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小説「バスター・ユニオン」

第一話 獣人の扱い Ⅸ

「おい、朝だぞ」
「んっ、うぅんん……まぁてぇ……」

 彼女は寝ながら微笑み独り言をムニャムニャと小さく呟く。
どうやら夢の中で追いかけているように見える。

「まったく……やっぱり犬の獣人だな」

 常に獣人は家にいる時、沢山の睡眠をとる動物として見えてしまう。俺はそれを目で見て体感した。
 だがそれはそれとして、あの時に話した協力の件は心の中で揺らいでいた。
 獣人を「助けるか、それとも助けないか」より人間を敵に回す方が危険であると気づいたからだ。

(まぁこいつの見てくれは俺の好みではあるけど……)

 ふわふわな髪にシャンプーの香りが漂うセミロング。
 顔を見ても二重の瞼でクリクリの眼、その上に八重歯がある美少女。
 この獣人が人間なら恋人にしたいと誰もが思うだろう。

「クソヤロォ‼少し惜しいな‼」
「なに私を見て変な発言しているの?キモいんだけど」

 しかし、そんな妄想が膨らみ彼女のことを考えていたら、すでに彼女は目覚めていた。
 俺をジト目で見る彼女に発狂と興奮が混じって変な気分になってきた。
 獣人でも可愛ければ美少女なんだな。

「あ、いやぁ~……アハハ」
「答え方もキモイ……」
「あ……ゴメン」

 ウルセェ‼俺だって気持ち悪いって感じているよ。
 男の大半は好みの女子を変な目で見る。
 そう感じている紫苑は俺を女体目当ての変態だと勝手に悟った。
 そんな訳なので俺は彼女に距離を引かれた事実を塗り替えるために話を切り替える。

「あのさ、話があるんだけど」

 俺は真面目な眼差しで大事な話をすることを伝える。
 これはそう。男である俺が彼女にとって有用と信じるあろう願いである。
 その大事な話は彼女に関係する件。

「俺、お前を仲間に入れることにした」
「そうなの?じゃあ……」
「でも条件がある」。

 その提案に驚きと戸惑いが混同しているように見えるので、その要件の概要を分かりやすく説明する。

「俺はお前がアイツらの話をした時、厄介事を招いたって思っていた。でも昨日、俺はある人物との約束を思い出した」
「や、約束?」

 その人物を覚えているかと聞かれると声も顔も分からないし印象もない。
 ただ記憶は薄れていても、ある言葉だけは頭の片隅に残っていた。

「それは……俺がバスター・ユニオンと戦うってことだ」

 消えそうな記憶でもなんとか残っていた人物の言葉を絞り出した。
 しかし、彼女は頭上にハテナが見える怪訝な表情をして俺に問いかける。

「あ……あのさ。何を言っているの?」
「分からないか?俺はお前と一緒に戦うって言ってんだ」

 覚悟を決めて立ち向かう姿勢を見せ、敵の討伐のため協力して倒そうと話す。
 今のバスター・ユニオンは俺の親族にとって恥である。
 現在のバスター・ユニオン三代目である上田銭太。
 知っての通り、彼の祖先は元からバスター・ユニオンの総長ではなかった。

 実際は徳川清信という人物がバスター・ユニオンの創設者であり、徳川家こそが初代総長、対して上田家は清信の補佐役をしていたのだ。

 そして、両家は信頼を積んで、どんな困難があってもお互いに背中を任せてる関係であった。それがバスター・ユニオン創設後の伝説なのだ。

 しかし清信が亡くなると、補佐役である上田家が部下たちに総長になるよう密かに進めていた計画を実行する。その計画こそ上田家の孫、現三代目総長である上田銭太の昇進なのである。そして、それからは徳川家ではなく上田家が筆頭となり、バスター・ユニオンを支配したのだ。

「だから俺は恩人の約束を守る義務がある。それに獣人を奴隷にする間違った行為を許さないって指切りしたからな」
「そうなの?成程ねぇ」

 彼女は迷いが見える表情を浮かべると頭を抑えて少し考えこむ。
 俺の提案は彼女と打倒バスター・ユニオンという夢を叶えるために引き込みたい。
 その考え一筋である。何も邪な気持ちは持っていない。

「それにお前がいれば仲間を集めやすくなる」
「え、仲間⁉」

 彼女はその仲間とやらの内容が理解できないので説明を受けたいとお願いする。
 するとバスター・ユニオン攻略の鍵は獣人を集めることであると分かった。
 全ての獣人は地球人を嫌っている。それは地球人からしても同じなので、獣人と地球人は相反する関係で成り立つのである。ただ俺自身は獣人を救いたいと幼い子供の頃から言っていた。

「世間からすれば獣人は地球侵略をした大悪人だ。だから人間は「悪は絶対に許さない」って口を揃える」

 地球を支配しようと考えた時点で人間は獣人を白い目で見る。
 そして、この世の心理学的な用語に集団的バイアスという言葉がある。これは周りがやっていることに流されて自分も同じことをする現象を指している。

 つまり、その現象は一人の人間が獣人は絶対悪だと口を開けば、皆が賛同して当たり前になるということだ。

「人間は獣人を許さないし、獣人も人間を下等だと蔑んでいる。でもこの反発しあう関係に終止符を打つにはバスター・ユニオンを倒さす他ない。だから恩人の言葉は獣人を集めて立ち向かいたい」

 俺の考えはバスター・ユニオンを塗り替えること。それ以外はな
い。

「だから協力してくれないか?お前も貧相な生活は嫌だろ?」
「・・・・・・嫌よ」

 全ての計画を説明して、紫苑に頭を下げる俺は協力をすることに賛同を求める……が、そう上手くいかずゴメンと断りを入れた。すると俺はその返答に驚いたと言って、その理由について問う。

「何でだ?俺はお前と協力して獣人を救おうってお願いしているんだぞ」
「……確かに貴方は獣人に対する差別的な言動はない。でも私は今の生活に不満はないし私は母親を救いたいだけ。反乱を起こした程度で世の中の仕組みが変わるとは思えない」
「でも俺はその策がある。本気であの黒い組織を白くするって考えてるんだ」

 俺の獣人救出計画は世の中の仕組みでさえ変えると考えている。汚れた手を惜しみなく染め上げる政府機関に反抗することは間違っていないのだ。

「へぇ、じゃあ根拠を言いなさいよ」
「根拠?そんなものはない」
「はぁ?じゃあそんな無謀な策に付き合う義理はないわ」

 彼女はいい加減な言葉を信用できる訳ないと言いたげな表情を浮かべる。

「そんなことはない。俺は本気で救うつもりだ」
「策も理由もないのに協力するなんて馬鹿だと思うわ」
「それは後で考える。今は賛同して欲しいんだ」

 俺の願いは紫苑を引き込み、他の獣人を仲間に入れやすくする。
そして、獣人が一人でもいれば、後はゴリ押しで協力関係を承諾させる。
 それこそ彼女を仲間にすることで狙っている目的である。

「お願いだ‼お前がいれば他の獣人を仲間にする確率が上がるんだ‼」
「……聞いてられない。もういいわ」

 俺の願いを受け入れない彼女は話を聞かずにそそくさと帰る準備をした。

「いいのかよ?まだ一週間も経っていないぞ?」
「そんな心配は要らないわ。一人でお母さんを助けるから」

 獣人が野宿なんて動物が野外で寝るのと同義である。
たとえ動物の血が混ざった人が外で寝ても、周囲から見れば不思議なことでもない。紫苑はお辞儀をして感謝を伝えると裏ルートの出口へ帰っていく。

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