物語のチカラ 『照子と瑠衣』
今日4月10日は「女性の日」。
そして、この1週間が「女性週間」。
クラシック音楽同様、noteではこのような文芸記事は一般ウケしないだろう。
それでも、今ここで取り上げておかなければ永久に埋もれてしまう。
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ド派手な表紙だが、コミックではない。
井上荒野著『照子と瑠衣』
(祥伝社から2023年5月に刊行)
著者の井上荒野は、昭和文学の鬼才・井上光晴の長女にして直木賞作家であり、作品ジャンルとしては中間小説ということになろうか。
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1991年のアメリカ映画『テルマ & ルイーズ』(Thelma and Louise)から着想をを得た物語だ。
中年女性二人が自由を求めてドライブ旅行に出る、というところまでは映画に類似した設定である。
しかしラストシーンでは、1990年代のアメリカにあっても女性が自立と自由を求めることが極めて困難な状況に置かれていたことを象徴する悲惨な結末が描かれる。
だからこそ井上荒野は30年後の日本において、断固として彼女たちの自由・自立の肯定と希望と祝福の物語を書かずにはいられなかったのだ。
だからこそ敢えて70歳の女性たちを登場させる理由があったのだ。
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長年夫の横暴や無神経さに耐えてきた専業主婦の照子。
老人マンションでの派閥争いや嫌がらせに我慢の限界を迎えたシャンソン歌手の瑠衣。
親友同士の二人は、70歳の高齢にしてそれぞれが置かれていた境遇をすべて振り捨て、BMWを運転して信州の別荘地に逃避行し、空き家となっていた他人の別荘を一時的に隠れ家として拝借して生活を始める。
……とくれば、そこに待ち受ける運命は当然「悲惨」の一語に尽きそうなものだが、作者の描く二人の姿はあくまでも希望に満ちて、逞しく、軽やかで、明るい。
何よりも、全編に漲る疾走感がたまらない。
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その小さな街でささやかにカフェを営む若い夫婦の依子と源ちゃん、「酒とカリーの店」を営む中年男性のジョージ、すみれ色のベレー帽の静子婆ちゃんたちとの明るく心温まる交流が二人を優しく包み込む。
そういう温かい交流の中から、瑠衣の心境にも変化が生まれる。
「あたしは照子に知らせたいのだ。男っていいものだということを。
この世界にはとんでもない男もいるけれども、いい男というものも存在し、いい男はいい、ということを……」
(その通り 👏^^)
そして、この二人の失踪劇の裏には、実は照子によって周到に仕組まれたトリックがあったことが明かされつつ物語は終章に向かう。
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フィナーレ。
新しい人生に向かって旅立つ少女の背中を押して、微笑みながら見送る照子と瑠衣の姿があった。
少女は手を振りながら、ふとつぶやく。
「いつも笑っている、いつも上機嫌なふたり。あの人たちはどこから来たのだろう。そしてどこへ行こうとしているのだろう」
読後には、彼女たちが羽織る赤とピンクのダウンの色彩が、鮮やかな残像として瞼に焼きつく。
もう一度言おう。
この作品は、女性の自由・自立の肯定と希望と祝福の物語である。