんだって?あー、早く手に入んないかなぁ」 

飲んでおけば安心だ、みんな飲んでるし。 
ウイルス自体や、病気になることにはこんなにも慎重で懐疑的なのに、
なぜ「予防薬」の存在をこんなにも自然に受け入れられるのだろう。 

こんなことを疑問に思う、僕が間違っているのだろうか。

「カンパーイ」 
「なんか飲み会みたいだな」 
「いいじゃん、これで俺らは病気になんないんだし」 
「明日からの自由に!カンパーイ!」 

大学の学食で最近よく見る光景だ。 
予防薬を手に入れた連中が、集まって一気に飲み干す。 
僕は、思わずその後の動向を見守ってしまう。 

集団の奥では、テレビが今日も交通事故や殺人事件を知らせているが、
きっと彼らの耳には届いていないだろう。 
たった数人に選ばれる人とその他大勢。
一体そこには、どれだけ大きな隔たりがあるのだろうか。

「何見てんの?」 
「え?あ、何でもない」 
「そうだ、お前まだ薬飲んでないって言ってたよな?」 
「うん、なかなか手に入らなくてさ」 
「よかった!俺、1 つ余ってるからやるよ」 
「え?」

手に入らない、と言うのは建前だ。
手に入れようとしていない。 

僕はまだ、その薬を飲む覚悟ができていなかった。 

「そういえば、和樹君も薬探してたかも」
「お前、ほんと良いやつだな!大丈夫!あいつもアテができたって言ってたぞ」

僕のわずかな抵抗も拓也には伝わらない。

いいやつなのは、拓也の方だ。
自分のものですら手に入れられず、苦労しているようだと和樹に聞いていた。
そんな彼の手元に薬が余っているわけがない。
全く用意する気配のない僕のために奔走し、偶然を装って届けられるような男。

僕はこの優しさに、何度救われてきただろう。

渡される小瓶が少し重くなった気がした。

「あ、ありがとう」 
「気にすんな!これで、俺らは大丈夫だな!」

爽やかな笑顔に押され、僕はボトルに手をかける。
彼が見つめる中、一気にその中身を飲み干した。 

あ、思ったより甘くておいしい。
これで病気にならずにすむならいいのかも。

・・・ここで、僕の記憶は途絶えている。 

「1万人の中で 200 人、脳に障害が残るんだって」

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