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ひつじにからまって

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ひつじにからまっているものがたりたち
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ほとりに

ほとりに

そのほとりには、露出した根が足をつける気があった。苔が少しかかり、男性的であると下世話な芸術家の顔役を名乗る男は口にする。

その話を聞いたものは、我こそはと押しかける。言いえて妙と鼻で笑うものがほとんどであるが、反感を抱いたものにできることは少なかった。彼らにできることといえば、ほとんどが自然礼賛的な大言壮語を並べることが関の山だった。

反感は伴えど、その言葉を簡単に打ち消せるものとはならなか

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マスタードみたいな

マスタードみたいな

 ガタガタとかしましい洗濯機にコップを置いて、洗面台の蛇口をひねる。
中古品をクリーニングして捨てる予定だったものを友人から譲り受けたのだから、いい加減にがたが来ている。
 アパートの一階であるおかげでありがたいことに苦情が届けられたことはない。もしここが二階で角部屋でもないとしたら、毎日が苦情の対応に追われていただろう。

 どうでもいいか。早く今日を終わらせよう。ほんの少しだけ、小窓から差し込

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シトラス・ジャム

シトラス・ジャム

オレンジが染みて定着するまで、それほど時間はかからなかった。
白い肌着にあざやかな夏色。
彼女は気付かず頬張りつづけ、下腹部にシミをたくさんつくる。

まだ幼いとあきれながら、ぼくは口元を拭いてやった。
「上品に食べてるように見えて、ずっと汁が垂れてるよ」
「わかってるよ」
「それにほら、こんな青いの食べられないって」
「それは未熟に見えるだけなの。おいしいんだから」

ムキになってしまったか、未

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ねむけまなこに

ねむけまなこに

青いネオンとオレンジ色があそんでる。お互いに相手を飲み込もうと形を変えるけど、水と油みたいに弾きあっていた。

なんだか、仲のいいふたつが戯れているようだ。暗い部屋で二つの色がこの世ならざる光をまとっている。それを眺める私はなにか。

「少しおしゃれに言いたいけれど、ただ振られてきたばかりのヒトだよ」

言葉にすると、かなしい。それに恥ずかしくもある。なんなの、夕陽が似合う雪みたいな星に行きたいか

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想像世界の廃棄場

想像世界の廃棄場

「大量だ」
「大量なの?」
「おうとも、こりゃもう大量の大量よ」

ほこりっぽい風のながれる街とも言えぬ街。
そこは想像世界の廃棄場だった。

「ほら、これは城だろ。見たこともねえ機械にぐにゃぐにゃの金」
「おもしろいよ!おもしろいね!」
「な、こりゃ大量だろ?ほら、早くとるものとってずらかるぞ」
「そうだなあ」

グッ。
みにくい声が漏れた。彼が振り向くとその子はうずくまって背中に手を当てている

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なぜなに

なぜなに

すっかり目が悪くなってしまったせいか、もう文字は手のひらほどじゃないと見えなくなっていた。
とはいえ、そのせいかぼやけた輪郭からたいていの言葉を予測できるようにもなり、それとなく生活するくらいはできる。

「これなんだ?」

そんなことを知ってか、孫はよくクイズを出すようになっていた。書いた文字を披露してくれるのだが、習いたてのせいかところどころ文字ではないものも混ざっている。

「おさのこさいさ

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寂しいならば、お話ししましょう

寂しいならば、お話ししましょう

この窓を通して、ずっと向こうでこちらを見ている。そんな気がしてならなかった。静かで遠い、ぼやけた向こう側。

「こちらは寒いよ。あなたはどうかしら。しっかりあたたかくしてね」
「うん」

声が聞こえたような気がして、わたしは返事をした。
これが呪いであったなら、このまま魂なんかを抜かれてしまうだろう。そしたら体はここにいて、もしかしたら次にこうしてわたしのように返事をする人を待つのかもしれない。

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想像に難くない

想像に難くない

滴ろうとするしずくは、どちらになりたいのだろう。もしかしたらこのまま時が止まってしまうか、凍りついてしまえたらなんて考えているのかもしれない。
もし落ちたなら、しずくは何を思うのか。走馬灯の中に生まれてからの短い時間を振り返るのか。

落ちるまでは生きている。そんな気がした。この星が人間にとって都合良く回っているならそう思ってもいいだろう。
そう思わせてほしかった。そう思わせてもらえたら、今だって

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氷消瓦解

氷消瓦解

ひとつ、またひとつと足跡が増えていく。

サクサクと鳴ればまだしも、せっかちが飴玉を噛み砕くようにギシリギシリと音を鳴らした。それは崖っぷちにかけられた橋を渡るような、物悲しさを響かせる。

時計の針を止めきれたらば。うぬぼれと後悔は支えきれない彼の背中にのしかかった。

「ばいばい、ありがとう」

あの子の言葉を好意的に解釈するには、彼は打ちのめされすぎた。折れた背中を伸ばすこともない。

限ら

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華胥之夢

華胥之夢

そこでは甘く華々しい香りは遠く、そこには青さがあるばかり。やってきたばかりの彼女は、はじめからうんざりしていました。

どうにかしようと摘んできた花を水に浮かべても、においばかりはどうにもなりません。

「ねえパパ、どうしたらいいの?わたしもう都会に帰りたい」
「そうくさくさしないで。かわいい顔がだいなしになるよ」
「ごまかさないで」

彼女はお父さんに怒鳴り、部屋に閉じこもつてしまいました。布団

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あの子とその子

あの子とその子

鈴を鳴らして歩くその子は、影の中でも明るくかがやいた。ほの暗く炎の燃えるようなかがやきに、小さな命は近寄っていく。

シャリン。シャリン。

リボンに結びつき、揺れると涼しい音色を奏でた。夕暮れを過ぎてハイビスカスのような色をした空に、季節を外れた趣きが付け加えられた。

「ねえ、どうして鈴をつけているの?」
「夜が影をつれてくるからよ。影に飲み込まれないために必要なの。怖いのは嫌だもの」

あの

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薄荷雪

薄荷雪

薄荷風味の雪が降ったせいで、息を吸えば気管から肺まで行き過ぎたさわやかさが駆け巡った。

ひょっとすると美味しい雪が食べられるかもしれない。そんな思いで準備をしたけれど、共づれは誰もいなかった。みんな鼻が貫かれてしまうと言って嫌がる。頼みの綱にしていた犬も過去一番に嫌がるものだから、結局一人になってしまった。

それからどうしたかって、わたしも出ることはやめました。窓から眺めたつららに淡く浅葱色が

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ポケットにいっぱいの

ポケットにいっぱいの

どこから吹いているのかもわからない風が首筋を撫でる。定間隔に置かれた椅子とライトは、いつも変わらずにと手入れをされている。

「わたしはこうなの。最も適した形状をしているはずよ」

背もたれを調整できない席がかたる。あえて不満を漏らす輩もいないが、素晴らしいと讃える人もいない。

「でも、ぼくはわりと好きだなあ」
「ね、意外とわたしも好きかもしれない。まあ、家にはいらないけどね」

わずかに灯りが

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まるい世界の歩きかた

まるい世界の歩きかた

まるい世界の歩きかた。題名は内容を語る。
本を手に取り、想像できない内容に心躍らせる。彼女がいるのはまるい世界ではなかった。だからこそ、理解できたらとねがった。

碁盤のように細かく張られた網に吊り下げられた家と街。人は糸を伝って生活し、命が尽きれば網から落ちていく。それが当たり前となっていた。

網の底になにがあるかを人は知らない。戻ってこれた者もない。人々は世界が網で構成され、先にも後にもそれ

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