いじめ

毎年、一回はどこかで聞く言葉いじめ。かくゆう俺も小学校の頃いじめられていた。いじめてる側が悪いということが前提だが、俺はどちら側も悪いと思う。小学生当時のクソガキの俺は、なぜいじめられているのか全く分からなかった。身長が高く細い俺は、もやしやごぼう、鼻水も出ていたので鼻水とか言われていた。椅子に画鋲があるとか彫刻刀で背中を刺されるとかそんなことはなかったが、ひたすらにみんなから無視されていた。一番痛かったことは、後ろから傘をまた下に入れて思いっきり引っ張る。すると傘の持ち手の曲がってる部分が股間に当たるというやつが一番痛かった。語彙力がなくて伝わってるか分からないが、あれをされると気絶するぐらい痛い。男は、金たまを思いっきり殴られるのの上位互換だと思ってくれればわかりやすいと思う。話が脱線してしまった。そんなことは、今回のいじめのどっち側が悪いかってことには関係ないのでどうでもいい。俺がいじめられてた原因は、簡潔にいうとky当時の言葉で空気読めないというやつだ。俺は、ご飯中テレビを見てはいけない家庭だったからゴールデンタイムにやってる番組や漫才を知らなかった。ゲームも買ってもらえなかったのでみんなの話題に入れなかった。そんな何も知らない俺がサンドイッチマンやノンスタの話題をしている奴らの中に何の武器もなし突っ込んでいったらどうだろうか。向こうからしてみれば自分たちがしている話に全く関係ない話をしてくるやつが入ってきたらムカつくだろう。これは、いじめられている人に共通にことだと思う。そしていじめられている子を持つ親は、話題作りの重要性を全く理解していないことが多い。こういうとこから親子関係がこじれていく。ゲームやスマホというのはただのものとしての意味だけじゃなくコミニケーションのツールだということを理解していない。少し前に親父と喧嘩して、いじめの話になった。親父はたかがゲームだろと言っていた。小学生の俺はそこまで考えて親にゲームが欲しいと言えていたわけではないが、あの頃の俺にとってのゲームは、コミュニケーションのツールであり話題の一つだった。それは世代によって変わるものだろう。親父の頃は他のものだっただろうし、俺の子供の世代になればまた別のものになっているだろう。それがたまたま俺の頃は、wiiやDSだった。俺の親はそれを理解していなかった。さっき話したテレビや漫才もそうだ。世の中にはそういう親が多い。今長々語ったのは、俺個人の「話題」の話で他の人間がどうかは知らんし、いじめっこは俺の家庭環境など知らん。無垢な考えで自分と違う奴を否定する。多分俺も自分が面白く話してるところにそんなやつが来たらいじめる。いじめられてる側は、まずいじめる側に立って考えてみればいい。なんかこれだと俺がいじめてるやつみたいだが、俺の言いたいことが伝わってくれると嬉しい。これとは別に無差別にいじめの標的にされることがあるが、こんなのは簡単でたまたまその場にいるキモい奴を下から選んでいったら当たったというだけだ。いじめられる奴に限っていらない行動や発言をする。俺も多分そうだったんだろう。別にこれは世の中弱肉強食だ。とか言いたいわけではないが、いじめられなくなるには、強くなるか面白くなるかの2つしかない。この前YouTubeを見ていたら毎日いじめられたことを日記に書いて、それをネットで公開すればいいというのを見たからそういうのでもいいと思うが、それでは根本的な解決にはなっていないと思う。仮にいじめがなくなったとして、どっか他の学校に転校してもまたいじめが起こるかもしれない。それでまた日記を書き訴えるの繰り返しでは意味がない。行動しなければいじめられるだけだ。強くなりたいんだったらボクシングでもやればいいし、面白くなるんだったら漫才を見たり人がどういこことを話しているのか見ることが大事だ。世の中で最も価値があるものは情報であり、今学校内で何の話題が一番流行っているのかを見極める力が必要だ。いじめてる奴なんていじめを覚えてない。終わってから仕返ししても意味がない。なぜかいじめてた側と友達になっていることもある。世の中そんなもんだ。まあ今ニートの俺が言っても全く説得力がないが、今いじめられてるやつがこれを見て役立ったら幸いだ。

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