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4ヶ月ぶりに人と話した

最近「なにをしたらいいのか分からなくなって、結果としてなにも出来なくなる」現象に囚われて全然筆が乗っていなかったのですが、本来思ったことを書き連ねるのにそこまで思い詰める必要はないだろう!ということで日記を書きます。書きました。

エゴン・シーレ展観てきたよ!こういう美術館の展示を見に行ったこと自体が初めてのことだったんだけど、絵と1対1で向き合える環境が構築されててすごかった…。夢中で絵を見ていたら二時間くらい経ってました。同じ絵でもスマホで見るのと実物を見るのではこうも違うんですね。他の画家の絵もあったけど、自分が西洋美術に詳しくないせいでフルに楽しめなかったのが悔しい。もう1回行きたいし、その時までに多少なり美術の教養を身につけておきたいです。

そのエゴン・シーレ展を見るためのチケット売り場で、4ヶ月ぶりくらいに人を会話をしました。「会話」と呼ぶには浅すぎるものだけど。どんな内容だったかというと
「(チケット)一般でよろしいですか?」
「……高校生です」
「はい高校生ですねー」
程度のものです。これは会話というよりも接客ですね。
これくらい大したことないコミュニケーションなのかもしれませんが、この会話が4ヶ月ぶりの発声だったんですよね。そのせいでたった数音話すだけの動作がめちゃくちゃ大きな壁になりました。
まず声が出ないんです。陰キャがよく言う喋れないとはまた違った性質で、声の出し方が分からなくなるんです。「どうやって喋るんだっけ…?」と思い出す時間が生まれるんですよね。そのまま喋り出す時間も遅れ、結果としてよく分からない間が発生することになります。やっとのことで声が出てきましたが、今度は会話の組み立て方が分からない状態に陥ります。普段から文章の組み立てができないのかと言われると多分そんなことはなくて、少なくとも意味が伝わる文章が少しは書けていると思います。が、それはあくまでも「書く」場合の話。「喋る」ときは文章の構築と発声を同時にやる必要があり、それが本当に難しい!今喋っている言葉は脳内でも再生されるので、話すことを考えながら喋ると途中で今喋ってる言葉が介入してくるんです。だから会話中に自分が何を考えていたか分からなくなることがあります。先のような一文で完結する文章ならまだ対処可能ですが、突発でプレゼンとかこなせる自信が全くない…。

上手なコミュニケーションが1つの技能であるように、コミュニケーションも継続して行わなければその方法を忘れます。ガチで。人との接触が少なすぎる状態なら、意識して人と話す機会を増やしていきたいですね、?

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