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街の本屋さんが生き残るため、本当に必要なこと~後編・出版界全体の生き残り策~

リッカ・コンサルティングのフクダです。
前回は「街の本屋さん」が置かれている出版界全体の状況についてお話しました。

今回は「じゃあ、具体的に何をすれば本屋さんを残せるの?」というお話です。

何を残したいのか?

私は今、農業や食関連のコンサルティングをメインにしているのですが、農業の世界でも「農業者の減少」や「耕作放棄地の増加」が問題となっています。そこで関係者とよく話すのが「本当の問題はなにか」「何を優先的に残したいのか?」ということ。

具体的に言うと、農地を残したいのか、農業人口を保ちたいのか、農業生産力を保ちたいのか。日本の人口が減っていく中で、労働力も国内需要も落ちていくわけですから、全部を右肩上がりにはできないわけです。農業政策としては、残していくべきものの優先順位を決めなければいけません。

本屋さんの問題で言えば「書店という業態を残したいのか」「紙の本の流通を残したいのか」「出版文化へアクセスする機会を残したいのか」といった選択肢です。経済産業省のコメントを見ると、文化的な側面もさることながら「紙の本と、業態としてのリアル書店を残したい」と捉えられます。

儲かるための方法は3つしかない

基本的な話ですが、本屋さんが今より儲かるためには、「売上を上げる」「利益率を上げる」「経費を減らす」の3つの方法しかありません。

前編でお話した通り、日本の人口がどんどん減って、メディアも電子書籍やらオーディブルやら多様化していく中で、個々の書店がどんなに頑張っても紙の本がこの先バカ売れするなんてことはありません。
となれば、できることは限られます。

1,業界全体のムダを省いて経費を削減する
2,書店の利益率を上げ、フェアな競争環境を作る
3,本の販売以外の収益源を作る

これらに向けて、国だったらどんなサポートができるのか、考えていきましょう。

1,業界全体のムダを省いて経費を削減する

今はどうだか分かりませんが、出版業界にいた頃、社内でも書店さんでも出版社のかたでも「圧倒的に文系(文学部系)人間ばっかり」でした。本のことは大好きですが、理系のこと、数字のことになるとてんでダメ、という人が非常に多い業界です。
書店経営者や店長クラスでも、本のことは詳しいけれど経理には疎くて、経営が危なくなって取次や銀行が介入してから慌ててキャッシュフロー改善に取り組む…なんていうパターンも少なくなかったです。

製造業でよくやる「乾いた雑巾を絞るような」細かいカイゼンなんて、この業界で聞いたことないです。出版社や取次は大きな設備投資もリストラもやっていますけれど、本当に効率化ができていたら、いまだに返品率35%なんていう体たらくにはなっていないはずです。雑巾、まだまだびしゃびしゃです。

今、これだけ全産業の環境負荷を減らそうと言われているのに、雑誌の返品率が40%近いなんて異常な話です。業界では「再生紙としてリサイクルするから環境負荷は少ない」なんて言い訳していますが、往復の配送コストが最大の環境負荷です。

国がテコ入れするとしたら、まずは在庫の削減や仕入・委託配本の精度向上といった、出版流通業界全体の「ムダ」を省くためのDXサポートではないでしょうか。少なくとも返品と在庫を今より10%削減できれば、出版社・取次・書店それぞれのキャッシュフローも利益率も改善できるはずです。

あわせて出版業界が苦手なのがwebマーケティングの活用。実際に読めば素晴らしい本だったり良いフェアを組んでいるのに、ターゲットのお客さんに伝わっていない。企画もデータに基づいていない。これはお店や出版社によってレベルの差が大きいですが、同時にちゃんとやれれば伸びしろも大きいと感じています。

2,書店の利益率を上げ、フェアな競争環境を作る

業界全体のムダを省くことができたら、次は本屋さんの利益率を上げる方法です。これには2つ方法があると考えられます。

1つ目は、例の「77%」という掛率を下げること。例えば「70%」にできれば、同じ売上でも書店に残る利益は増えます。
Amazonが60%で仕入れているのだったら、一般の本屋さんはせめて70%ぐらいでないとフェアな戦いはできないですよね。

でも、それだと出版社や卸が儲からないじゃないか、となれば本の定価を上げれば良いのです。国際的に見て、日本の本の価格は安すぎます。
他の業界はいま、ガンガンに値上げしているのですから、出版社も本当に需要のあるコンテンツに絞って、強気価格で売れば良いのです。

場合によっては再販制度を見直して、書店が自由に価格を決めて販売できる制度を作っても良いかと思います。立地や規模、扱い商品によって「少ない本を丁寧に売りたい書店」「一等地で、回転率で勝負する書店」など、1冊あたりの利益率を変えられれば、さまざまな書店の経営スタイルに対応できるでしょう。

とはいえ、これは一歩間違うと出版社を敵に回すことになりかねません。出版社はマスメディアという武器を持っていますから、国が下手に介入するとボコボコにされます。このへんは非常に高度な調整が必要でしょうね。

出版業界は非上場のオーナー企業が多く正確な実態は見えてきませんが、いま生き残っている大手出版社や取次も、関係者からは「昔買った倉庫などの不動産を切り売りしたり、資産運用して利益を出している」といった話をよく聞きます。業界全体が経営的に苦しいのです。

もう1つの利益率を上げる方法は、出版物のPB(プライベートブランド)化です。例えば◯◯書店チェーン限定オリジナルコミック、といったものが作れれば、自社で企画・仕入・販売できるわけですから利益率は上がります。実際、同人誌などはこのようなビジネスモデルになっていますね。
個人書店でPB商品を作るのは難しいでしょうから、例えばコミックに強い書店だけでボランタリーチェーンを作り、そこで企画商品を販売する方法もありだと思います。
例えば現在はどうしても割高になってしまうオンデマンド出版や小ロット印刷に関して、国が製版・印刷システムの開発補助を行って「小ロット・低コスト印刷」を可能にしていくなどの方法が考えられます。

それから「フェアな競争環境」という面で言えば、おそらく国はフランスに倣って、Amazonなどオンライン書店の「送料無料」に規制をかけてくると思います。
※フランスではオンライン書店の送料に最低料金を設ける法案が可決されました。

考えてみれば、リアルの書店だとレジ袋1枚でも別料金をとるのに、オンライン書店の本は配送用の袋に入って家まで届けてくれて追加料金なし、って随分おかしいですよね。

3,本の販売以外の収益源を作る

これは既にさまざまな手段がとられてきました。古くは英検などの検定受付、CDやDVDといった本以外のメディア・関連グッズ販売。最近では入場料をとる本屋さん「文喫」や、書店主催の有料イベント、売場の空きスペースを活用したギャラリーやコワーキングスペースの運営など、サービスとしての収益を得るパターンが増えてきたようです。

ブックカフェを新たな収益事業と勘違いする方もいますが、カフェという業態は飲食業の中でも、最も利益が出しにくいものです。
私は1997年、都内ブックカフェの草分け的存在である「ジュンク堂池袋本店」の立ち上げ時に、トーハンの営業担当として毎日通っていたのですが、当時からブックカフェは収益源と言うより顧客サービスや差別化手段のひとつ、という位置づけであったように記憶しています。

かつて書店は大きな売り場面積で、在庫を沢山持つことで競合店と差別化を図ってきました。しかし、ほぼ無限の在庫を持つオンライン書店と比べた場合、リアル書店の価値は「選書の的確さやセンス」に移りはじめています。
人は、新しいことを始めたいとき、新たな世界に興味を持ったときに書店を利用します。また、書店の選書を通して店側の「世界観」を表現しやすいですし、それに共感したファンが集まりやすい場でもあります。

私が以前担当した本屋さんのひとつに、現在は神保町と秋葉原で展開する「書泉」グループがあります。書泉は「趣味人専用書店」を標榜しており、徹底的にマニア向けの本ばかりを扱っています。鉄道・ゲーム・ミリタリー・アイドル・コミックなど、いわゆる「オタク」的な趣味人の聖地です。

特に神保町の書泉グランデの鉄道関連売場は鉄道オタクの聖地と呼ばれていて、全国から鉄道ファンが訪れます。「貨物時刻表」なんていう、一般人には全く意味の分からない雑誌がメチャクチャ売れます。

もちろん鉄道の本はオンライン書店でも買えますが、マニアにとってはリアル書店の棚が大好きな鉄道の本で埋め尽くされているさまが、たまらなく嬉しいわけです。また、選書している達人が陳列を通して「これもどうですかね」と勧めてくる新たな沼は、オンライン書店のレコメンドではなかなか出会えないものです。

そういった特色あるリアル書店の「場としての力」を、関連した収益源に持っていく方向性は、今後大いに考えられると思います。

これはジャストアイデアなのですが、書店員さんの選書センスやレコメンドを収益に変える方法があっても良いと思っています。アフィリエイトのように、◯◯書店さんがSNSやブログでレコメンドした本を出版社のオンラインショップで購入すると、売上の一定額が書店に振り込まれる、といったようなもの。書店ごとにネットショップを作って発送するよりも効率的です。
本屋大賞でもよく分かるように、書店員さんの選書眼やレコメンドというのは業界の宝だと思いますので、これをリアル書店以外にも展開して課金できる仕組みができるとよいですね。

繰り返しますが、そのためには書店員さんが「単なる肉体労働・作業」に割かれる時間を減らし、選書というクリエイティブな時間を確保するべきなのです。

私は子供の頃から本が大好きで、業界を離れた今もリアルの書店をよく利用しています。リアルの書店が生き残るには本当に厳しい状況ですが、あらゆる方面からのサポートを受けながら「街の本屋さん」が生き残ってくれることを願っています。


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