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【小説】冬の魔術師と草原竜の秘宝 ㉙

第29話 「こうして悪い魔法使いは……」

「本当に行ってしまうのか」

 杖を持ったトウカが言った。
 その横にはキラカも同じような事を言いたげに立っていた。

「ああ。この世界も俺の元いた世界ではないようだしな」

 ウィルは頷いてから答える。
 四人がいるのは、誰もいない駅の片隅だった。

「それにこのままここにいると、ウィルが悪い魔法使いからダラダラした魔法使いにランクダウンするからな!」
「誰がダラダラした魔法使いだ」
「ダラダラしてる悪い魔法使い?」
「違うわ!」

 二人のやりとりに、兄弟は少しだけ笑った。
 ウィルとカナリアは駅の一室を寝床として借り、ひっそりと身を潜めていた。できるだけ部屋から動かず、その代わりに冷たい冬を乗り越える為のいくつかの手段を考えていた。おそらく竜が戻れば、暑い季節も――夏も戻ってくるだろう。その対策も少しだけ考えておいた。その間に駅長と首領の共同声明が発表され、ヘイウッドに頼んでおいた記事も完成した。
 魔法使いは『悪い魔法使いだった』と大きく報道された。
 駅長と首領が共同会見を開いたことにも大きなどよめきは起きたが、これまでの騒動が魔法使いのせいだとわかると、人々は困惑しながらも怒りの矛先を変えた。目の前に迫った冬の脅威と、それを引き起こした悪い魔法使いの話を、人々は信じた。
 本当に起きたことは、一部を除いて伏せられた。

「でも、本当に良かったんですか。あなたは」

 キラカが尋ねた。

「あなたは、悪い魔法使いではない。少なくとも僕たちにとっては、むしろ……」
「いいんだよ、共通の敵がいれば案外ヒトってのは団結するもんだ」

 そんなもんだと言いたげに肩を竦める。

「それに、こうして悪い魔法使いは倒されましたとさ――にならないと、めでたしめでたし、にならねぇだろ」

 他ならぬ作家ならわかるはずだ。ウィルの目はそう語っていた。
 わかってしまったからこそ、キラカは少しだけうつむいた。

「気にすんな。魔術師なら一度くらいは悪い魔法使いと言われてみたいものだからな」
「……そういうものですかね」
「それはたぶんコイツだけだから、気にしなくていいぞ!」
「えっ」

 カナリアにまで言われているから、多分ウィルだけだな、とトウカは思った。

「ま、駅長やヘイウッドにもよろしく言っといてくれ」

 駅長は最後までウィルを見送りたがっていたが、寄る年端に勝てなかった。既に冬眠に入り、人間の駅員や車掌たちがその代わりとなるべく奮闘していた。
 ヘイウッドは新聞記者として冬の間にどう過ごすべきかの記事を幾つも書きあげ、着実に腕を上げているらしい。敏腕記者が本物の肩書きになるのもそう遠くないかもしれない。

「ああ、必ず。お前にも世話になったな」

 トウカは変わらず、獣のような目で言う。

「いつか俺が……、魔法が自由に使えるようになったら、また来てくれよ。とっておきをお見舞いしてやるから」
「そりゃ楽しみだ」

 ウィルはにやりと笑った。
 それから誰かとやりとりをするように、こめかみに指先を当てる。

「シラユキ、こっちは準備オーケーだ。扉を繋げてくれ!」

 ウィルの声は、次元を越えた先の使い魔にちゃんと届いたらしい。
 背後の何もない壁が揺らめいたかと思うと、そこに唐突に扉が浮き上がった。扉はまるで以前からそこにあったように、悠然とたたずんでいる。兄弟は少しだけ目を丸くした。
 カナリアが取っ手に手をかける。

「開くぞ!」
「ああ」

 ぐいっと引っ張った。
 ガコンと音がして、重そうに扉が開いていく。その先には、白い茫洋とした光が見えている。

「じゃあな」
「またなー!」

 カナリアは振り返りながら大きく、ウィルはちらりと後ろを見ながら小さく手を振った。そのまま、光の中へ入っていく。
 トウカとキラカの、ありがとう、という声が遠ざかっていく。
 二人の前には見慣れた最果て迷宮の廊下が現れ、その足が廊下を踏んだ。
 目の前で、両手で小型のフクロウを抱えたシラユキが笑った。

「お帰り、二人とも!」
「ただいまゆっきー!」
「おう、ただいま」

 その後ろで扉がゆっくりと閉まり、パタンという小さな音とともに消え去った。

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