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二世帯住宅が完成しない #8 神探し

家づくりにおいて、難航する1つが、メーカー選定。

家の命運を決めると言っても過言ではない。建築の過程は素人によくわからないし、いい加減な施工をされても気づきにくい。高い買い物だし、信頼できるメーカーを探し当てなければいけない。

うちは二世帯住宅を建てるので施主は4人。夫婦2人でも血で血を洗う争いをするだろうのに、皆が納得した上で1社を決めることができるだろうか。

はじめの一歩として、私たちは近くの住宅展示場へ行った。

まずは、D社のモデルハウスへ入った。当時のCMの謳い文句どおり、天井は高く、広く見えた。ピアノの音が全く漏れない防音部屋もあった。のちに、二世帯特有の生活音に苦しむ私たちは、この防音技術が喉から手が出るほどほしくなる。

営業は40代男性。ミッチー(及川光博)を思わせる紳士対応にトゥンクする。住宅性能についても、何を質問してもスマートに答えてくれた。後日出してくれた間取り案が、手書きだったのは意外だったが。

次はH社へ。屈強な外壁が売りだ。モデルも3階建て二世帯住宅で、イメージしやすい。

3階を親スペースにし、家の中にエレベータがあった。中学時代、裕福な同級生の家にエレベータがあると聞き、耳を疑った。今なら簡単に設置できるのだろうか。お値段は400万。やっぱり簡単じゃない。

営業は50代の男性。雰囲気はハズキルーペをかけた麻生太郎。こなれた営業スタイルで、後日、土地情報を基にした立派なパース付き間取り案を出してくれた。

今度はS社。名前に林業が入っているだけあって、木にこだわる素敵デザイン。無垢床も心地いい。木材はS社が保有している森林から調達しているとか。後に、ウッドショックで大打撃を受けた私たちは、指をくわえて羨むこととなる。

営業は、ぽっちゃりした若い男性で、眉毛の薄い加藤諒。彼は自社に誇りを持ち、愛嬌もあった。ただ富裕層相手なのか、予算を伝えると、しつこい営業はなかった。

どのモデルハウスも素敵だった。しかし「ここがいい!」とピンとくるものはなかった。

そんな話を交えながら、家計画について、上司に話した。すると、いつもふざけた調子で雑談する上司が、急に目の色を変えた。

「1社だけ1度でいいから、行ってみてほしいところがある。」

紹介されたのは、上司の家を建てた設計事務所だった。
「住んで10年経つけど、デザインは飽きないし、夏は涼しくて冬は暖かい。自信を持ってオススメするよ。」

上司の言葉は力強く、早速調べてみる。その設計事務所の社長は「高気密高断熱住宅」「エコハウス」をテーマにたくさん著書を出していた。

読むと、日本の住環境レベルは、欧米に比べて低いことを指摘していた。特に昔ながらの戸建ては、冬は寒く夏は暑くてたまらない。どんな設計をすると、低コストで季節ごとの弱点をカバーできるのか、住宅の性能に関して数値にこだわりながら専門的に説明されていた。

また、読み進めると、社長の「快適な家づくり」への強いこだわり、日本の住環境を革命したいという熱い気持ちが強く伝わってきた。…これは、ぜひお願いしたい。

意思決定が難しい二世帯住宅。社長の著書は、夫、両親へのよい説得材料にもなった。

実際に家を建てた上司のお墨付きもあるし、家づくりは、情熱が熱い人に関わってもらいたい。「ここにお願いしたいね。」私たちは満場一致。サザエさんのエンディングのように、家族一列で設計事務所へ軽快に押し入った。

実際には、アポを取り、電車で行くと伝えると「駅までお迎えに上ります。」と担当さんが言ってくれた。ありがたく、大人4人がわらわらと駅ロータリで待つ。

突然、白いBMWがカーブしながら颯爽と私たちの前に停まった。ピーナッツの投げ食いの口でポカンと呆気に取られていると、扉が開き、社長が現れ、エスコートされた。

コレ…男性にされると、一発で恋に落ちるやつ…!しかも高級車!これは社長…儲けてますねぇ…!
私の脳内はがっちりマンデーのナレーターが中継する。

送迎中、車内ではフランクに会話する社長。会話が途切れないところにも頭の良さを感じる。そしてよく見るとセンスのいいシャツとズボン。そしてキレイに磨かれた革靴。「一流」を感じる。

ときめきが止まらない施主側。打ち合わせの席に着くと、早速ご丁寧に我々一人一人に名刺を差し出す。低姿勢なのも好感が持てる。でも、言うべきことははっきり言ってくれる。社長はそんな印象の方だった。

初回は要望を聞き取られ、狭い土地での二世帯住宅にも関わらず、「中庭がほしい」「風呂トイレは広めで」など言いたい放題の施主。

「これは…難しいですね…」一通り聞き、苦笑いする社長。ですよね。狭いんだから間取りについては、多少は妥協が必要だろう。

後日、ファーストプランができたと連絡が入る。私たちは足を渦巻にして駆けつけた。

机の上に置かれたA3の紙を見て、私は両手を口に添えた。嘔吐じゃない、感涙だ。表紙には立派な外観パースが描かれていた。

住宅展示場で目の肥えた私だが、これは見劣りしないくらい「いい家」だ。そして、間取りも見ると、驚くべきことにすべての要望がクリアされていた。

「難しくて、腕が鳴りましたよ。」社長は微笑みながら言う。このクダリはどの客にもやっているテクなのだろうが、私たちは虜になった。


家づくりにおけるメーカー選定は、神探しとも言える。人生をかけて建てる家を、どこに任せるか。大きいお金が動くし、多少のトラブルが想定される。でも、信じる者は救われるというように、信じる神と一緒なら苦難も共に乗り越えられ、住み始めてからの満足度も高い。

私たちも巡り巡って、神に出会えた。上司には感謝である。私たち4人はやっとスタートラインに立てた気がした。

走り出して間もなくだった。
謀反人が現れ、この四人五脚がずっこけたのは。

ここまでお読みいただきありがとうございました!これは二世帯住宅を通じて、「家族」について考える連載エッセイです。スキをいただけたら、連載を続けようと思います。応援よろしくお願いします!

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