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二世帯住宅が完成しない #12 一世一代

Pardon?

英検準2級の面接では、英会話ができずとも、「コレを言っとけば受かる」と聞いたことがある。何を質問されても Pardon?だけで乗り切れると。

和訳すると、
「聞き取りにくかったので、もう一度言ってください。」

サンドイッチマンの富澤さん的に言うと、
「ちょっと何言ってるかわかんないっす」

確かに、これを言うと会場が笑いで湧く。

しかし、残念ながら、人生は英検準2級ほど舐めたものでない。

富澤さんも窮地に立たされて、このネタを作り、M-1で優勝した。
一世一代をかけた大勝負をする人の魂が、この言葉にはある。

「家にエレベータをつける?…ちょっと何言ってるかわかんないっす。」

このとき私の中にも、富澤さんが降りていた。
父の発言は、またも寝耳にウォーターだった。

私達も一世一代の大枚をはたいて、二世帯住宅を建てる計画を進めていた。
家づくりも、決してのらりくらりで完成するものではない。

父は、4か月間練った間取り案を、おじゃんにしようとしていた。
「親スペースを1階にする話やったけど、周りに建物があるから、1階は特に日当たりが悪いと思うねん。」

私たちの土地は広くないので、完全分離型二世帯住宅となると3階建てになる。両親はこれから足腰に負担がかかるだろうということで、自然と領地分配は、親が1階、子は2・3階となっていた。

「暗いのは嫌やから、子スペースは1・2階にして、3階を親スペースにする。そしてエレベータをつける。そしたら足腰の負担もない!」

両親は、日当たりについて特にこだわっていた。昼間は照明ナシで過ごせるくらい明るい家がいいと。しかし、うちの土地の周囲には、2階建て以上の建物が囲み、確かに1階は日射取得しにくい。

それで、このエレベータ案。発想力を自負してか、父の顔が、もんのすごいドヤ顔だったのを覚えている。言い切り方が「ピザじゃなくて、ピッツァです!」の富澤さんと一緒だった。

富澤親子の私達では、永遠に冷えたコントが終わらなかったが、母に伊達ちゃんが舞い降り、ツッコミを入れる。

「エレベータの話は、もう設計事務所に相談したやん。寝てたんか?」

そう。このエレベータ案については、早い段階で設計事務所にて既に相談済み。予算面で断念した経緯があった。

エレベーターの設置費用は、400万円ほど。それに法律上、数か月に1度の定期メンテナンスが必須だとか。イニシャルコストとランニングコストの二刀流で懐がえぐられるという話だった。

「…そんな話、していたかな?」
まだ定年前なのに、認知症の祖父のようなことを言う父に、血の気が引いた。夫も引いている。

「し…しっかりしてよ~!」
思い返せば、昔から、父は人の話を聞いているようで、別の考え事で上の空のことがよくあった。

「お父さん、理系体質だから~。」
母もフォローする。理系ってのは、やっかいな体質だ。N=1だが。
この現象は、家が建つまでに数億回起こった。

結局、1階の採光窓を増やすことで、両親には納得してもらった。
実はこれがすごく高い。窓1枚で20万円以上するものもあった。うちは準防火地域のため、窓は防火仕様のものを採用しなければいけない。おのずと金額は跳ね上がり、最終的には、子スペースの窓を減らして節約した。


ここで改めて、当計画の施主のメンバー紹介をする。
この二世帯住宅における施主は、父、母、夫、私の4人。
(途中から娘も加わる。)

「4馬力ですか!それは、いい家が建ちますよ!」と誰もが言った。両親もまだ定年前で現役で働いていたのだ。そう言われると、私も簡単に家が建つ気がしていた。

しかし、一見最強にも見えるこのスクラムは、1人でも力の作用点がズレると、あっけなく崩れる。

現に、設計事務所との契約直前、工事費の概算見積が想定より高く、びっくり仰天した父が、I社への鞍替えを図る大騒ぎしたのは、前述のとおり。施主内で意見が割れると、収拾がつかず、二世帯計画は簡単に頓挫する。

結局、I社もそれなりにお高いことがわかり、父も鞍替えを断念。なんとか設計事務所と正式に契約することになった。

思えば、父がI社への鞍替えを図ったのは、このエレベータ案を思いつき、どさくさに紛れて、間取りをイチから作り直したい思惑もあったからでは…。いや、もう邪推はやめよう。

夫と両親の板挟みでもある私は、これからの道のりが険しいことを覚悟する。実際、今回の一件はほんの序章に過ぎなかった。

1つ1つの意思決定までには、我々のジェネレーションギャップ、価値観や経験値の違い、プライドなどが入り乱れ、私はひっくり返したバケツの水をかき集めるように、不毛な調整に明け暮れることになる。

家は、一世一代の買い物。身銭をかけて、4人の欲望はぶつかり合う…。

ただ、一世一代とは言うが、実は両親にとっては、これが3度目の買い物であった。

お2人は新婚時、郊外のマンションを購入。その後、バブルの後押しもあって、子育てしやすい都心近くへ移住するため、マンションを再購入した。

ローンを抱えた瞬間にバブルが崩壊し、不景気の中なんとか完済。しかし、間もなくしてご近所トラブルに遭い、避難するように賃貸物件へ転居した。そのまま20年以上住み、現在に至る。

両親は賃貸に長く住みながら、すでに2度の住宅購入歴がある。二世帯住宅は、夫婦になって4度目の新天地。両親にとっては、「家は一世三代の買い物」となったので、人生とはわからないものである。

住宅購入はリスクがある。二世帯住宅となると、万一のダメージも2倍だ。両親の過去を見ていると、一生賃貸の方が賢い気もする。

しかし、乗り掛かった舟。夫と私にとっては、一世一代の買い物にしたい。

なんとしても成功させる。

当時の私は、その思いで魂を燃やしていた。

ここまでお読みいただきありがとうございました!これは二世帯住宅を通じて、「家族」について考える連載エッセイです。スキをいただけたら、連載を続けようと思います。応援よろしくお願いします!

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