小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(2)絵本を見つけて
Chapter 2
(トムのバカ⋯⋯! もうメールなんて送ってあげないんだから)
トムと口喧嘩をしたレナは小走りで立ち去ったが、公園の小道で足元をよく見ておらず、ふと右足で何かを踏みつけてしまった。
「ん⋯⋯何か踏んだ?」
振り返ると、レナの靴の足跡がついた絵本がそこにあった。地面に落ちていた絵本は古びてはいたが、魅力的な装丁が施されており、どこか懐かしさを感じさせるデザインだった。
「立派な絵本⋯⋯。誰かが落としたのかしら?」
その本には、泣いていたレナが我にかえるほどの不思議な魅力があった。それを拾い上げ、本の表紙から足跡の汚れをはらい、目を凝らした。
「⋯⋯何か文字が書いてあるけど、今は上手く読めない」
涙目のレナには表紙の文字がぼやけて見えた。ページをめくるが何も描かれていない。次のページも、その次のページも、何かに取り憑かれたように、ページをめくり続けた。そして、あるページで彼女の手はめくるのをやめた。
「ブランコだわ。これって、この公園のものと同じ⋯⋯景色も一緒だし」
イラストであったはずのブランコが、レナが見つめるほどリアルに変化していた。それはやがて写真のようになったが、彼女はその変化に気づかず、回想に意識が向いていた。
「昔、よくここでトムと遊んでたっけ⋯⋯いつも一緒にいて。なんだかんだ言って私は⋯⋯」
その時、レナの意識は強引に、絵本によって引き戻された。
「え? ブランコに⋯⋯トムが乗って⋯⋯漕いでいる!?」
ページが高速でめくれ、それはさながらパラパラ漫画の永久機関のようなヴィジョンとなって、レナの目の前に広がった。やがてそのトムと思われる人物は、不気味な黒装束を纏いフードを被った姿へと変貌し、彼女を見つけるとしわがれた声で喋りかけた。
『やあ、レナ。調子はどうだい?』
「きゃああああああ!!!!」
見開きのページから突然、映画のフィルムのようなものが無数に飛び出し、硬直したレナの全身を縛り付けた。絵本は強い光を放ちながら、獲物を捉えるかの如く彼女を取り込んでしまった。
「助け⋯⋯て、トム⋯⋯!!」
満足気に口を閉じた絵本は、赤いベロを出したまま道端に転がり、次の獲物が来るのを静かに待っていた。
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