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『ブルックリン・フォリーズ』(1500字)                  人生と家族の再生の物語                                                                                                            

 今回はスケッチ・シリーズはお休みして、現代アメリカの小説を取り上げます。
(文学記事が苦手な方はイラストつきエッセイだと思って流し読みしてくださってけっこうですよ)

 この冬眠中に読み漁った本のうちの一冊から。


 私は静かに死ねる場所を探していた。 誰かにブルックリンがいいと言われて、翌朝ウェストチェスターから偵察に出かけていった。 
 (中略)
  わが情けない、馬鹿馬鹿しい人生の、静かな結末。 


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 ポール・オースター著『ブルックリン・フォリーズ』(2005年刊行)の冒頭の文章。
 何と情けない書き出しであることか💧(とはいえ、僕はこの一文が妙に身に沁みて、本を手に取ってレジに向かったのだか…)

『ブルックリン・フォリーズ』 
ポール・オースター著、柴田元幸訳(新潮文庫)
※  フォリー(folly):愚行
 複数形:寸劇、風刺劇

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 60歳を前にして肺ガンを患い、仕事も辞め、妻からも見捨てられてすべてを失った男の周囲に繰り広げられる悲喜劇である。

 余生を静かに過ごすべく、幼少期を送ったブルックリンに戻り、とりあえず借りたアパートを終の住処として「人類愚行の書」を綴ることを人生最後の慰めとしながら独り暮らしを始めたネイサン・グラス。
(……と書くと、太宰治の『人間失格』のような湿り気たっぷりの救いのない日本の私小説が思い浮かぶが、そこはアメリカ文学だ。あくまでカラッと乾いている)

 街の古本屋で甥のトムと懐かしい再会を果たしてからというもの、思いもつかない冒険と幸福な人生が展開し始める。


🌸 🌸
 ここに登場する人物たちは、全員が極めつきの悲惨な運命に遭遇した者ばかりだ。
 語り手のネイサンをはじめ、約束されたはずのエリート街道から転落し、古本屋の店員をしながら将来が見えない日々を悶々として過ごす甥のトム。
 誰の目にも幸福に映っていた結婚生活が次々に破綻していく周囲の女性たち。
 カルト宗教にのめり込んだ夫によって軟禁状態に置かれた妻。
 退職後に夫婦で夢見たペンション経営の実現を前にしながら、妻の急死によって一人取り残され、毎日孤独に芝を刈るだけの日々を送る夫 etc.etc

 それにもかかわらず、不思議な絆で結ばれた彼らが奮闘した最後に家族と人生の新たな再生を遂げる希望の物語である。

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 この作品のもう一つの特徴は、物語の語り手は男性だが、実は圧倒的な女性讃歌だということだ。
 何だかんだといっても、男というものはろくでもない弱い生き物であり、これらダメ男たちの桎梏くびきを振りほどいて自由にしたたかに羽ばたいてこそ女性は光輝くのだ!とオースターは言わんばかりだ。
(まことに遺憾ながら、僕も我が身を顧みてこの見解に深く同意するものである💧)

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 ポール・オースター。
 現代アメリカのポスト・モダン文学の代表的存在であり、日本にも多くのファンを持ち、村上春樹も大いなる影響を受けているようだ。

ポール・オースター (Paul Auster)
1947年生まれのアメリカの小説家、詩人。

 都会の中の孤独、アイデンティティの喪失、人種と性の多様性、夫婦や家族の崩壊、キリスト教教原理主義と宗教的狂信etc…といったシリアスな現代的課題に向き合いつつも、ウィットに富んだ才気溢れる文体と意表を突くストーリー展開。

 この作品の舞台設定は2001年。
 ハッピーエンドかと思いきや、16分後に起きる9・11世界同時多発テロを予感させつつ物語は不穏な終わりを告げる。

 一度手に取ったが最後、抜け出せなくなる中毒性を持つのがポール・オースターの作品の魅力だ。

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 2001年、この曲がリリースされた1週間後に同時多発テロか発生し、当時のアメリカのテレビやラジオでは、この曲が復興のシンボルとして頻繁に使われた。

エンリケ・イグレシアス 『ヒーロー』


【次回投稿予定】
2月10日(土曜)午前

平和公園スケッチシリーズ3