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ある日、夏の日

 しかしまぁ、よくここまできたなと思う。学校関係者や野球部OBはさぞおどろいていることだろう。進学校でもなくスポーツ校でもない中途半端な立ち位置の我が県立高校の野球部が、くじ運が良かったとはいえ県大会の決勝まで来てしまったのだから。
 しかし、現実は厳しい。決勝の相手は何人もの卒業生をプロ野球界に送り込んでいる県内屈指の強豪私立高校だ。

 ぼくは中学校で野球部に入っていたがライトで8番バッター。試合には出るが存在感はなく、高校に入って野球はもうやめてしまおうと考えていた。担任の先生がたまたま野球部の顧問で、中学校での野球経験がばれて、野球部に入らされた。なのでやる気は全くなくて練習も休みがち。ぼくは3年生になってもレギュラーになれずランナーコーチをしていた。お気楽ランナーコーチだ。

 この最後の夏の大会でも、ぼくはお気楽に3塁ランナーコーチをしていた。大会が始まると不思議なことに、強豪校がぼくたちの高校と対戦する前に負けていく。ぼくたちはふつうに野球するだけで、対戦相手がエラーしまくって勝手に自滅する。押し出しのファーボール連発なんてことも何度かあった。とにかく神がかり的なことが重なって、決勝戦まできてしまった。こんなことってあるんだな。

 それではじまった決勝戦だったけど、まぁ神様の力もここまでかと言わんばかりの力不足を露呈する。プレーボールと同時に「プロ入り目指してます」って感じの1番バッターに初球先頭バッターホームランを打たれる。試合開始のサイレンが鳴り止まないうちに1点が入ったのだ。

 その後も追加点を順調に重ねられて8回を終わって0対9。完全な負け戦だ。まぁそんなもんだろう。3塁コーチャーズボックスに立っていたぼくの目の前の3塁ベースまでは、我が校の選手は1人もやってこなかった。

 9回表の最後の攻撃に入る。ベンチを出てコーチャーズボックスに向かうぼくを監督が呼び止める。

「ツーアウトになったら代打でいくから」

「はっ?」

「代打の準備しといて」

「ぼくがですか?」
「そうだ」

「ランナーコーチは?」
「誰かにやらせりゃいいだろう?」
「はぁ…」

 めんどうくさい。極めてめんどうくさい。なぜ最後の試合の最後のバッターでぼくが代打で出なくてはいけないのか。やっと部活が終わろうとしているのに、まったく感慨深くない。甲子園出場が決まる瞬間って、けっこうテレビで放送される。罰ゲームだ。勘弁してほしい。
 そうこうしているうちにあっという間にツーアウト。我がチームは弱い。ほんとうに弱い。よく決勝まできたもんだよ。

 監督から球審に代打が告げられる。球場にアナウンスがながれる。代打オレだ。「はぁー」と溜息をつきながらバッターボックスに入る。相手のキャッチャーが気合いを入れて「ツーアウトォー!」と大声で叫ぶ。耳が痛てぇ。審判におじぎしてバッターボックスに入る。

 ピッチャーをみると、さっきまで投げていた右投げの川田くんから、左投げのピッチャーに変わっている。いま気づくかオレ。そうか、0対9だし、もうエース級のピッチャーを出すまでもなく、他のピッチャーに経験積ませておこうってことだな。ぼんやり考えていると、ふりかぶって一球目を投げてくる「スパーンッ!」ってなにこれ。めちゃくちゃ早い。こんな球投げるんだ。控えピッチャーでもすごいな。こんな球みたことない。うちのエースでもこんな球投げられないから。やっぱすごいわ。このピッチャー、名前なんていうんだっけ?。バッターボックスをはずす。
 スコアボードに『山田』とあった。山田くんか。なんかふつうの名前だな。ピッチャー山田くん。キャッチャーは海田くん、海田くんて珍しい名前だよな。「山・海」ってなんか暗号みたいだな。

「暗号て」と呟いてしまう。

キャッチャーの海田くんが鋭くこっちをみる。ぼくは真顔で、バッターボックスに入る。

 簡単にツーストライク目を取られる。

 あーしかしほんとに最後のバッターっていやだなぁ。みんな注目してるし、相手校の1塁側スタンドなんて、総立ちでガンガン応援してるし、よくみると泣いてる人いるし、感動しすぎだよ。
 まぁでもこれだけ勝ち進んだら注目されるし、我が校の関係者も甲子園いけるかも、なんて思ってたかな。バッターボックスはずしてサイン見るふりして3塁側の応援席をみる。あーみごとにしらけてるなー。保護者席は談笑しているし。ブラスバンドも暑さでバテバテだし、チアなんてもう座ってるよ。あらーみるんじゃなかった。まぁ代打オレだからな。それは無理もない。

 さぁあらためてバッターボックス入りますか。

 2球ファール。

 2球ボール。2ストライク2ボール。

 2球ファール。

いやぁけっこう粘るでしょ。やる気はないけど、バットにあてるのは得意なのよ。まだまだファールは打てるから、かかってらっしゃい。いやそうな顔してんなぁ山田くん。もうはやく終わりたいんだろうなー。もうそろそろいいかな。最後は思いっきりバット振って終わっとくか。

 最後の球は直球とみた。山田くん、ふりかぶってぇー、投げる。

 直球だ、だっ?高いな、高め?ボール球か、こりゃ三振だな、タイミング、カーブ?そっから曲がる?高い、バットとまらん、クソボール振って三振かよ、テレビいやだな、当てたい、当たる?カーブ、グッと我慢してぇー、振り下ろす!

「キンッ」

 当たった。ボール、ボールは、どこ飛んでった?ピッチャーの顔はレフト方向。しかし今日あっついなぁ。バックスクリーンの上に白い雲。夏日だな。って打球だ、打球。レフト方向。意外にレフト走ってるな。バックしてる。え、けっこう飛んる。風吹いてる?ファールになりそう。もう一回はいやだなー。さすがにもう終わりたい。風。ファールから、押し返されてきた?風で?え、レフト、フェンスについて、見上げた。ポールの内か?外か?ホームランとかある?こんな場面で?みんなはやく終わらせたいのに?こんなとこで打つ?

 3塁の塁審がレフトの方向に走りながら、右手を挙げてぐるぐる回す。ホームランだ。ぼくは2塁ベースの手前まできている。公式戦初出場。最初で最後の打席で、いや、これから8人出塁したらまた回ってくるけど、それはない。それはないから、やっぱり最初で最後の打席でホームラン。3塁側の応援席、総立ちだ。


 3塁ベースを回る時に応援席に向かって、右手の拳をあげてみる。
「うぉー!」
「わぉー!」
「きゃー!」
って歓声すごい。こんなに注目されるのはじめて。こんな感じなんだなー、いいもんだなー。うれしいなー。夢見心地でホームベース付近にたどりつく。キャッチャーの海田くんはベースを踏むかどうかみている。さすが強豪校のレギュラーキャッチャーだ。白いホームベースの端を踏む。次のバッターがぼくを迎える。おぉ、こいつ泣いてる。ぼくの肩ばんばんたたく。痛い痛い。ベンチに向かうと「よく打った。よく打った・・・」って監督泣いてるし、監督がぼくのこと抱きしめてきそうになったけど、目をそらしてベンチの右の方に向かう。ベンチからみんな出てる。ハイタッチしながらベンチの中にはいる。みんな汗臭ぇー。泣いてるし、汗ダクダクだし、黒土で顔ドロドロだし、まぁ青春って感じだな。明日から塾に行って受験勉強はじまるんだよなー。

 9回表の攻撃、1対9になって、ツーアウト。次のバッターも簡単に追い込まれて、ツーストライクノーボール。
「スッパーンッ!」
直球決まって三振スリーアウト。球場に流れる試合終了のサイレン。整列するためにベンチを出る。けっこうみんな泣いてる。監督も鼻ずるずるいってる。いやぁまぐれでもここまで来たのはすごい。夏の思い出としては、けっこう良かった。しかもホームランて。あー明日から塾だー。受験勉強スタート。かわいい女の子、塾にいるかなぁ。楽しい夏休みになればいいなぁ。

 相手校の校歌がグランドに流れる。ピッチャーの山田くんが熱唱している。キャッチャーの海田くんは涙を流して歌っている。
 そういえば3組のあの子、夏期講習にくるって言ってたなー。けっこう楽しみになってきた。
 隣で泣いているキャプテンがこっちをみる。悔しそうなふりをして空を見上げた、ある日、夏の日。

〈了〉

【文章筋トレ過去作品(創作)校正済】

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